閑話 突貫強襲作戦の話
じゃぁ、俺は言ってくるよ。
男のそういい残した言葉を少女は、誰もいなくなった部屋で反芻していた。
朝方男と話をしていた。
渡されたのは、この街を出て生きていくための多すぎる路銀。
これだけのお金があれば数年は何もしなくても生きていける。
その間に、自分のしたい事を外で見つければいい。
男はそういって立ち去った。
彼が向かった場所。この街で一番偉い人間が居座っている城へと。
彼女がいた場所へと。
死地に向かうようなものだった。
止めるべきだった。
しかし彼になでられた彼女が見た健やかな笑顔にその言葉は止められた。
もう反対しても無駄だと。
もう決めたからと。
結局、彼女は止める事は出来なかった。
逃げるのならば、早くしなければならない。
昨日倒した奴らも死んだわけではない。
情報は必ず伝わり、城の者は必ず少女の身を捜しているだろう。
なのに彼女がこの場から立たない理由。去らない理由。
「だめ。一人じゃ勝てない」
意を決した彼女は、周囲にあった荷物をまとめて宿から飛び出した。
彼に渡された重量のあるお金だけがぽつりと部屋のベットにあった。
男は城の中枢部へと忍び込んでいた。
彼の戦闘技能経歴からすれば、見つからずに侵入する事は可能ではあった。
よほどの化け物がいなければと彼は口ずさむ。
だがそれもありえなかった。
あのときあの場所にいた少女の力と能力。
おそらく正攻法ならば、男はその少女にすら劣っている。
その少女が怯える程の相手。
心臓がどくどくと脈打ちひやりと背中が寒い。
戦えば死ぬだろう。
その未来が簡単に想像できてなお男は先へ進んだ。
なぜだろう。
男に取っては不思議だった。
理由もない、昨日あったばかりの少女。
全く自身に関係ないのに。
「似ていたからかな」
久々に安らかな寝顔を見た。
また守りたいとも思った。
たぶん。
そうだろうと思った。
男を突き動かしているのは、過去なのか。
今なのか。
結論は出せなかったが、理由はなんにせよ助ける事には代わりはない。
そう思うと先ほどの感じていた寒気がましになった。
おかしくて溜まらなかったのだ。
圧倒的な不利な状況に進んでいるというのに笑みがこぼれていた。
「まだ見つからないの?」
「はっ、申し訳ありません」
誰もいない廊下を歩いていると、遠くの部屋から声が聞こえてきた。
男は、静かにその声がする扉の方へと近づく。
「まったくあの子は、外に出る事がどれだけ危険かわかってないのかしら」
「しかしあの方は」
「わかってる。父上に知られれば必ずあの子は悲しむ。それだけは避けないといけない」
会話のやり取りに耳をすます。
「だれ?」
だがあっさりとばれた。
身を翻してすぐさま反対方向へとかける。
扉のほうから喧噪の声が聞こえる。
完全にばれていた。
まだ見つかる訳にもいかなく男は逃げるしかなかった。
男が逃げ出した先。
雪が降りつもった城壁の上の歩く。
白のローブは城内のなかでは目立つが、雪の上で迷彩色となって遠見からではそこに人がいるように見えない。
光り輝く太陽に背を向けながら男は小さく嘆息した。
「困ったな」
人気も少ないために紛れ込む事も難しく警戒もさせてしまった。
「寒い」
吐く息が白く手がかじかんだ。
大地にある雪を男は忌々しく見つめる。
「まったく、どうしてこんな山中に作ったのか」
問いただしたくらいだ。
と男はぐちぐちと文句を言う。
城下の街も寒さを感じたが山道を駆使して作られた場所。
城内であるとはいえ、今射る場所はほとんどの雪が深く積もった山道だ。
山と一体になった城など不便きわまりないのにと男は思考して首を振る。
「はやくもう一度城の中には入らないと、凍え死ぬな」
ふーふーと手に息を吹き替えてから男は、高い城壁を見上げた。
男といえ、ただ無為に先ほどの場所から逃げ出したわけではない。
ちょうど侵入した所と反対に回り込んでいた。
「仕掛けは施したといっても侵入出来なきゃ意味がない」
周囲を歩き回った事で彼がいた区画が城の中心部であった事は確認している。
さらに、彼女にいた雰囲気で強者の匂いを感じる事も出来ていた。
という事はそこの上階に目当ての人間がいる可能性が高い。
はずれである可能性も否定して切れないが、かといってこれ以上時間をかけるわけにもいかない。
「この劣悪な環境で長居したら、戦う前に決まるっての」
侵入した場所から裏側に回った男は、どこかに扉もしくは窓がないかと探る。
本城ともなれば出入り口が一通という可能性は低い。
ましてや山に囲われて要害に作られた城だ。
こうして回り込むだけでも多大な労力をつかうのだ。
いちいち迂回しなければならないなんてありえない。
「あった」
手を伸ばしてあけようとするも錠をかけらていた。
「問題ない、問題ないっと」
男は針金を取り出し鍵穴へとそれを幾度となく動かした、
がちゃと錠が開かれる音がして、男は笑った。
「いっちょあがりだ」
冷えてぱりぱりと凍った肌を感じながら、暖かい城内とへと入っていった。




