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01-05 衛星軌道防衛戦 「虚数転換砲」

「……ぃ! おい! しっかりしろ!」


 しきりに呼びかけてくる声にユキシロは失神から覚醒した。


「あぅ……」


 未だ体を苛む激痛に混濁しそうになる意識を何とかつなぎ止めながら目を開けると、モニタ化した天井を覆うように銀の色が広がっている。

 それが、無防備なユキシロを砲火の雨から護っていた。


「銀の盾……?」


 見たままの光景を無意識に呟く。


「銀の盾か、そりゃいいな、かっこいい!」


 頭の横からの声に顔を向けると、展開した表示窓(モニタウィンドウ)の向こうで銀の髪の美女が快活な笑みを浮かべていた。


「神足艦隊所属の重巡フィルスだ、救援に来たよ」




 ホウライは幅広の剣を思わせる艦体の各部に装備した計六門の中型レーザー砲を一斉に撃ち放った。

 六条の閃光は収束し、光の大槍と化して敵に叩きつけられる。次いで小型荷電粒子砲(パーティカルガン)を発砲。荷電粒子ビームで追撃を行う。

 最前線での戦闘において多くの敵を屠った得意の連続攻撃だが、敵大型艦の装甲を打ち抜くには至らない。


「ステルスコートとアンチレーザーコートの合わせ技? いい所取りして、そんなの反則!」


 ホウライは子供っぽく頬を膨らませて抗議の声をあげる。

 とはいえ、反則加減では虚数転換力場ヴァニシングフィールドの方がよっぽど上だ。

 ホウライはそれ以上の文句を飲み込むと、反撃のレーザーを小刻みに展開した虚数転換力場ヴァニシングフィールドで防ぎつつ敵の被害状況を確認する。

 ホウライの攻撃を受けた敵の装甲は融解し、大きく抉れてはいるものの内部まで貫通していない。


「一気に装甲を打ち抜くには、あたしの火力じゃ足りないかぁ……」


 ホウライは後方カメラでフィルスの様子を拡大した。

 救援要請を発した軽巡の前に立ちはだかり、盾となっている。


「フィルス姉の火力が欲しい所だけど、手を離せそうにないなぁ」


 重巡航艦は高速打撃部隊の中核を担える艦種であり、軽巡とは比べ物にならない火力と防御力を備えている。

 フィルスの火力なら敵の装甲を撃ち抜く事も可能だろうが、その強固な虚数転換力場ヴァニシングフィールドを活かして盾となっている状況では呼びつけるわけにもいかない。

 フィルスに護られた軽巡はまさに満身創痍であり、フィルスが離れれば10秒と持たずに撃沈されてしまうだろう。

 敵艦もそれを承知しており、厄介な重巡を釘付けにすべく後部砲座で傷ついた軽巡への砲撃を続けている。

 敵艦の思惑を悟りながらもフィルスは動けない。

 一方、艦隊最大の火力の持ち主であるキリツボは鈍足ゆえにまだ後方だ。

 よしんば追いついたとしても、キリツボの火力支援は期待できない。

 後方から敵艦にレールガンを叩き込めば、勢い余った弾頭はそのまま大気圏に飛び込んでしまう位置関係だ。

 護るべき本土へ艦砲射撃を撃ち込むわけにはいかない。


「あーもうっ、あたしも重巡なら!」


 足止めすべく砲撃を行いながらも、火力の足りなさに愚痴が出る。 火力重視設計のムツキ級だが、所詮軽巡の身では搭載できる武装にも限度があるのだ。

 ホウライの嘆きを余所に、敵艦はホウライの砲撃を物ともせず強引に直進していく。



 


「ぐっ……うぅ……」


 神経接続係数のレベルを落とし、艦からのダメージフィードバックを打ち切ったユキシロはなんとか立ち上がった。

 フィードバックによる痛みは所詮幻痛。 手足が千切れ、目が焼かれ、胸を刺し抉られたかのように痛もうが、フィギュアヘッドとしてのユキシロの体は損なわれていない。

 幻痛の名残を振り払ってユキシロは袖で口元の涎をぐいと拭う。 毅然と顔を上げ、艦のダメージを検分した。


 主推進機大破、右舷一番砲塔完全破壊、左舷二番砲塔脱落、多目的ミサイル発射筒(ランチャー)中破、艦首探査機器類8割消失、推進材タンク破損、流出により残り推進材4%。


