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お久しぶりです
迷走しています
「リー=スティーヴ・オウレットと申します」
「あ、アカネ・ヒラサカです」
どうも、とリッテラエリングアに怒られたことを踏まえて挨拶をすると、明音の目の前の男は口元に穏やかな笑みを浮かべる
「わたくしのことは、スティーヴとお呼び下さい、アカネ様」
「え、あ、はい」
ニコニコと笑うスティーヴの勢いに圧された明音は、ぎこちない動きでコクコクと頷く
官僚には見えないなと遠慮なく観察をする明音に、スティーヴは嫌そうな表情を全く出さない
「スティーヴは姫君の第一秘書官です。彼は五卿九省からの推薦で入宮している実力者なんですよ」
「五卿九省の?」
リベルムの言葉に思わず鸚鵡返しに問う
まだ王宮に二日しかいない明音たが、五卿九省がこの国でどれ程重要な役割を担っているかはそれなりに分かっている
五卿とは、今までどれ程国に貢献したかで官僚から選ばれる役職のことで、べネットはこの五卿の内の一人
また、九省とは国政を行うための行政機関のことで、チコリー、ジニア・レガンス、セントーレア、ケローネ、チグリジア、ガザニア、ナイトフロックス、ディスポーラムの9つある
五卿九省の推薦とは国王の推薦に等しく、難関だと言われているものだ
「ディスポーラム所属の一介の官僚でしたが、ギネス長官がわたくしを推薦してくださったのです」
庶務省のディスポーラムには勤勉で人当たりのいい者がほとんどで、庶務故か人脈が広い者がいる
そう聞いていた明音に、ゆったりと微笑むスティーヴは爆弾を落とす
「本日付でケローネに配属されました」
「え、ディスポーラムじゃないの?」
顔をひきつらせる明音に、スティーヴは首をかしげる
宮内省ケローネの長官ヴィヴィアン・アシュームは姿勢のいい勝ち気なご婦人で、初対面の明音にビシバシと、本人曰く苦言を呈した大物である
会って数分で明音の苦手な人物リストに入ったのは、過去最高記録である
スティーヴがケローネ所属となったことにより、明音の様子がお局様に伝わってしまう可能性が高くなったと言うとこで
「(乱入してきませんように乱入してきませんように乱入してきませんように乱入してきませんように………)」
険しい顔で悶々と唱える明音を、リベルムは微笑みながら、スティーヴは首をかしげながら見守った
読書を始めた明音の邪魔をしないようにと部屋を退出したリベルムとスティーヴは、ゆっくりと廊下を歩いていた
「姫君はいかがでしたか、オウレット秘書官」
「うーん…なんとも言えませんね。残念ながら、あの方が何を考えていらっしゃるのか、わたくしには分かりませんでした」
リベルムはほんの少し高いところにあるスティーヴの顔を伺う
落ち込んでいるのか、顔には影が落ちている
「分かります。私も同じです」
「先王はとても分かりやすいお方でしたから、余計にそう思ってしまうのでしょうね」
「ああ、先王期からお勤めでしたか。私はまだ生まれてまもない頃でしたから」
お互いに苦笑しあう
60年前先王期は何かと貴族官僚は大変だった
綿密な長期計画による先王期大改革が十数年、そしてそれは現王期にまで食い込んでいる
ほんの少しでも漏れがあったり遅くなったりすると、容赦なく怒られていた
それほど、先王は厳しく、国民が幸せに、豊かになるようにと考えていたのだ
そして現王も先王の意思を継ぐと提言しており、一切の妥協も許していない
今のところ計画は続行中である
「しかし、アカネ様は物静かな方ですね。ギネス長官から大人しそうだとは聞いていましたが…」
意外そうに呟くスティーヴに、
「先王はどのような方だったのですか?」
「お話なさるのがお好きなようでした。表情もよく変わっておられましたし、直接お話したわけではありませんが、話しやすい方だと」
「余り姫君は先王に似ていないようですね」
バッサリと言ったリベルムに、スティーヴは困ったように笑う
「そうですね、きっとご尊父に似られたのでしょう」
そして、
「しかし…アカネ様は大変でしょうね」
「……ええ」
「賢王と称えられるミソノ様のご息女。国中が期待しているといいますから、さぞかし重圧が辛いでしょうに」
険しい顔で頷きかけたリベルムは、
「あ」
「?どうしましたか、殿下」
スティーヴは、足を止めたリベルムを振り返る
そして、
「オウレット秘書官」
「はい」
緊迫感を漂わせるリベルムに、スティーヴも真面目な顔をする
「どうなさいましたか」
「………姫君に、」
「はい」
「母君が先王だとお伝いし忘れてました」
「……………」
暫しの沈黙
そして、
「リベルム殿下、リベルム第二王子殿下」
「あはは、何でしょうオウレット次王第一秘書官」
現王マルトワーナの第二王子リベルムは、にっこりと微笑んで、
「わざとじゃないですよ」