01-01 衛星軌道防衛戦 「神足艦隊 ライン級重巡航艦フィルス」
第一話、衛星軌道防衛戦をお届けします。
主人公の出番は今回ありませんのでご了承ください。
真空中を驟雨のように真っ赤なレーザー光が飛び交う。
青い星を背に負った重巡航艦は己に向かい来る光条を一切無視してメインスラスターを全力で吹かした。
反動推進機構特有の紅の噴射炎をなびかせ、重巡航艦はレーザーの雨に彗星のように飛び込む。
重巡航艦の外殻を穿つはずの光の矢は、その銀の装甲に到達する寸前に突如として消失した。
「オレの虚数転換力場を抜くには火力が足りないな!」
虚空に得意げな女の声が響く。
不可視の鎧、虚数転換力場に護られた銀の重巡航艦は潰した四角錐を思わせる船体の上下に装備された回転砲塔を旋回させ敵を捕捉した。
「お返しだっ!ぶち抜いてやるっ!」
ターレットに搭載された大型荷電粒子砲が真っ白い閃光を撃ち放った。
重巡航艦の上下から走る二本の粒子ビームは、それぞれ敵艦の中枢部を射抜き、爆散させる。
先行する二隻を一瞬で撃破された敵部隊は、動揺の気配すら見せずに残る三隻で陣形を組みなおすと果敢にレーザーを発射した。
地球圏同盟のお膝元たる静止衛星軌道上まで忍び込んでくるような特殊部隊だ、流石に凄腕揃いと言える。
だが、相手が悪い。
ステルス性能を重視した葉巻型の隠密艦は必然的に小型で、搭載された武装も貧弱なものにならざるを得ない。
対するこちらはフィギュアヘッドを搭載したドールローダー、機動力も攻撃力も防御力も比べ物にならないほどに上だ。
よって、一方的な蹂躙となる。
ドールローダータイプの重巡航艦は艦の各所に設置された計十二門の中型レーザー砲を続けざまに発射した。
副砲だが、小型の隠密艦にとっては十分すぎる脅威だ。必死で回避運動を取る三隻の隠密艦に次々と光線が命中する。
ステルス性能と引き換えに、ありふれた対レーザーコーティングすら装備していない隠密艦はあっという間に穴だらけにされて機能を停止した。
「よぉっしゃ! これでスコア5追加! コマンダーに褒めてもらえるな!」
重巡航艦の中枢部位に内蔵された艦橋で歓声が上がる。
300メートル級の宇宙戦闘艦とは思えない程に狭苦しいレイアウトの艦橋に最低限の数だけ備えられたシートには、たった一人のクルーも着いていない。
艦橋中央、キャプテンシートの背後に設置された2メートル四方の台の上で腕組みする若い女以外の人影はなかった。
俗にお立ち台と称される艦制御台に立つのは、硬質な光沢を持つ銀の髪をベリーショートに切りそろえた美女。
その身に纏った明るい灰色の地球圏同盟宇宙軍正式採用軽宇宙服は、健康的な褐色の肌と好対照を為している。
薄手で体に張り付くデザインの軽宇宙服は、くびれを保ちつつも豊かなボディラインを微塵も隠さない。
ミス・ユニバースの上位入賞者といわれても納得するほど整った美貌とグラマラスなスタイルの持ち主だが、子供のように煌く青い瞳と得意げにつり上がった薄めの唇はヤンチャ坊主を思わせ、ともすれば扇情的になりそうな彼女の雰囲気を健康的といえる範囲で納めていた。
偉そうに胸の下で腕組みしているため、巨乳がより強調されているなどとは考えが回らないタイプらしい。 その肩には大量の飾り紐でデコレートされた上着が掛かっていた。
上着の背には銀糸で艦名が刺繍されている。
ライン級重巡航艦フィルス。
欧州を流れる川に由来するその名称は、銀の重巡航艦と一心同体である女の名でもあった。
24世紀、太陽系全域に広がった人類は果てしない戦争に明け暮れていた。
火星から内側の地球圏同盟と木星から外側の外惑星系条約機構。宗主国と植民地の争いという大航海時代の昔から続く戦争の形式は宇宙時代においても変わらない。
当初は技術力の差により圧倒していた同盟であったが、外惑星系の豊富な資源に基づく物量作戦の前に徐々に追い詰められていった。
しかし、敗戦必至の状況はドールローダーと称される新型戦闘艦の登場によって打開される。
従来型の核融合炉とは比べ物にならない出力を生む0/1モノポール炉。物質を虚数空間へ放逐する虚数転換システムを利用した無敵の盾、虚数転換力場。加速による荷重から搭乗員を護る局地重力制御装置。
それらの超技術を搭載した新型戦闘艦は、条約機構の有する同クラスの戦闘艦とは隔絶した性能を誇った。
その正体は、太古に極東に飛来した異星人の遺跡から発掘されたエイリアンシップのデッドコピーである。
異星人の技術に連なる戦闘艦には、ともすれば欠点とも言えそうなふたつの特徴が存在した。
フィギュアヘッドと呼ばれる女性型生体コンピュータに艦の機能を一元管理されている事。
そしてフィギュアヘッドはアドミラルジーンと呼ばれる異星由来の遺伝子を受け継ぐ者の命令しか受け付けない事である。
アドミラルジーンの持ち主を探して、国民全員に遺伝子調査が課せられた。
その結果判明した貴重なアドミラルジーンの所有者達は、本人の意思とは無関係に徴兵されフィギュアヘッドの主として否応なく戦場へ送り込まれる事になった。