増える居場所の話
アグリアとエアリスの様子を見に訓練場に戻ると、二人は地面に倒れていた。
おそらく訓練での負荷があるにも関わらず、全力で打ち込んだのだろう。
近寄って二人の傍に腰掛けた。
「あ、まっくさん?」
「うん、寝てた?」
「はい」
座る時の音で気配を感じたからかアグリアが身を起こした。
まだ寝たりないと彼女は小さなあくびを漏らした。
自国の姫様が地べたで寝ているこの現状。
訓練場であり今は彼女が騎士だから許される事だった。
本来ならあり得ない事だからこそ、彼女からすればある意味身分を考えないでいれる場所なのかもしれない。
もしかすれば他の騎士団員も。
「エアリスは?」
「はい、起きてます」
こっちのほうは、元から起きてたらしい。
対抗するようにアグリアは少ししか寝ていませんからと言っている。
「とはいえ」
エアリスは、アグリアよりもタフなのか。
アグリアと訓練期間が長いだけに、その事に驚きを隠せない。
体力は、才能でどうこうなる物でもないから。
エアリス自身が、今あるこのタフさは彼女がこつこつと鍛えてきたものだろう。
「ひとまず、休憩」
「まだ、やれます」
ぎゅっと手を握りしめて、エアリスは立ち上がる。
不屈の闘志。
全員がぶっ倒れるまで訓練を続ける仲間が一瞬彼女と重なった。
「どうして、笑うのですか?」
「いいや、昔の仲間に似てるのがいてさ」
馬鹿さにされていると感じた彼女は、俺を睨むように見てくる。
否定するとつり上がった眉尻を下げた。
「その人は、どうなったのですか?」
「死んだよ。仲間や皆を守って」
俺がそういうと彼女は黙ってしまった。
「ただ、今は無理をしているから、本当に休んだ方がいい。明日の訓練だってある」
「……はい」
納得はしてないだろうが、彼女は頷いてくれた。
「用事は終えたのですか?」
アグリアが身体についた砂を払って立ち上がる。
「ん、一応は終わったよ」
どう育てるか。
その方針もいくつかの案も出来て、後はその当人達と話し合うだけ。
が、まだ彼女達に話す事でもない。
今はまだ、原色で無加工のままがいい。
下手に手を加えて、歪なものにするわけにもいかない。
「じゃぁ、休んでまた明日」
手をあげてこの場を去ろうとすると、手が捕まえられた。
「もう少し、お話をしましょう」
アグリアが、良い笑顔で笑っていた。
「それで、ですね。マックさんはあのロディ戦線の生き残った人で、ルブルクの防衛でも戦果をあげた部隊の人です」
「すごいです。それ聞いた事があります」
仲よく彼女達が話す事は喜ばしい事だけど、その話題が自分の事を褒めていることだとこうむず痒い。
だいだい戦果といっても、ベオ爺がいたからこそあったものだし俺個人があげた物でもない。
所詮、そこにいたからの物にしかすぎないし周囲もその程度は何も認めてくれないだろう。
だが。
俺が話した事をさらに事細かく調べているのは、驚いたしよく調べたなーと思う。
事細かい戦果をエアリスに語るアグリアには舌を巻く。
戦っているのが、ベオ爺だけの部隊だけではない。
他にも数多くの軍団が参加しているものもあるのだ。
そう簡単に調べれる物ではない。
そしてこんな私用の事を彼女が他人させることもないだろう、おそらく彼女自身で調べ上げたのだろう。
正直に嬉しかった。
彼女がたたえる功績は自分だけでなく、仲間も褒められている気がして。
でもこういった話を王都でするのはよくなかった。
俺ら兵士の事を、蔑んでいる人間とってはこういった話題は御法度だから。
とはいえ楽しそうに話している二人の間に口を挟むのも難しい。
だから話題を変えようと懐からオカリナを取りだした。
「あっ」
アグリアが声をあげて、エアリスがなにかと不思議そうに見る。
さぁ、吹こうとしたところで誰かがこっちに走ってきた。
「あ、いたいた。エアリス、姫様」
「クロレア。準備は終わったのですか?」
「はい」
話を始める二人を俺はただ呆然と見ていた。
「じゃぁ、いきましょう。マックさん」
「なに?」
「いいからついてきてください」
アグリアに手を引かれて、エアリスに背中を押される。
その様子をにこにこ眺めるクロレアと呼ばれた女。
連れて行かれた先は、騎士団がよく使う個室。
「中で呼ぶまで待ってくださいね」
アグリアが扉をあけて、中に入ってしまう。
次にクロレア、エアリスが入った。
はて?
なにあったのだろうか?
