洞窟での戦闘の話
「っち、あの馬鹿」
突出してしまった部隊に対して、隣で一緒にかける隊長は悪態をついた。
洞窟へと入っていった部隊。
団長と副団長率いる二個中隊からの音信がとれなかった。
一応足跡を残してくれているが、分かれ道がおおく小道も通ってるためにどこまで正しいかわからない。
彼女達ならば引き際を見誤らないと思っていた。
この任務で最優先は自分たちの命だというのに。
それが外れた。
もしくは外された。
「どっちだ?」
「こっちにはいません」
別れた道。
後ろから声が聞こえる。
既に洞窟へと進んでいて、たった三人で部隊を捜す。
俺が背に抱えた捜索の魔法に長けた騎士の少女は首を横に振った。
「じゃぁ、こっちか」
「おそらく」
曖昧に彼女は頷いた。
もう入り口付近から入念に探索して終えていた。
それでも全く見つからないというのは、それだけ部隊が洞窟の深層へと行ったことを表していた。
もうある程度。
この時点でわかってきていた。
いくらなんでも彼女達も馬鹿ではない。
普通なら引き返すはずだった。
「怖い?」
背中で震える、少女に問いかけた。
彼女はある意味残った騎士団の中で一番わりをくったのだ。
場合によっては死ぬかもしれない危険性がある。
騎士である以上は覚悟しているだろうが、それを感じる場面に出くわす事等なかったはずだ。
「はい」
彼女は、振り落とされないようしっかりとしがみついて答える。
自身が感じた事のない速さで息苦しそうに呼吸も乱れていた。
慣れない環境かつ、尋常でない早さでの探索を行っているのだ。
疲れも普段よりあるはずだった。
それでも弱音を吐かないのは自分の仲間が窮地に立たされているから。
彼女が一番得意とする力が今誰よりも必要とされているから。
と思う。
「ひっ」
「っち、先いけ」
後ろの少女が悲鳴を上げてから、前方ににょろにょろと現れてきた触手状の魔物がいた。
うねうねと藻を引き連れて、水から上がってきたらしい。
手も足もなく胴体だけ動く、集団は一種の恐怖を呼ぶ。
「わかった」
思い切り踏み込んで一気に飛び越えた。
隊長はひとまずこの場を払ってくれるらしい。
残しておいても帰りに邪魔になるし捜索は背にいる彼女しかできない。
ただ二手に別れた状況でこの洞窟の主にでも襲われたら眼も当てられなくなる。
この手狭な場所で一人抱えて戦闘をこなすのは正直にいうとつらい。
振り返らず走り抜けると。
後ろで獰猛な鳴き声と轟音がなった。
「ストーンウルフですか?!」
「まぁ、隊長なら大丈夫だから」
新手に明らかに怯えた声に淡々と返す。
地脈に生息すると言われている、出会う事も少ない希少な魔物。
フルフの早さと固い石の皮膚を併せ持つゴブリンよりも危険性が高い魔物だった。
「あれくらいなら、大丈夫だから」
それより魔物が集まってきているという事だ。
辺り一帯にまき散らされた血と魔が原因だということ。
ということは。
「団長も、副団長もすぐちかくにいる」
「ここです」
開けた所に出た。
「間に合った?」
その場には騎士団の人間が寝転がるようにして倒れていた。
手も足も縛られて意識も失っているのか反応がない。
でも息はしているようだった。
死んでいない。
だけど何故?
という感情が湧く。
ゴブリンならこんな風にとらえる面倒な事はしないだろう。
他の魔物なら人としての形を保っている可能性はない。
一番高い可能性とすれば。
「人間の手?」
隣で仲間を拘束を外し介抱する。
丁寧に風の魔法を使って周囲に漏らさないように彼女は隠蔽していた。
おそらく人ならばもう既にこちらの存在はばれてはいるだろうけど、誤魔化しくらいにはなるのでしないよりはいい。
「来ました」
こつん。
こつんと。
生えてくるような気配がする。
頷いた。
ここで爺の言っていた。
闇と裏切りに注意しろとの言葉。
そして近々動きが見られる政変の近況。
場合よっては、人の血に染まる必要性。
王家が絶対の権威を持っていたとしても全てを動かす訳でない。
その下での火種等はいくらでもある。
「人間か?」
「ええ、そうです」
騎士団員が拘束されて並べられていた場所の傍から一人の男が生えるようにして出て来た。
拘束を解いていた彼女は、びくっとして剣を構える。
「幻影、こっちはいいから」
「はい」
先に倒れた騎士団員達の解放を優先させる。
隊長がくるまでに全員を逃がす算段を立てないといけない。
そのためにはこの場にいる人間の半数の意識を戻しかつ動けるようにする必要があった。
問題は、団長と副団長が見当たらず数が少ない事。
「随分とはやい到着でした。さすがは、堅牢とよばれたベオルフ将軍の兵たちですね」
「どうでもいい、なんのために?何の理由があった?」
男は笑った楽しそうに。
眼に映るのが、幻であったとしても不愉快だった。
「ふふ、回答など。私が持ち合わせているとでも?」
「いいや、お前はただの傭兵だろう」
闇ならば悠長に話くる事等ない。
幻とはいえ男には、会話を楽しむような雰囲気があった。
「ええ、その通りです。しがない傭兵であります。ただの傭兵ではないですが」
幻影がふっと消える。
どこにいったのかわからない。
普通の兵士ならば、隠れた相手との戦闘は苦手だろう。
自身の知覚外からの攻撃ほど、精神を蝕むものはない。
探索が得意な少女すら、どこにいるのかわからず怯えるようにして周囲を気にしていた。
見える者だからこそそれが見えなくなった時、恐ろしいのだろう。
「大丈夫」
彼女を安心させるように笑った。
「こういう相手は苦手じゃない」
気配を隠すのと気配を誤摩化すのは似ているようで違う。
誤摩化すとは既にこちらにばれているという事。
隠すというのは、こちらの意識外なる事。
相手がいるわかれば怖くない。
いるんだおろう?
吠えた。
洞窟音が反響する。
殺意をばらまく。
無作為に。
びくりと隣の少女も震えた。
眠っている騎士達の表情がこわばる。
それと同時に一つ岩の陰に隠れている奴らが反応する。
「みつけた」
「ッツ」
仮面をかぶったこの元凶なる者達。
地面に叩き付けて落としていく。
「全員退避!」
数人落とした所で隊長らしき奴が叫び切り掛かってくる。
剣で答えた。
「まだ、話は終わってないのですが?」
「ん?消えたでしょ」
幻が消えた時点で終わっていたのでは?
男に視線で問いかけると、男は苦々しそうに睨みつけてくる。
「まったく、これだから前線の人間は」
「時間を稼いでるようだったし」
それに相手の意向がわからない以上。
此方が人数も状況も芳しくない以上。
先手を打つの普通だと思うが。
二度三度斬り結ぶも男は倒れない。
「ええ、本当に。申し訳ないですが、戦闘は中止しませんか?」
「それは否定しない」
だんだんと洞窟の揺れが強くなっている。
強引であったが先ほどの咆哮で少しずつ意識が戻り始めた騎士団の面子がふらつきながらも立ち上がっている。
撤退も可能になりつつある。
だがそれは目の前のこいつらが邪魔だった。
「我々が敵でないといったら、どうします?」
男の冗談につきあってる暇はなく剣で応えた。




