将軍登場の話
「で、お前らは着任する相手を怯えさしたと?」
兵舎に戻った後。
すぐさまベオ爺に呼び出された。
「ジオよぉ、おまえはいつからそんなに短気になったんだぁ、ああ?」
「あいつらが悪い」
珍しく爺が怒っているのに隊長は、反省の色すら見せない。
これもすごく珍しい光景だ。
「マック、何があった」
話にならない隊長に、ベオ爺は俺へと視線を向けた。
かといって事細かく説明できやしない。
ただ団長さんが、すべてを学びたいと言ってそれに隊長が切れた。
そう伝える。
「はぁ、おまえなぁ」
ベオ爺が頭を抱える。
相手は公爵の家の娘。
それに喧嘩を売った。
しかも殺意を飛ばしてだ。
これは相手方の対応によってはベオ爺もかばいきれないのだろう。
場合によっては最前線送りだ。
「むかついたから」
俺が視線を向けると、隊長は当然のようにいった。
「むかついたからって、感情に左右されるな」
「わかっています、戦場ではしない」
「だからなぁ、日常でもその冷静さをだな」
「無理です」
隊長はベオ爺の言葉に首を横にふる。
こんな人が、戦場では味方に不動と呼ばれていた。
どんな戦況でも冷静に対処できていた人物とは思いやしないだろう。
「マック」
「でも、俺も気持ちはわからなくもないです」
団長がどうして止めなかったと俺を見る。
けど俺も首を横に降った。
彼らがすべてを学ぶ。
果たしてそれが本当に可能かどうかはおいておく。
俺や隊長は彼らに命令で教導するのだ。
そこには意思がなく思いがない。
「お前もか」
「はい」
「やはりそこまでに溝があるか」
「爺がそう思うのなら」
何も知らない相手に、命を失う状況で戦友と試行錯誤して得た技を。
または死んだ戦友の技までを戦場に出るかもわからない彼らに。
なによりこちらを明確に下に見ている人間に。
教える事ができるか?
隊長はそれがどうして認められなかった。
俺も、自分だけでなくそこにいた仲間さえ侮辱されている気がした。
あの団長も言葉や態度は丁寧であっても眼がすべてを雄弁にかたっていたから。
「それに、隊長の殺気はそれほど強くはありあせんでした」
戦場ではありふれた範囲のものだ。
あれでだめなら、戦場に出てもすぐ死ぬ。
「彼女らは、一度も戦場に出た事はないからな」
ベオ爺が苦虫をつぶしたように言う。
つまり今回の騎士団は、本当にお飾りのものらしい。
それを見たのがこれっきりという訳でもなかったが、今回ばかりはひどすぎた。
戦場に立った事がないという事は、下手をすれば一度も殺生をした事がないのかもしれない。
「はっ、傲慢? それを言うなら」
隊長の続きをベオ爺言う。
「ある程度の殺気で怯えるなということか」
隊長からしてみれば、怒りもあっただろうけど試しでもあったのだろう。
けれど彼らはその試験すら超えられなかった。
新兵。いや、新兵はなめてかかってこない分こちらの怒りを買わない。
なにより従順で言う事は聞くし、生き残るために必死だ。
彼ら貴族は基本、自分たちを人間と思っているかすら不明だ。
「団長と副団長であれだ。正直、二人いれば全員殺せる」
隊長は俺を見た。
物騒な発言ではあるが、要するにいてもいなくても同じだと言いたいのだろう。
事実、出来ると思うので頷きを返しておく。
そのやり取りを見ていた、ベオ爺は頭をかいた。
「わかった。だが、他の人員は割けん。任は外さん」
有無を言わさない物言いに俺と隊長は頷いた。
「もう一度、明日、打ち合わせをしろ。向こうには、俺から連絡を入れておく」
「「了解」」
「もういいぞ」
団長の言葉に部屋を後にする。
「ベオ爺に迷惑かけたな」
「まぁ、たしかに」
「けど、止まんなかったな」
「気持ちはわかるから何も言えない」
部屋を出てから二人して訓練場へと向かっていた。
「お前ならどうしていた?」
「俺なら」
どうするんだろう?
怒っていたのは間違いない。
「でも隊長みたいに行動しなかった」
それが本当にうらやましい。
誰かのために怒り、行動に移す事が出来るのは。
「ああ、そうだろうな」
「冷たいと思いますか?」
「いいや。それにまた敬語になってるぞ」
指摘された。
もう勤務時間も終わっているのに。
やはりどうしても質問は敬語になってしまう。
「無意識だから」
「はは、なら仕方ないか。ってこれも何度目のやりとりだ?」
「わかんない」
これも機械のように繰り返している気がする。
お互いわかっていてやっているような気がする。
過去に、こんな事をやっていたような気がするから。
オルゴールのように同じことを繰り返す。
「で、この後どうする? また訓練でもするか?」
技量も体力もが落ちているとは思わない。
けれど、感覚は別だ。
死が迫るような事がないから、直感が鈍っているかもしれない。
「少し実践で慣らしたい」
「あー、外な。なにかいい依頼あればいいが。明日はギルドでもいくか」
「いいんですか?明日は」
「ベオ爺は、ああいっていたが、明日すぐは無理だろう」
幻覚とはいえ死の恐怖を味わせた相手に会う事が出来るか?
たしかにと思った。
俺も、死を連想させる相手と戦ったときはもう見たくもなかった。
少なくとも冷静させるために一日は置きたいという気持ちはわからなくもない。
その辺りの配慮を、ベオ爺も向こう側もする可能性はあった。
もしくは明日にでも牢屋に入れられている可能性もあるが。
どのみちそれは明日になってみないとわからない。
「そうですね、銭でも稼ぎますか」
「決まったな」
「あ」
足を止めた、俺に隊長が振り返る。
「どうした?」
「隊長、一人誘っていいですか」
「ん? 別いいぞ」
少し不思議そうな顔をする隊長。
彼女と隊長をあわせるのは、あまりしたくない。
でも、彼女にはもっと外を知ってほしい。
時間があるうちに、機会があるうちに、いろんな事をしってもらいたい。
「お前が最近熱心になっている、あのお嬢か」
「変に絡まないでくださいよ」
「わかった」
にまにまと嬉しそうににやついている隊長の顔がものすごく殴りたい。
「ああ、それと。行けるかどうかは明日次第だぞ」
隊長のその言葉に、肩を落とす。
また新しい彼女が見えるんじゃないかと楽しみだったのに。