風邪を引いている間の話
眼を覚ませば自室のベットの上にいた。
「おはようございます」
そして眼麗しい姫様の顔が傍にあった。
ああ、なんだこれは夢か。
彼女が俺の部屋にいるはずなんてないのだから。
だったら夢の中だけにいじわるをしたくなる。
手を伸ばして彼女の髪に触れた。
「あ」
彼女の身体がびくんとなる。
触れた髪は柔らかくて手触りがいい。
もう片方の手を彼女の背中にまわす。
「あ、あの」
真っ赤に染まった彼女の顔。
自分が寝ているベットに抱き寄せた。
伝わるいいにおい。
匂い?
果たして夢の中で、匂いを感じた事があるのだろうか?
目元を何度もさすり、指に爪を立ててみる。
痛い。
これは果たして夢だろうか?
「何をやっているのですか?」
「タ......リア」
昨日見た侍従の女性。
それに助けを求めるように、アグリアがか細い声をあげる。
「ッツ」
急いで、腕のなかにおさめたアグリアを解放する。
「起きられましたか?」
「ああ、今は起きたよ」
最高で最悪の目覚め方だ。
一番の被害者は、水を沸騰できそうなほど熱を帯びてしまったアグリアだろうけど。
あぅあぅとうめく彼女は、今にも倒れそうな感じだ。
「つぅ」
ベットから起き上がろうとすると、気だるい痛みが頭を走った。
「風邪です。今日一日は、休みをとりなさい」
「別にこれくらい」
「とりなさい」
あげようとした腰がすとんとベットに落ちる。
「日々無理した祟りと、昨日の飲酒、さらに精神的な落ち込み。他にも原因は探せばあるでしょうけど、大きい要因はこの三つね。でないと、鍛えられた人間が風邪なんてひかないから」
言われた事。
こうなった理由として思い当たる。
とはいえ風邪に倒れるほどまでに疲労が溜まっていたとはおもわなかった。
「私のせい」
「姫様のせいではありませんよ」
タリアが、俺を見つめながら言う。
その視線は感情もなくとても冷たいもの。
こういうのはよかった。
こういった視線はよく戦場で慣れたものだ。
その分全く気にならない。
「アグリアは悪くないから、隊長は?」
「ジオさんなら、打ち合わせにいきました。だから、休んでなさい」
もう素直に頷いた。
正直意地を張った所で意味もない。
「では、姫様。お世話はお任せしますね」
「はい、タリアもお仕事頑張ってください」
ちょっと、おい。
それは素直に頷けないんだけど。
笑みを浮かべあう二人に、おかしくないかと問いたい。
なんで姫様が兵士の世話を焼くんだ?
むしろタリアがしろよ。
どうせ護衛をかねて観察しているんだろう?
と口を開こうとして、アグリアの後ろから彼女の口が開いた。
静かにしていろ。
開きかけた口が止まり、笑みを浮かべて汗を拭こうとするアグリアがタオルをとってベットに乗ってくる。
おい、待って。
背を向けるな。
アグリア、汗くらい自分でふけるから。
すぐ傍に寄ったアグリアに気を取られて、遠のいてしまったタリアに敵意を向ける。
足を止めて振り返った彼女は、唇を三日月にしてにやりと笑う。
挑発。
さらに敵意がこもる。
俺がタリアに視線を向けて離さなかったせいか、なにかとアグリアが振り返った。
タリアの姿はもう消えていた。
「?」
不思議そうにアグリアは首を傾げてから、俺の上着を脱がしていく。
早いよ。
畜生が。
そして気配の消し方もうまい。
もう何処にいるのかわからない。
汗を拭い終えて服を着せてくれたアグリアの顔はうっすらと赤い。
手つきも固くなれていなかったし、何もしゃべらないから緊張していたのはわかる。
彼女は、近くの机にあった小鍋が置いてあるお盆をベットの端に置く。
「あの、ご飯持ってきていますから」
「いい、おなかすいていない」
「駄目です。食べないと元気が出ないですよ」
違う。
元気がないのではなく、無心になっているんだ。
熱もあるせいか頭がのぼせているし、ろくな思考が浮かばないのだ。
それにこの後の展開は予想できる。
アグリアは、小鍋から椀に移しそこから魚を煮詰めた良い匂いがする。
彼女がスプーンを手にして、息を吹きかけて冷まして口元へ差し出した。
「あーん」
彼女はだれもいないと思っているだろう。
けど観察者はいる。
第三者がいれば、彼女もこんな事はしないだろう。
俺が、断ればすべてすむだろうけど。
ここまで丁寧に世話もされた経験はない。
なにより心底こちらを気遣ってくれているのがわかる。
邪険にはしたくない。
顔をまた真っ赤にしているアグリアを見る。
これを見られるのか。
「......あーん」
今度は、目尻に涙が少し溜まる。
口を開いて食べた。
「うまい」
ぱぁーと花咲いたように明るくなるアグリア。
けどつらい。
「たくさんありますから」
勘弁してください。
と思った。
その頃、隊長は昨日と同じ面子にベオ爺とまた一人の女性を加えて会談を行っていた。
「ええ、ではお互い昨日の事は忘れる事に」
「ああそうさせてもらう」
なのにファリナとジオは睨み合う。
ベオ爺と加わった女性ははぁーと息を吐いた。
「ファリナ、貴女はいい加減にしなさい」
「しかし、アーリア様」
「これは貴方の姉ではなく、四将軍アーリアとしての指示です。なにより、貴女は戦う能力が目の前の兵士に劣っているの? わかる?」
女性の言葉にファリナは押し黙る。
「ジオ、おまえもいい加減にしろ」
「俺は、やり返しただけなのですが」
「いちいち反応するなと言っているんだ」
「......わかりました」
お互い謝罪を向けた相手はそれぞれの関係者。
啀み合っている当人ではない。
それに当人たち以外は、頭を抱えてまたは苦笑いをする
「では本日付けで、ジオ兵長とマック小隊長。それともう二人の騎士団の加入申請の書類を出しておきます」
「本当にごめんね、エーリカ。貴女の騎士団にごたごたを巻き込んでしまって」
「かまいませんよ、アーリア様」
「いや、ほんとうに迷惑をかける」
頭を下げる四将軍の二人にエーリカは困った顔をする。
彼女からすれば公爵という立場を考慮しても、軍のトップ4というのは随分と目上の立場の人間だ。
頭を下げられても居心地はよくなかった。
「遅くなりました」
「きたか、タリア」
そこに侍従の格好をしたタリアが、扉を開ける音もなく入ってきた。
驚いたのファリナとエーリカだけ、他は当然のようにタリアに視線をやった。
「お久しぶりです。将軍」
「がはは、随分女らしくなったじゃないか」
「将軍は、相変わらず貴族とは思えませんね」
「しかたねぇ、俺は俺だ」
将軍が微笑むとタリアも嬉しそうに微笑んだ。
「で、おまえも騎士団にはいるのか?」
「ジオさん達がうまくやれたなら、それもなかったでしょうけど」
「ふん、まぁよろしく頼む」
「ええ、任せてください」
少しばかりすねたような表情のジオに、タリアは笑みを浮かべた。
「さて殿下や女王様から言伝もありますし、今後について話しましょうか。大切な姫様のために」
アーリアの言葉にその場にいた全員は頷いた。