兵士の安心と騎士の決意の話
「どういう意味ですか?」
「言った通りだが?」
「俺が、どうして残れるのですか?」
あれだけ暴れ回ったのだ。
普通に考えれば外すのは当然だ。
どうみても壊れているのがわかる。
「人的被害はなかったしなぁ」
「いつかでますよ」
「戻って来れただろ」
「だから、いつか」
「わかんねぇだろ、そんな事」
隊長は傍にあった椅子に腰掛けた。
「爺は、なんて言っているんですか?」
膝で眠る。アグリアの寝息を聞きながら隊長に問う。
「俺に任せるだとさ」
それで隊長は使う気という事。
言い出したら聞かないのは、ベオ爺の隊なら誰もが一緒。
反抗は許されないようだ。
「......俺を使うなら、一つ約束してもらっていいですか」
「ああ。いいぞ」
「次暴走したなら、容赦なく殺してください」
「......痛みを感じさせないで殺してやるよ」
ありがとうございます。
隊長の言葉に安心した。
約束は守ってくれるだろう。
「そこで、安心するなよ」
「もう迷惑はかけれませんから」
制御の効かない力がどれだけ危険は、消えていった仲間達を見て知っている。
今の自分は、消えていった仲間となんらかわらないのだろう。
いずれこうなるとは思っていた。
少しずつ、身体が狂気に汚染されていくのが。
ベオ爺も俺に基本技を使わせないようにしていたのだろうか。
「確かめたつもりだったんだがなぁ」
「うまくいかないですね」
この前隊長との訓練。
あの時は、今回のような暴走はしなかった。
「風を纏う魔物か」
「......わかんないです」
「膨大な魔力か?」
「それは違うと思います」
俺が暴走した鍵を捜そうと隊長が聞いてくる。
「......寿命か」
「たぶん」
隊長が苛ついたように舌打ちをした。
隊長が俺の顔を見て、さらに顔を歪める。
この光景は、よく知っている。
俺は、今笑っているんだろう。
しみったれた話題から逃れるように隊長は、アグリアを見た。
「しかし、随分と姫様になつかれているな」
「俺もわかりませんよ」
「普通、ありえないだろう」
知り合いとはいえ年頃の少女が男のベットで爆睡する。
されている俺からすると悪い気持ちはないが、あいかわらずこの警戒心のなさは心配だ。
「昔、あっていたとか?」
「俺、辺境の生まれですけど」
「じゃ、どこかであったとか?」
「......隊長、基本俺と一緒に戦線のど真ん中にいたでしょうが」
最前線の部隊であったために、転戦しても街に行く事すらなかったのだ。
姫様が戦場に出てきていた話なんて一度も聞いてないし。
あったとしてもそんな偶然あるわけない。
「じゃぁ、なんだろうな。この懐きよう」
「しらない」
でも嬉しかった。
また妹や弟達が出来たみたいで。
懐いてくれた部下が出来たみたいで。
だから自分なんかに関わらないで幸せになってほしい。
二、三度軽く頭をなでてからそっと瞼を閉じる。
「寝るのか?」
「はい」
彼女から伝わる温もりのおかげか、今日はよく眠れそうだった。
アグリアが眼を覚ますと、ごつごつとした手のひらの感触がった。
寝息の音と、カーテンが風に揺れる音。
窓から夕日の日差し。
「私、寝てたの?」
アグリアは、もたれかけていたベットから目元を摩りながら身体を起こす。
背をのばせば骨の鳴る音。
傍にあったマックの手を見てアグリアは顔を歪める。
死人のような生気がないような色をしていた。
「初めて、私の剣を認めてもらえた人」
アグリアはマックの傍にすり寄る。
「本当に嬉しかった」
アグリアは寝ているマックの腕の中に入り込む。
彼女の侍従や知人、家族がいればまず止められるだろうが彼女は止まらなかった。
そのまま、首もとへとアグリアは抱きつくように手をまわす。
「貴方は、知らないでしょう」
二人の顔がいつ触れてもおかしくない距離に近づく。
「だいすきです」
寝ているマックには届かないからアグリアは戸惑いなく言える。
聞こえなければ、その思いが否定される事もない。
「基本に染まった剣なのに。貴方は今まで見た中で一番、良いっていってくれた」
家族、侍従のタリア、彼女に剣術を教えてきた数々の騎士。
彼女の才能、彼女の努力。
皆がほめてくれてはいた。
アグリアは、その賞賛を受け入れる事ができなかった。
納得がいかないまま、訓練場に通う日々。
そのときにマックが、褒めたのだ。
良い剣筋だと。
アグリアは基本に染まったこれのなにがいいのかと問いかえした。
守りの剣。攻めの剣。そのどちらも行えるからだ。
ぶっきらぼうにいわれたのをアグリアは覚えている。
ずっと守る剣だけを習い、己を守る事だけを重視されてきた。
王族は自分の命を守れる事ができればそれでいいから。
アグリアには守りの剣への忌諱感があった。
すぐアグリアは聞き返した。
攻撃の剣?
マックは、首をひねりながら逆に聞き返す。
守るには攻めもいるのじゃないか?。
攻撃なき剣は守る剣でもあらず。
相手に脅威を与える事が出来なければただの案山子でしかない。
あまりに当たり前な事。
けどアグリアにとっては違った。
周りがアグリアに攻撃をさせる事を望まなかった。
故に防御だけを叩き込んだ。
未熟ながらもアグリアはそれを感じていた。
私に剣を教えてくれませんか?
それが始まり。
それからずっと一緒に、二人は時間がある限り過ごしてきた。
自分の命が一番大事。じゃないと仲間を守れないぞ。なんのために守りの剣を習った?
時にはしかってくれた。
彼女は頭をごつりと最初の方はよく叩かれたし、褒めてくれたときはしっかりとなでられた。
その事を思い出したアグリアは自分の頭に触れる。
その痛み、手のひらの感触。
「よく喧嘩もしました」
汚れ服。
汚れた髪。
彼女のいる王宮では絶対に得られなかったもの。
彼女の通った学校ではなかったもの。
彼女のいる騎士団にはないもの。
心と心をぶつけあい、剣と剣をぶつけ合う。
彼女にとっては初めてだった。
喧嘩にちかい殴り合いもした。
頬を腫らして、王宮に帰ると家族は誰にやられたと問いつめてきたがアグリアは、初めて何も言わなかった。
応えなかった。
「でも、貴方は私を見ていない」
彼が見ているのは、自分ではない別の場所。
「いつかは、私がその場所になる」
彼女は気持ちの整理がつき、自覚したときから時から決心していた。
剣を扱う騎士として、一人の女性として。
傍にいると決めた。
「お母様は、笑って許してくれました。お父様やお兄様は、渋い顔をしていましたが」
でもみんなは許してくれた。
自分のわがままを肯定してくれた家族。
「期間は1年」
ただ条件もあった。
その間に、彼と婚約を取り付ける事ができたらと。
王家は完全に後援してあげると彼女の母は言った。