泣いて抱きしめられた話
王都の兵士になって3年。
暑苦しい将軍や隊長達の訓練に扱かれる毎日。
今日もそんな汗苦しい日課を耐えて訓練場で一人突っ伏していた。
「ちかれた」
声にならない声が漏れる。
喉が乾燥して、水分が足りてないのか頭が重い。
将軍も隊長も既に宿舎に帰っている。
なのに自分はどうして、こんな場所で一人寝転んでいるんだ。
というのも理由がある。
「今日もいました」
「それはこっちのセリフ」
一人の少女が駆けてくる。
騎士の重厚な鎧を纏い、腰に国の紋章が入った剣をさげている。
「努力家なんですね」
「そうでもない」
彼女が、屈みながら水の入ったコップを渡してくる。
感謝の言葉とともに受けて飲んだ。
生き返る。
「それで、あのお願いできますか?」
水を飲み終えたのを見計らって、彼女は声をかけてきた。
「いいよ」
いつからだったからか。
この新人の女騎士に稽古をつけることになったのだ。
「じゃぁ、よろしくお願いします」
彼女は立ち上がり構える。
中段の基本に忠実な構え。
僕も立ち上がり、彼女と同じく構えた。
鍛錬の後だけに、身体は重く感じる。
「行きます」
「どうぞ」
彼女がかけ声とともに斬り掛かって来た。
迷いの無い純粋な機動。
「よっと」
僕は彼女の剣を受け止める。
細い腕から繰り出されたとは思えない程のずしりと重い。
つばぜり合い。
流れる様に、懐に入り込み彼女の足を払う。
彼女は飛んで躱した。
浮く。
それは隙だらけの行為だ。
自由落下に委ねる外ない部位――胴へと、鋭く蹴りを打ち込む。
彼女は腕を交叉して蹴りを受ける。
「ッ……!」
痛みの苦からか、己が一手を悔やんでか……彼女の表情が歪んだ。
着地して、また斬り掛かってくる。
今度は、もっと速かった。犬が狼に化けたかのようだ。
しかし対応できない速さではない。この距離なら、風か雷にでも化けねば一太刀にまでは至るまい。
二剣が交わり、一瞬火花が見えた。
片方の剣が宙を舞い、雌雄は決した。
「負けました」
暗くなった訓練場に彼女の声が響いた。
「やっぱり、勝てないですか」
「そりゃ、あの将軍に鍛えられたもん」
「四大将軍、ベオルフ将軍ですよね」
「あの、爺さん。そろそろ歳の癖に元気すぎるんだよね。暇があれば、訓練場に顔も見せるし」
元気すぎるのもほんと困りもだ。
部下や隊長をちぎっては投げのごとく模擬戦で負かしまくる。
「ふふ、でもマックさんはすごく楽しそうでした」
「見てたんだ」
「はい、一度だけ」
「ん、あの爺さんを一回でも負かすのが目標だから」
そういうと彼女はすごく楽しそうにわらった。
どこかおかしな事をいったのだろうか?
「いえ、ごめんなさい。普通、将軍を倒そうなんて言う人なかなかいなくて、つい」
「そう?俺の部隊はいつもこんなんだよ」
「羨ましいです」
僕の言葉に、彼女は寂しそうな表情が見えた。
「騎士って言うのも大変なんだな」
「いえ、おそらく戦場帰りのマックさん達比べれば、ただの甘えなのだと思います」
「......戦場はあんまり関係ないよ」
訓練場に腰を下ろす。
こうして、地面に座っていると遠くなったきたあの頃を思い出せる。
彼女も地面に腰かけた。
隣から、女性特有のフローラルな香りがする
「そういえば、知っていますか?最近、騎士団が新設されるようですよ」
「へー、団長は決まってるの?」
「はい、エーリカ様が就任されるそうです」
「知らないなー」
王都に来て以来ずっと爺を倒す為の訓練打ち込んでいたし、あまり関心も無い。
「ふふ、エンベルン公爵の長女の方といえば、わかりますか?」
「ああ、あの爺さん」
「マックさん、全ておじいさんなんですね」
彼女が楽しそうに笑った。
爺さんだから、爺さんでいいじゃんと思う。
隊長は、隊長だし。
何か問題があるのだろうか?
「ところで、私の名前は覚えました?」
「うん、タリア」
「正解です」
彼女は花開いたようによく笑う。
「ふふ、また忘れたって言われるんじゃないかと心配しました」
「だって、もう何度もあったし」
「昨日、名前が出てこなかったじゃないですか」
「ああ」
そういえばそうだっけ。
最近、訓練が厳しくて頭が鳥になっているのかもしれない。
「あの、それでまた戦場のお話を聞いてもいいですか?」
「いいよー。前は何処まで話したっけ?」
「ルヴェの砦の所でした」
「あー、あそこは大変だったな」
攻め込んでる魔物達。
砦にこもったこっち側は、寡兵だった。
直ぐに囲まれて、じわじわと昼夜攻撃をうけて全滅間近だった。
あの時ばかりは、珍しくうちの隊長も弱音を吐いていたっけ。
本人曰く、黒歴史だったそうだけど。
それでも生き残れたのは、援軍が間に合ったから。
将軍率いる本隊がぎりぎりで合流して砦を死守した。
「あの、えと」
部隊がほぼ全滅した。
そう言った所で彼女の顔に、哀しみの表情があった。
これまでに部隊の仲間が死んだ話もあった。
その時も彼女は、こんな表情をしていたっけ。
「王都に戻って来たのも?」
「うん。それが最後の戦場だったな」
将軍の本隊も疲弊して、こうして王都に呼び出された。
将軍は、誰のせいでもないだろうに辛辣な顔をしていた。
たぶん、部隊が解散されない限りもう戦場に戻る事もないだろう。
将軍も歳だし、戦場で四将軍を失う事になったら士気にもかかわる。
「あなたは辛くないんですか?」
「んー、あいつら。俺に泣いてほしいと思うかな?」
質問にタリアは何も言わなかった。
「あいつらさー、いっつもいっつも将軍のためーとか。部隊の為ーとか言って厳しかったんだ」
ぽつり。
ぽつり。
言葉が漏れる。
終わってみれば誰もよりも真面目だったあいつらが死んで、その中でも不真面目だった自分が生き残った。
そこにあったのは、運だったのかあいつらが無茶したのか。
なぜ自分が生き残ったのか。
わからなかった。
ぬくもり。
後ろから抱きしめられた。
「泣きたいときは泣いて良いんですよ」
「涙なんて、もうとっくに忘れていると思ってなのになぁ」
静かに瞼を閉じた。
零れる、水滴がぽとりぽとり。
声を押し殺して。
久しぶりに泣いた。