閑話 休日の話1
訓練も中頃にさしかかり、全体のレベルが上がってきたかと思い始めた頃。
疲れも溜まってきて、思考と体調が鈍っていると判断した隊長が珍しく一日の休養を出した。
実際に、ストレスも溜まっていたのだろう。
騎士団員の多くは、死んだ魚のような眼をしていた。
ワーカーホリックのような重病者でも休む事に不満を漏らす人間もいなかった。
事実、訓練馬鹿の類に入る俺ですらまぁいっかと思えるほどそれまでの期間は濃密で過酷だった。
それで久しぶりの休暇である。
何か、訓練以外にもなにかしらの事をするべきか。
せっかく王都にいるのだ。
いい加減に自分の趣味くらいは見つけるべきであると思い、せかせかと図書館の本棚をあさった。
秘伝、趣味の見つけ方や捜そう自分探しという本を図書館から引っ張りだした。
「けど、駄目だ」
本を一通り呼んでみたが、どれもこれも眼につくものはなかった。
有り体にいえば、やろうという気にならない。
本をベットの上に投げ出して、ごろんとベットに転がった。
せっかくの休日というのに、部屋にこもっている。
なんだがもったいないなかった。
天井をぼぉと見つめていると、こんこんとドアをノックする音がなった。
「マックさん、いますか」
「いるよ」
「入りますね」
「どうぞ」
ドアから入ってきたのは、私服姿のアグリア。
簡素シャツに膝元まである青のスカート。
まさに平民の服といったシンプルな着物。
「外にでも出るの?」
となれば街への外出しか考えられない。
「はい、これから小隊の皆で商店を見て回ろうって」
「で、俺も?」
「よろしければ、ついてきてくださると嬉しいです」
はにかんだ様子の表情を彼女は見せる。
正直にいうと彼女達の買い物には興味があった。
時折、よく買い物の話をしていたから。
でも、つきあおうと思う事はなかった。
隊長曰く、女の買い物は長いしだるい。
つきあうなら地獄を見ると思えと言われていた。
「準備するから待ってて」
「了解です」
先より、花が咲き開いたような笑みを浮かべて彼女は部屋の外に出た。
洋服のタンスをあけた。
「どうしよう」
まさかの事態が起こった。
タンスの仲には、兵士の制服しかはいってなかった。
「あはははは。で俺のとこにきたのか」
「はい、適当な服を貸してください」
「いい加減にしろよ。おまえ」
隊長は、笑いながら怒り心頭な声を出した。
それもそうである。
前のアグリアのときにも隊長に借りているのだ。
体躯もほとんど同じで、問題なく服は貸せるがあまり気持ちのいいものでもないのだろう。
「姫様にでも見繕ってもらえばいいだろう?」
「他の小隊の娘もいます」
「なおさら、安心して服を買いにいけるだろうが」
本を片手にぶっきらぼうに隊長は言う。
「わかった。いつもの格好でいく」
「やっぱり待て。止まれ」
部屋を出ようとした、俺を隊長が引き止めた。
振り返ると、頭を抱えた隊長がタンスの一つをさしていた。
「好きなのもってけ」
「助かる」
「待て。タリア、いるんだろう?」
「ええ、もちろん」
二人しかいないと思っていたら、ドアのあたりにたたずんでいた。
まさに神出鬼没。
「ついでに、コーディネートしてやってくれ」
「はい」
「いい、自分で」
「黙って従え」
笑顔で彼女は言った。
それにこくりと頷いた。
五分ほど試行錯誤し、様々服と装飾品をつけられる。
別に服だけいいのに。
でもそれは口に出来なかった。
言えば間違いなく怒られるから。
「なかなかのできだな」
「ええ、素材は悪くなかったのですから」
二人の納得した表情。
あれやこれと着せ変えられてもう疲れた。
乗り気でなかった隊長ですら、意見をしてくる始末だったし。
「姫様も待っていますから、とっと行きなさい」
「はい」
この人だんだん口調が厳しくなっていると思うのは俺だけだろうか。
でも姫様に危険にした手前、何か言う気にはならない。
隊長から、聞いたのだ。
彼女がへこんでいた事。
隊長に涙を見せた事。
だから。
一言いってから。
この場を去った。
感謝しますと。
「あっ、あれ見てください」
「うん。装飾屋だ」
「見ていきませんか?」
「うん」
二人並んで、王都の城下町を歩く。
他は誰もいなかった。
はめられたのだ。
小隊の彼女達から誘いがあったというのに急に行けなくなるなんて。
仕組まれた二人っきりである。
露天商の品物を、じっくりと見る彼女を横顔を見た。
それからきょろきょろと、周りを見回す。
見知った気配はなかったが、こちらに視線を向けている人間は多すぎて判断がつかない。
「嬢ちゃんきれいだから、内の商品が霞んじまうなぁ」
「そ、そんなことないです! どれも丁寧な細工です!」
「あはは、そういってくれると嬉しいねぇ。おっさんの手製なんだ」
二人の会話を聞いて、商品に眼をやった。
装飾の価値や、美観はあまりわからない。
どれも似たようなものだなと思った。
「兄ちゃんのほうは、あまり好みがないようだな」
店主の顔が、少し厳しめになる。
生粋の職人肌の人間なのだろう。
こういった人間に、嘘は通じない。
「あまりない」
だから隣で楽しんでいたアグリアにもかまう事なく本音を言った。
「そうかい」
彼はにかっと笑った。
「でも、嬢ちゃんに似合ってそうなのくらいは選べるだろう?」
「わかった、選ぶ」
「えっ!?」
勝手に話が進み、驚いたような声をアグリアがあげる。
いやいいですと手を、せわせわと振っているが適当な商品を取った。
どれが似合うかと手を彼女に挿頭してみる。
彼女は、あぅと声を漏らして顔を真っ赤にしていた。
これは違うか。
一つ。
二つ。
と、何度も試みるが納得のいくものが見つからない。
これでは、店主の商売の邪魔になるかと視線で彼に尋ねると、
かえってきたのは、サムズアップ。
このやり取りにアグリアは不思議そうにしていた。
「じゃ、つぎこれ」
「まだやるのですか!?」
当然だった。