 惨憺たる有様だ。身動きもできず、攻撃手段もないユキシロに戦闘力は最早残っていない。

 だが、ドールローダーの心臓である0/1モノポール炉は健在で未だエネルギーを生み出しており、虚数転換(ヴァニシング)システムにも損傷はない。


「フィルスさん!」


「おうよ、銀の盾がしっかり護ってやってるぜ!」


 ユキシロの呼びかけにフィルスは豪快に笑いながら応じた。


「私はもう大丈夫です、敵を追ってください」


「大丈夫って、とてもそうは見えないぜ? オレが離れた途端に撃沈でもされたら寝覚めが悪いんだが」


虚数転換(ヴァニシング)システムの冷却は完了しています。主機が死んでいるので動けませんが、虚数転換力場ヴァニシングフィールドで身を守る事はできます」


 ユキシロの僅かに生き残った観測機器は地球目指して突き進む敵大型艦と、それを阻もうと追撃する軽巡航艦の姿を捉えていた。

 ユキシロよりもベテランであるらしい軽巡は巧みな操艦で大型艦と渡り合っているが、決め手に欠けているのは明白だ。


「あのままでは地球に到達されてしまいます。私を庇っていたから敵艦を止めれなかったなんて結果は、軌道警備艦隊の一員として耐えれません!」


 ユキシロは瞳に涙を浮かべながらフィルスに訴える。

 彼女にもプライドはある。

 コマンダーを失い、敵に敗れ大破させられた上、自分を護るために貴重な戦力の投入を阻害してしまうなど、耐えられるものではない。


「……わかった、気をつけろよ」


 心配そうに言いつつも艦首を転回させるフィルスに、ユキシロは感謝を込めて頷いた。


「はい、ありがとうございます」


 フィルスの艦尾に並んだ三発の推進機が吠え、銀の重巡は盾から矢となって敵大型艦を追う。


 虚数転換力場ヴァニシングフィールドを展開させたユキシロは祈るように遠ざかる噴射光を見つめていた。




 後方から放たれた二条の粒子ビームが敵艦の装甲で派手に炸裂する。

 後方モニタに接近する僚艦の姿を認め、ホウライは通信表示窓(モニタウィンドウ)を開いた。


「フィルス姉!」


「加勢に来たぜ、愚妹!」


「やられてた子は大丈夫なの?」


「ああ、新米みたいだけどガッツのある奴だ。虚数転換(ヴァニシング)システムの冷却が終わったから行ってくれとさ」


 フィルスの言葉に後方モニタで件の軽巡を拡大する。

 艦全体をレーザーで穿たれ、あちこちから火花を散らしながらも虚数転換力場ヴァニシングフィールドを展開し、時折飛来する大型艦の砲撃を防いでいる。

 身動きもしない所を見ると推進機をやられているのだろう。 ただ撃たれるしかない状態でフィルスの保護を返上する、その根性にホウライは舌を巻いた。


 彼女の心意気に応えなくてはならない。

 ホウライはとっておきの鬼札(ジョーカー)を切る覚悟を決めた。


「フィルス姉、あたしの前に出て少し時間を稼いで」


「あ? 何するんだ?」


 ホウライは姉貴分の疑問に答えずに、コマンダーとの回線を開いた。


「コマンダー。虚数転換砲(ヴァニシングガン)の使用許可を申請します」 


「なっ!?」


 絶句するフィルスを尻目に表示窓(モニタウィンドウ)の中の神足は眉を寄せながらも、迷いなく告げた。


「必要なんだな? 許可する、好きに使え」


 あっさりと下された許可には、主からの手放しの信頼が込められている。 鉄火場に有りながら、ホウライは場違いな幸福感を噛み締めた。


「ありがと、コマンダー。待っててね、きっちりキメてくるから」


 愛らしい仕草で一礼して主との表示窓(モニタウィンドウ)を閉じるホウライ。

 顔を上げたホウライはフィルスとの表示窓(モニタウィンドウ)に向き直ると悪戯っぽく微笑んだ。


「そんな訳だから、護ってねフィルス姉」


「ば、馬鹿野郎っ!」


 普段の人を小馬鹿にしたようなおどけた態度からは想像もつかないほどにあっさりと危険な決断をした妹分に、フィルスは思わず怒鳴り声を上げる。

 コマンダーによる使用許可が必要なドールローダーの切り札、虚数転換砲(ヴァニシングガン)

