閑話 有象無象の話
ここに。
いちゃいけない。
逃げなきゃ。
少女は、歩き慣れた街の裏道をかけていく。
後ろから複数人の追っ手の影。
今すぐにでも表道に出て、誰かの助けを求めたい。
けれどそれはそれで危険を伴うもの。
助けを求めた存在が彼女を助けるとは限らないのだ。
「っつ」
突然の行き止まりに、足が止まる。
振り返れば、奴らがいた。
仮面をかぶった黒装束の者達。
「くるな」
「リーン様、もうお戻りください」
「私は、お前達なんかしらない。いらない。あんな冷たい場所なんか知らない!」
「仕方ありません。力づくでおつれいたします」
「よるなぁ」
少女が迫る男達から伸ばされた手を払おうとした時。
「なにしてんの?」
一人の男が地面から出てきた。半身だけ埋まっている。
「ひっ」
怯える少女に警戒を強める黒尽くめの男達。
「何者だ?」
「いやぁ、散歩していた一般人だよ」
「それでか?」
黒尽くめを代表した質問に、半身を埋めた男は頷いた。
「ああ、こうして地面の中を散歩してた」
地面に手をついて男は埋まった外に出す。
「でもさ、どうして逃げてんの?」
男達なぞどうでもいいと地面から這い出た男は、逃げていた少女に問いかけた。
「へっ?だって」
「こいつら、君より弱いでしょ」
「貴様、我らを愚弄するのか」
「別に、事実を言っただけしょ」
なっと同意を求めるように男は少女に視線を投げ掛けた。
彼女は困ったように笑う。
「そんなの」
知ってるよと。
でも、彼女は逃げないといけない。
追っ手を退けるのは簡単だ。
それこそ彼女の力を持ってすれば数十秒もかからない。
だけど彼女は逆らえないでいた。
それは明確な敵意であり、敵対する事を表す。
逃げる事と敵対する事の違いは、彼女は幼いながら理解していた。
なにより、それに彼らの後ろにいる人間が彼女よりも強い事を。
「ころされちゃうもん」
「だったら、守ってもらえばいいじゃん」
「そんなのいるわけない」
男の言葉に、少女は完全に否定した。
男はその少女に何か言い返す訳でもなく。
「じゃぁ、これは俺の勝手というわけで」
男は剣を抜いた。
「我らに剣を向けるというのか?」
「なにか問題があるのか?」
「命が惜しくないのかと言っている」
男は少しばかり考えるそぶりをした後、ものすごく楽しそうに笑った。
「いいじゃん、俺の命を俺の使いたいよう使っても」
そこから反転する。
先ほどの笑みが嘘であったかのような。
全ての者を震え上がらすような。
怒り。
「俺さぁ、嫌いなんだ。自分よりも年下の人間が、大人に追われている姿が。なにより思い出すんだよ。あの何も出来なかった頃の自分を」
男はそこで話を区切り。
一歩前に出た。
「だからさ、数十分でいいから寝ていてくれないか」
数分もしないうちに、黒尽くめの男達は地面に横たわった。
その光景を少女はただ、呆然と見ていた。
「よし、終了」
「あの」
「ああ、逃げていいよ。俺もいくから」
この場から去ろうとする男。
少女は本能的に手を伸ばした。
自分に関われば、彼が下手をしなくても死んでしまう。
そういう事がわかっていたとして、理解していたとしても彼女は手を伸ばしてしまった。
「助けてよぉ」
今まで孤独に生きていた少女の精一杯の言葉だった。
あれから男が取った宿で二人は、今後について話し合っていた。
もっともそれは、逃げ出していた少女のこれからの打開策についてだ。
「そのおっさんをぶちのめして、さらに姉を説得すれば」
「無理!駄目!死んじゃうから!」
「じゃぁ、どうするの。一生逃げ回るなんてそれこそ無理だぞ」
男は少女に代案を求めるが、彼女は口ごもるばかり。
「それは」
「結局、ぶつかるしかないぞ。向こうを諦めさせない限り」
「うぅぅ」
泣きそうな顔で身体を震わす。
それを見て男は毛布を彼女にかけた。
「まぁ、もう夜遅いし寝てから明日考えようか。この街は無駄に寒い」
「あうぅ」
ぎゅうと抱きしめられて寝かされて、少女は顔を赤くする。
普段であれば、ほかの人であれば、彼女が持ちうる力だ壁に叩き付けるだろう。
しかし彼女は拒む事はなかった。
初めて助けを求めた人。
初めて助けてくれた人。
その二つが冷えた心の扉をあけさせて、警戒心をなくさせていた。
「あたたかぁい」
「そうだなー」
眠そうな声で男が返事をする。
少女は、初めて与えられる温もりを離さないよう抱きしめた。
男も答えるように手を背にまわして、リズムよく子供をあやすようにとんとんと背を叩く。
その律動にひきこまれるように少女も眠りに落ちていった。