騎士団の物事は、団長と副団長と隊長が話をつけていた。
俺は、訓練を見るくらいの仕事しか与えられていない。
そもそもこれほどのんびりとした様子なのだ。
緊急の物ではないだろうし、公事ではないだろう。
「入ってください」
アグリアの声に従って扉をあける。
そこには大きな机があった。
そのうえに複数の大皿に乗った、ごちそうにいくつかの酒のラベルがはった瓶がある。
アグリアやエアリスやクロレア以外にも二人ほどいた。
「小隊の親睦会とマックさんの歓迎会をしようと思いまして」
おほんと、咳をしてからアグリアが話す。
他の面々を見回せばクロレアと呼ばれた少女は微笑んでいて、エアリスは苦笑いしている。
「マックさんは、名前を知らないとおもうので自己紹介をしましょうか」
クロレアは、周囲を見回してから俺を見た。
頷いた。
「準備をしてくれた、二人からいきましょう」
「えっ、私!?」
「後では、駄目ですか」
「駄目よ」
嫌がる二人に、クロレアがしかるように言う。
身長も全員の中で頭一つ高いし、彼女が年上のように感じる。
「私も同年齢ですからね」
視線でなにを思われたかわかるくらい、慣れているのだろう。
彼女は注意するようにいった。
「えっと、私はエミュ、アースガルトといいます。捕縛の魔法と土の魔法を得意にしてます」
「ミオン、エーテフォルト。風と探知が得意」
一方は緊張した面持ちでもう一方は感情を示さない無表情。
「マックっていいます。今度ともよろしく」
二人と握手する。
二人は、こわごわと手を差し出す。
握った手も強ばっていて、若干震えていた。
「私は、クロレア、ディッケンス。貴方と同じ体内強化が得意。まぁ貴方ほどじゃないけどね」
っと、いってから彼女は手を差し出した。
彼女は、こちらの事を二人とは違って意識してないようだ。
疑問におもっていると、彼女は笑みを崩さず答えを返してくれた。
「あれ以上の戦闘を見たことがあるの」
「そっか、じゃぁ。あれくらいでびびったりしないのか」
俺もそれなりの化け物になっていたと思うが、さすが王都。
化け物がくらい捜せばどこにでもいるのだろう。
現に、タリアという化け物もいた。
それに戦場では、俺くらいの実力者の存在くらいは当たり前のようにいた。
そういった奴らが、戻ってくる場所が王都だとすれば普通な事なのかもしれない。
そう思ってクロレア以外を見回すと、全員が首を横に振っていた。
なるほど。
いるにはいるだろうが力は隠しているのだろう。
なにより、俺みたいな暴走した所に出くわす事はないか。
「ふふ、力に捕われていたとはいえ、命を繋ごうとしていた」
彼女から見れば生きて帰ろうと戦っていたということらしい。
俺は意識はなかったからわからなかったが、数日で復帰できるほどのダメージだったからおそらくそうなのだろう。
それよりも。
「見た事があるんだ」
「あるわ、その人はもう帰ってこなかった」
悲しげな笑みを彼女は浮かべた。
力の暴走は一定以上の実力者が、己以上の力を引き出したときに起こす。
理由は様々あるが、大多数は精神に疾患をもたらした人間が多い。
最もだいたいは戦場で果てるのでそう見る事が多くはないけれど。
でも、なぜだろう。
何故、彼女のような貴族の者がその場面に出くわしたのだろう。
「あの? 私達は、自己紹介しなくてもいいの?」
「二人はもうしているじゃないの?」
割り込んできたエアリスは、クロレアはきょとんと首をかしげる。
「改めてした方がいいかなって」
「そうね。姫様は?」
「私も、小隊結成の日だから。したいかな」
クロレアにアグリアも頷いた。
「「じゃぁ、私から」」
二人の声が重なる。
二人の視線が、交差しまた二人して口を開いた。
「「お先にどうぞ」」
また一字一句同じ。
俺は、息のあったそれに笑いがこみ上げくる。
こらえようとせき止められた堰によってなんとか踏みとどまった。
「ぷふふ」
二人以外が、皆して口に手を当ててこらえる。
その様子に二人して怒ったように声をあげた。
「「笑わないでください!」」
「「あはっははは」」
もう我慢できないと、全員の笑い声が響いた。
こうも行動が同じだと狙ってやっているかと思えるくらい。
二人は、相性がいいのだろう。
バディを組ませたら絶対に成功する。
そんな確信があった。
「自己紹介は?」
「「もういいです」」
クロレアが二人に尋ねるとお互いに彼女達は見つめ合ったと、ぷいっと顔をそらした。
そう、こんなのはどちらも悪くないのだ。
だから責める事もできないし、そんな事したくない。
顔を赤らめた二人は、年相応にかわいかった。