 本来防御用に作られた虚数転換(ヴァニシング)システムを攻撃に転用する、一種の裏技だ。

 想定外の使用法であるため、その運用には危険が付きまとう。

 虚数転換(ヴァニシング)システムを全開運転させるため、過剰に出力を上げた0/1モノポール炉が暴走する可能性。

 艦内の全エネルギーを虚数転換(ヴァニシング)システムに注ぎ込むため、推進機すら一時停止してしまうという危うさ。

 そして何よりも、無敵の防壁たる虚数転換力場ヴァニシングフィールドによる護りが失われてしまうという最大の問題点。

 虚数転換砲(ヴァニシングガン)を使用する際、ドールローダーは身動きできず盾もない、完全に無防備な状態になってしまうのだ。


「普通にやっても、あいつは止められないよ。 ちょっと無理しないと。 あの子がしてるみたいに」


「ならオレがやる」


「あたしの虚数転換力場ヴァニシングフィールドじゃ、虚数転換砲(ヴァニシングガン)発動までフィルス姉を護りきれないよ」


「……ったく!」


 フィルスは憮然としながらも加速し、ホウライの前に踊り出た。


「護るのは、この銀の盾に任せな! 早いとこ準備しちまえ!」


「ありがと、フィルス姉」


 即決型を自認するフィルスよりも先に、あっさりと危険極まりない切り札(ジョーカー)の投入を決めたホウライ。

 フィルスは妹分の勇気に敬意と若干の嫉妬を覚えながら、虚数転換力場ヴァニシングフィールドを全力で展開した。




 フィルスが展開した強固な虚数転換力場ヴァニシングフィールドに無数のレーザー光が突き刺さり、消えていく。

 ホウライの攻撃に耐えしのいできた敵艦は、すでに大気圏突入体勢に入っている。

 その巨体の中には何が詰まっているのか。大量の工作員、あるいは凶悪な化学兵器、それ以前にあの巨体そのものが質量兵器として機能してしまうだろう。

 あんなものを地球に入れるわけにはいかない。


「コマンダーコードによる承認有り。EAS‐DCL01‐22ホウライ、虚数転換(ヴァニシング)システム反転稼働開始……」


 艦との神経接続係数を最大レベルに上げたホウライは艦籍番号付きの艦名で宣言し、レクチャーを受けたものの一度も試したことのない手順を実行していく。

 

「メイン推進機への動力バイパスカット、推進材排出……」

 

 推進機への動力が切られホウライは慣性航行に移行する。 その船腹から膨張による事故を防ぐため推進材の重水素(デューテリウム)のほとんどが排出された。

 太陽光を浴びてキラキラと輝く重水素(デューテリウム)の残滓を両舷から尾のようになびかせながら、ホウライは半ば重力に身を任せて飛翔する。


「0/1モノポール炉、オーバードライブ。全動力、虚数転換(ヴァニシング)システムへ!」


 艦橋の照明が最低限に落ちる。

 わずかに展開した表示窓(モニタウィンドウ)の中のデータを睨みながら、ホウライは最終シークエンスを行った。


「敵艦との距離測定完了、虚数転換砲(ヴァニシングガン)レディ!」


 準備が整った。

 ホウライは虚数転換力場ヴァニシングフィールドを展開したフィルス越しに敵艦を見据えた。 その艦首は大気との摩擦で真っ赤に染まっている。

 

