戦争の禍根の話
「これは、前大戦の時に使われた代物だ」
「となると、300年も前の物ですか?」
俺が、聞き返すと隊長は首を縦に振った。
「凍結された研究だが、今も継続して使われているのだろう」
「それほどまでに深刻な戦況には思えませんが」
凍結されるほどの研究状況。
現状はそれを無理にして行うほど人類は追いつめられていないのに。
「だからだ」
「実験しているの」
俺の視線に、タリアと隊長はいらだったような口調で顔を歪める。
「どうしてですか?」
「姫様、魔物の進行を食い止めている事が出来ている今は、戦う相手は魔物だけではないという事です」
隊長が一枚の紙切れを取り出した。
「それとな、この実験を行うためにいくつかの村が消失している」
「まさか、ですよね」
その隊長の言葉。
彼から渡された紙切れにある。
ある文字。
そこの地名は。
「おれの、こきょう?」
嘘だ。
違う。
そんなの認めれない。
せっかく違う道を見つけ出せたのに。
やっとかわっていけると思ったのに。
炎に焼かれた村の光景。
ただ炭の固まりとなったものが転がっていた。
「マックさん」
きゅっとアグリアが俺の腕をつかんだ。
下から、心配そうに見つめている。
「マック、おまえはこの件には関わるなよ」
「でも、マックさんだって」
「姫様、主犯の相手が目の前に立って、彼が平静を保てると思いますか」
アグリアが俯く。
「俺は。……いいや、教えてくれてありがとうございました。隊長」
「まぁ、黙っていて。後で知った方が怖いからな。だから伝えただけだ」
俺が、頭を下げると隊長は当然のように言った。
なるほど暴発の予防と監視もかねた警告と言った所か。
俺が知っているとわかっていれば監視もしやすいのだろう。
「今も続いているのですか?」
「いや、わからん。これは、研究しやすいと部類だからな」
俺の質問に隊長は曖昧に応える。
つまり、やっている可能性の方が高いという事。
「でも、どうしてこんな事?」
アグリアの問いに、俺も隊長も応えられなかった。
「姫様、兵士の生還率は知っていますか?」
代わりにタリアが厳しい表情と声で口を開く。
「えっと、七割ですか?」
「ええ、しかしそれは平均の損耗率です。本当はもっと違う。魔物の繁殖期や増加が著しい時は、三割を満たないのですよ」
タリアの言葉に、アグリアが言葉につまった表情をした。
「当然、全体の三割ではありませんよ。魔界に接している場所を守っている兵士の損耗率です。そこでは、どれだけ優秀であっても、簡単に命を落とす場所。であるならば、この研究は決して使えない物ではないのです」
「どうして?」
まるで肯定するな物言いに、アグリアの眉間が寄った。
「戦力の消耗を抑える事が出来るんだよ」
腹立つが、理解もしたくない。
とはいえ、この力で生き残ってしまった。
これがどれくらいの効果があるのかわかる。
「まぁ、それなり使えこなせれば間違ってもないな。これを使えば、寿命を削ったとしても、瞬間的な強さを得て一時的とはいえ生前率はあがるだろう」
「もっとも、貴方のように石に適合できる人間はそういないのですが」
タリアが俺を見た。
彼らにとって、この研究は石の消耗だけなのだ。
普通なら凍結するはずもない。
という事は成功例が極端にすくないのだろう。
「つまり、俺は実験隊だった?」
「そうだろうな。覚えているか?」
兵士なった当初の頃は、疲れと眠気に襲われた日々だった。
記憶が曖昧すぎて、いつこの石を埋め込まれたかはわからない。
「ともかく、勝手におこなわれているのが現状だ。正直に話すと、上はこれを相当重く見ている」
隊長が、石ころを取り出す。
もともと深紅のような色だっただろうに、今は黒へと染まっていた。
隊長が、俺の方に向かってそれを弾いた。
宙に舞ったそれを手に取る。
「現状維持が出来ている今、力を欲する理由。ただ、兵士の損耗を減らすためじゃない」
もっと別のなにか。
それを企ている人間がいる。
力を欲する人間。
それはつまり。
「まぁ、俺らには関係がない話だがな」
はっははと隊長が笑う。
タリアとアグリアが転けそうになる。
シリアスな雰囲気が一気になくなった。
「…...ジオさん。どうして、貴方はいつも」
「まぁまぁ、いいだろう? そんな権謀術数な世界に入り込みたいか? 俺は嫌だね」
気楽にへらへらしたように、隊長は笑った。
俺は、自分の故郷が犠牲になっているので彼のように笑えない。
ただあるとすれば。
ちらりとアグリアを見た。
彼女も此方に気づいたのか、視線があう。
昔か、今か。
どちらを選ぶかはもう決着はついていた。




