内に潜む痛みの話
「がぁああ」
振り下ろされるはずだった剣は止まった。
「全員、集中しなさい。姫様を守れなくて、何が騎士団ですか!」
「気を抜くと、一気に破壊されますね」
マックに纏わり付いた風の鎖。
300人の騎士による拘束魔法。
四人を中心に円陣が組まれていた。
「ははは、これはすげーな」
「ええ、本来なら個人相手につかうものではありませんが」
「それを、破壊しそうな勢いがあるこいつも随分に人間止めてるよな」
とはいえ終わったなとタリアもジオも胸を撫で下ろした。
「マックさん」
「姫様、拘束されたとはいえまだ危険です」
「うんん、もう大丈夫」
傍に寄ってきたタリアが、アグリアに離れるように促す。
アグリアは、首を横に振ってからマックの頬に手を当てる。
「もう、一人で戦わなくていいのですよ」
「ああぁ」
マックの眼から涙がこぼれた。
高揚していた戦意が拘束の魔法と平行して発動している睡眠の魔法によってなえていく。
それと同時に意識も徐々に戻っていっているのだろう。
自分がしでかした事も、理解の色がある。
「嫌っていませんよ。怯えないでください」
恐れ。
怯え。
迷子になった少年のように。
行き場を失った子羊のように。
「大丈夫ですから、安心してください」
マックの瞼が落ちていく。
その瞳の中をみていたのはアグリアだけ。
彼が何を思っていたのか、彼女だけが知っている。
風の拘束が解かれる。
マックは地面へと倒れるのをアグリアが支える。
「姫様、無事でしたか?」
ファリナとエーリカの二人が駈けてくる。
「うん、大丈夫」
「しかし、これはいったいどういう事です?」
ファリナは責めるようにジオを見た。
ジオはあーと言いながら頭を掻く。
これは言い訳できねえなと内心のまずさを感じながら。
「いいの、たぶん。これが、今のこの人の姿」
ぎゅうとアグリアは、マックを抱きしめる。
彼の中に住まう思い。
それが溢れ出した。
「今もまだ、戦い続けている。ずっと」
忘れられない。
忘れたくない。
つまりそういう事だった。
戦場の記憶が薄れたとしても消える訳でない、
ずっとノイズとして彼を苦しめている。
刻まれた戦場の中を今もさまよい続けている。
「そこから出してあげます。絶対に」
夢を見ていた。
いるはずのないあいつらが傍にいる。
熱心に剣を振るっていて、それを見ているのがつらい。
「まだ。やるの?」
「別に、あいつがやってたから」
「あはっはー。まじめだねー」
「同然。もちろんだ」
みんなで剣を振るう。
夢であったとしても嬉しい。
昔に戻れた気がした。
なのに、すーと何人かが消えていく。
待ってと手を伸ばしても、彼らは笑うばかり。
まだ残っていた、面子に声をかける。
「まだ、やるの?」
「ふふ、がんばろー」
「同然だ」
減った面子で剣を振るう。
彼らは気丈に笑っていた。
その彼らも消えていく。
「まだ、やるの?」
誰もいなくなった場所で一人つぶやいた。
一人で剣を振るう事を、続けないといけない。
これが、例え夢の中であっても。
「おー。あんたが、先輩さんか。よろしくー」
「ぬふふ、強そう」
「まじめにしろよ」
「よろしく」
また新しく仲間が増えた。
「あ、あの初めまして」
「そっちが大先輩」
「よろしく」
そしてまたいなくなる
増えては減って。
減っては増えた。
でも最後はまた一人になった。
俯けば屍が並んでいた。
魔物も人のもある。
血の匂いがする。
全身も周囲も赤が消えない世界。
だれかいないの?
視界が暗い。
闇に意識を取り込まれる感覚であるのに寒さがする。
心細い。
早く終わってくれ。
「......さん......さん」
声が聞こえる。
そちらの方に向けば光があった。
やっと聞こえた人の声。
声の方へ歩く。
ぬくもりへ手を伸ばす。
暖かいとつかみかけた所で止まる。
奇麗な光に伸ばされている、真っ赤に染まった自分の手。
しゃがみ込んだ。
また。
繰り返される。
同じ思いをする。
「もう......い......やだ」
目の前に光から手が伸ばされる。
白く細い、華奢な手が俺の手を引っ張った。
背に手を回されて、抱きしめられる。
見上げれば一人の女性がいた。
「ん」
眼がさめた。
見回してみればどこかの病室だろうか。
部屋が白い。
腕を見てみればところどころ変色していた。
「ああ」
俺はやってしまっのか。
最後の戦いと同じように。
「狂いたくて、狂いきれなかった」
生き残るために力の得てきたのに。
今は死ぬ事を求めていた。
矛盾している。
「生きて帰りましょうか?」
だったらみんな帰ってきてよ。
俺を一人にしないでよ。
眼を伏せると一人の少女が膝の上で寝ていた。
「アグリア」
眠る少女に、そーと手を伸ばす。
姫様でありながら俺と一緒にいてくれる人。
「ばかだなぁ、ほんと」
最後の時もみた。
切り掛かった俺にたいして、怯え逃げるどころか包み込もうとした。
まだバサークも完全に抜けていなかったはずなのに。
怖かったはずだろうに。
恐ろしかったはずだろうに。
指で彼女の頬をつつく。
やわらかく、ぷにぷにとしている、
「う.....ん」
眠りが深く起きそうもない。
彼女の寝顔を眺めていると、人の歩く音が廊下からする。
音はだんだんと近づいてくる。
「起きたのか。マック」
扉を開けてゆっくりと隊長が歩いてくる。
「俺は、首ですか?」
「ああ、当分休みだ」
質問に隊長は表情を変えずに言った。
どうやらここまでらしい。
なんだかんだベオ爺に拾われてからずっと世話になった。
何か恩を返したいが戦う事、それすら失いつつある俺には何もない。
「そう......ですか。勝手をしておいて、後はお任せします」
俺が頭を下げる。
「ん? 違うだろ」
顔をあげて隊長をみれば、彼は何をいっているんだという顔をしていた。
だって、は首になるんじゃ。
「傷が癒えるまでの休養だぞ、その後はしっかりと働いてもらうからな」
「は?」
隊長の言葉に、理解が及ぶまで十秒ちかくかかった。