「フィルス姉! 準備できたよ、退避して!」


 虚数転換砲(ヴァニシングガン)は同じく虚数転換(ヴァニシング)システムの産物である虚数転換力場ヴァニシングフィールドと干渉すると狙った効果を引き出せない。

 フィルスの展開した虚数転換力場ヴァニシングフィールドの後ろから放つ訳にはいかないのだ。

 だが、フィルスは虚数転換砲(ヴァニシングガン)の射線を塞ぐ様にホウライの前方から動かない。


「ダメだ、あいつの砲がまだ生きてる!」


 大気圏突入を開始し艦全体を赤熱化させながらも敵艦は後部砲座で果敢にレーザーを射掛けてくる。


「レーザーが少し当たった位じゃ沈まないよ! それよりも早く撃たないと距離演算が狂っちゃう!」


「くっ……ホウライ、気をつけなよ!」


 フィルスは艦首を上げ、ホウライに進路を譲った。 途端にホウライの艦体をレーザーの矢が穿つ。


「うぐっ……。 さ、最終演算、誤差修正……」


 敵艦に狙いを定める。 その時、ホウライは気づいた。

 敵艦の後部砲座でチャージされた荷電雷球砲(インパルスガン)の燐光に。

 ホウライは迷わなかった。


虚数転換砲(ヴァニシングガン)、てぇ!」


 虚数転換(ヴァニシング)システムが咆哮し、暴走寸前のぎりぎりで制御されていた力が解き放たれる。

 虚数転換砲(ヴァニシングガン)には砲弾はない。レーザーのような閃光も生じない。

 ただ、結果だけが生じる。

 敵艦の艦体が目に見えない魔物に食いちぎられたかのように抉り取られるという、無残な結果が。

 自らを覆うように展開する通常の虚数転換力場ヴァニシングフィールドと違い、虚数転換砲(ヴァニシングガン)は目標を中心に虚数転換力場ヴァニシングフィールドを展開する。

 結果、目標そのものが虚数空間へ投げ込まれる。

 ホウライの虚数転換砲(ヴァニシングガン)により艦体の八割を虚数空間へ投げ込まれた敵艦の、わずかに残った艦首部分がくるくると回りながら落下していく。

 だが、ホウライにそれを確認する余裕はない。

 虚数転換砲(ヴァニシングガン)発動と同時に放たれた荷電雷球砲(インパルスガン)のプラズマ球は、ホウライの艦首左舷側に突き刺さり、中枢部(バイタルパート)をかすめるようにその艦体を抉り抜き、艦尾まで貫通していた。


「あうぅっ!?」


 左半身を焼き潰されたかのような激痛に、お立ち台(コントロールステージ)の上で膝をつくホウライ。

 推進材を排出した上に、艦の左半分を無惨に破壊されたホウライは力なく大気圏内へと落ちていく。


「ホウライ! しっかりしろ、落ちんなっ!」


 半ば意識を失い落下するホウライに、フィルスは危険も省みず接近した。

 至近距離で固定アンカーをホウライめがけて射出し、その艦首を無理矢理引っ張り上げる。

 ホウライの艦体が大気圏に対して水平になったのを確認し、アンカーのワイヤーを切断。 すかさずスラスターを吹かしてホウライの下に回り込む。


「そらぁっ!」


 気合いと共に逆噴射を行うと、落下するホウライの船腹がフィルスに激突した。

 かなり洒落にならない数値で検出された激突によるダメージを無視して、ホウライを背負う形のフィルスは大気圏を離脱する。


「む、無茶するなぁ、フィルス姉……」


 お立ち台の上にヘたり込んだホウライは、一歩間違えば共倒れの曲芸染みた操艦に冷や汗を流しつつ感想を述べた。


「お前ほどじゃねえよ。 相打ち上等なんて流行らねえぞ、この馬鹿」


「いやあ、ここで討ち損じたら、あの子に申し訳ないなあって」


 言いながら、ホウライは落ちていく敵艦の残骸に目を向けた。

 大気との摩擦に焼かれた残骸は、真っ赤な流星となって落下していく。


「このまま、燃え尽きてくれればいいんだけど」


「さあね。 とりあえず良くやった方だろ」


 珍しく誉めるようなフィルスの物言いに、ホウライはにまっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「なーに、誉めてくれるの? めっずらしーい、フィルス姉に誉められちゃったぁ」


「ば、馬鹿っ……」


 フィルスは褐色の頬に血の気を昇らせると、スラスターを吹かして地球へと引き寄せる重力の手を振り切った。

これにて第一話「衛星軌道防衛戦」終了です。

次回、第二話「賞味期限切れ冷凍食品」。 

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