01-03 衛星軌道防衛戦 「神足艦隊 シキブ改級砲撃戦艦キリツボ」
第18機動ドールローダー艦隊は慣例に従い、司令官の名前を冠して神足艦隊と呼称される。
その内訳はライン級重巡航艦フィルス、ムツキ級軽巡航艦ホウライ、そして旗艦たるシキブ改級砲撃戦艦キリツボで構成されている。
何層もの装甲に護られたキリツボの艦橋で艦長席に座る神足信也少佐は、三次元レーダーを表示した表示窓を切れ長の瞳で睨んでいた。
若武者という言葉が似合う、二十代半ばの士官である。彼のような若者が佐官の地位にあるのは、アドミラルジーンの持ち主ゆえの事だ。
だが、神足は決してそれだけの男ではない。
純和風の名にはいささか違和感のある、曾祖母譲りの金髪を短く整えた神足は表示窓の中で部下の二隻が散開したことを確認した。
端正な細面に似合わぬ獰猛な笑みが浮かぶ。
「キリツボ、主砲用意!」
「うむ、承知した」
艦長席後方のお立ち台に仁王立ちしたフィギュアヘッドが時代掛かった口調で応じる。
旗艦キリツボの生体コンピュータたる彼女は、フィギュアヘッドの例に漏れない美女であった。 ただし、10歳分成長すればという条件が付くが。
紅玉を思わせる切れ長の瞳と、小作りながらも形のよい鼻梁。 朱を刺したように鮮やかな唇は、かすかに笑みの曲線を描く。
将来の美貌を予想させる端正な顔立ちに長い黒髪を高く結い上げたキリツボの体は小さく、一見するとローティーンの子供にしか見えない。
だが、キリツボは神足の初陣から付き従い、10年近く戦場を駆けた古強者であった。 もっとも、フィギュアヘッドの肉体は成長固定されているため、神足と初めて出会った時からキリツボの背丈は1cmも伸びていない。
キリツボも同僚のフィルスと同じ灰色の軽宇宙服を身に着けているが、その上から羽織った浅黄色の陣羽織に起伏の乏しい小さな体の大半は隠されていた。
陣羽織はコマンダーを持つフィギュアヘッドに与えられる備品で、唯一彼女達の自由にできる物品だ。
フィルスのようにチョッキ型に切り縮めた挙句に飾り紐塗れにするような大改造は流石に稀だが、各々工夫を凝らして自己主張するのが常である。
キリツボの陣羽織は一見すると官給品そのままのそっけないデザインに見えるが、浅黄色の淡い青に隠れるように銀糸で桐の花の図案が刺繍されていた。
桐の花の陣羽織を翻すようにキリツボは鋭く腕を振り、主の命を遂行する。
「電磁投射砲、スタンバイ。 いつでも撃てるぞ、コマンダー」
円筒型のキリツボの船体には四本の巨大な砲身が張り付いている。これが砲撃戦艦たるキリツボの主砲、四連超大型電磁投射砲だ。
強力な破壊力を持つレールガンだが砲身の長さが500メートルもあってはターレットに乗せる訳にもいかない。
その結果300メートル級重巡航艦をベースに改装した本体から、500メートルの巨大な砲身が四本も飛び出た異形のデザインの艦となってしまった。
大きな図体は機動力、旋回性に乏しく、接近した敵を迎撃するのは苦手としている。ゆえにその戦法はアウトレンジからの一撃必殺。
彼女のキルゾーンに部下の二隻が追い込んだ獲物を大火力のレールガンで確実に屠る、それが神足艦隊の必勝パターンである。
追い込まれた敵艦の群れはまさにそのパターンに嵌まり込んでいた。
「電磁投射砲、三斉射! てぇ!」
神足の号令に応じて長大な砲身に超過荷電の紫電が走り、タングステン弾頭の大口径砲弾が電磁誘導による際限のない加速を掛けられていく。
艦体を揺るがす振動と共に撃ち放たれた砲弾は、紫電を帯びて電光のように輝きながら音速の数十倍の速度で虚空を疾走した。
神足の指令で発射した砲弾は四門の砲が三度ずつ。計12発の超高速タングステン砲弾はキルゾーンに追い込まれた敵艦隊を瞬時に蹂躙する。
隠密艦の薄い装甲を貫き、艦体そのものを引き裂き、敵艦隊をまとめてバラバラに砕いて虚空に撒き散らした挙句、12発の砲弾は宇宙の深遠へと飛び去っていった。
安価ゆえに普及した各種レーザー砲やエネルギー効率に優れるパーティカルガンに比べると、構造が大掛かりで扱いづらい上に弾薬補充の難もあると欠点だらけのレールガンであったが、その破壊力だけは別格と言ってよい。
質量兵器であるレールガンは目標を単純明快に破砕する。
対レーザーコーティングなどのような小手先の手段でその威力を削ぐ事はできない。
唯一、虚数転換力場が対抗手段として存在するが、外惑星系条約機構軍は未だ虚数転換力場を搭載した艦を所有していない。
ゆえに様々な問題を抱えつつも、電磁投射砲は最強の通常兵器の座に君臨していた。
「敵艦隊沈黙。現状、探知範囲内の敵影なし。ひと仕事終えたのう」
「ああ、ご苦労」
キリツボの報告に、神足はキャプテンシートに背を預けて大きく息を吐いた。
静止軌道上という地球圏の喉笛ぎりぎりまで敵に侵入されるなど、情報部の連中が軒並み首を切られかねない程の大失態だ。
「なんとかしのげて良かった。 レールガンの予備弾薬を餌にラグランジュ2基地まで呼びつけられたのも無駄じゃなかったな」
「うむ、お陰で妾もスコア稼ぎできた」
キリツボは小さく頷くと、お立ち台の上の中空にポンと飛び乗るように腰を下ろした。
局地重力制御装置の応用で、何もない空間に椅子代わりの力場を形成している。
熟練のフィギュアヘッドならではの精密な艦内制御能力を、彼女は自分がくつろぐために使っていた。
「ちょっとした小遣いくらいにはなったじゃろう、これでコマンダーに予備の陣羽織を申請できるな」
不可視の椅子の上で高々と足を組み、偉そうにおねだりしてくるキリツボに神足は苦笑した。
神足艦隊は本来最前線である火星軌道戦隊に所属するチームだ。 持ち場を離れて遙かな地球圏まで帰還した理由は月面基地での定期メンテナンスを受診するためであり、この戦場には偶然居合わせたに過ぎない。
メンテナンスを受けたのはいいが、月面基地にレールガン砲弾の在庫が不足していたのでラグランジュ2基地まで受領しに行った所、敵特殊部隊に鉢合わせたのだ。
静止軌道上はパトロール艦隊が警備しているが、配備された艦艇の数は多いとは言えない。 神足艦隊が参戦しなければ手が足りずに、敵特殊部隊の地球への降下を許していたかもしれない。
それを考えれば、今回の功績はかなりのボーナスになるのは間違いない。 ちょっと高めの陣羽織を発注してもいいだろう。
「今のと同じデザインでいいのか?」
「カタログにいいのがあった。 ほれ、これじゃ」
「どれ……」
手元の表示窓にカタログから抜き出した縞模様の陣羽織が表示される。 繊細な白と深みのある藍の対比が美しい。
落ち着いたデザインの陣羽織は、見た目とは裏腹に高い精神年齢を持つキリツボには似合いそうだ。
キリツボが陣羽織を羽織っている様を想像し、悪くないと頷いた神足だったがその値段を見て顎を落としかけた。
「キリツボ? 流石に給料3か月分はないと思うぞ?」
「本物の西陣織じゃもの」
「勘弁してくれ、他の皆にも同じものをねだられたら貯金が吹っ飛んじまう」
「ふん、甲斐性なしめ。 仕方あるまい、陣羽織は諦めよう。 代わりに月かL2コロニーのどこかでの逢引を申請するぞ」
「……最近、二人だけになってなかったな、そういえば。 よろしい、受理する」
「ふふ、楽しみじゃのう、信也」
キリツボは軍務の間は使わない私的な呼び方で神足を呼び、柔らかく微笑んだ。 小さな女帝のように不遜な雰囲気をまとった軍務中とは違う、彼女本来の笑顔だ。
緩んだ雰囲気の漂い始めた二人の間で、唐突に表示窓が展開した。
「こちら、キャラック艦隊所属ユキシロ、至急救援願います! 1000メートル級の大型艦と交戦中です、誰か支援を!」
音声のみの緊急通信だ。 そっけない黒地の表示窓から、救援を求める少女の悲鳴のような声が繰り返し流れる。
「1000メートル級だと? そんなデカブツにステルス機能を搭載させたのか、敵もやるもんだ。 キリツボ、支援砲撃はできるか?」
「通信元を探知……いかん、射線の先にラグランジュ4コロニー群がある。 レールガンは撃てんぞ」
キリツボの返答に神足は小さく舌打ちした。
宇宙塵などで容易に拡散するレーザーと違って、レールガンは質量兵器なだけに何かに衝突しない限りその運動エネルギーが減衰しない。
生半可な目標では破壊した後も砲弾は勢いを失わずに飛翔してしまう。 レールガン射撃の際には目標の向うに重要な施設がないか確認するのがセオリーだ。
「フィルスとホウライを先行させろ! こちらも支援に向かうぞ!」