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00-01 実戦テスト

 火星公転軌道上に存在する小惑星群、火星トロヤ群L5。

 惑星間の重力が拮抗するそこは、船乗りの間で重力溜まりと俗称されていた。

 かつては小惑星と星間物質しか存在しなかった空間だが、人類が火星圏に進出して200年も経った今では多数の宇宙ゴミ(スペースデブリ)が浮遊する宇宙のゴミ溜めとなっている。

 宇宙船の残骸や、投棄された建材の切れっぱしといった雑多なゴミが溢れる中、ゴミに埋まるように白い外殻の宇宙船が身を潜めていた。

 地球圏同盟で使用される高速軽巡航艦のデザインを踏襲した、剣を思わせるシャープな印象の艦だ。

 通常の高速巡航艦との大きな違いは、両舷にひとつずつ備えた回転砲塔が取り除かれ、代わりに円筒状の大型コンテナが艦と平行に取り付けられている点である。

 左側の円筒コンテナは何らかの機器なのか、淡く緑に発光しながらゆっくりと回転していた。

 全長189メートルの艦本体よりも左右のコンテナは大きく、そのシルエットはHの字に似ている。


 奇妙なコンテナのオプションを付けた艦の艦橋(ブリッジ)は異様に狭く、数少ない座席をコンソールで囲い込むレイアウトは船舶というよりも航空機のコクピットを思わせた。

 灯火管制でもしているのか最低限の照明だけしかなく、淡い明かりに照らし出された人員はわずかに二名。

 一人は艦橋(ブリッジ)正面に設置されたキャプテンシートの青年。

 同盟宇宙軍の白い制服の襟をだらしなく緩めた青年は、狭い艦橋(ブリッジ)内で出来うる限りシートをリクライニングさせて寛いでいる。

 顔の上には制帽が乗せられ、その下からは健やかな寝息が漏れていた。


 もう一人はキャプテンシートの後方に一段高く設置された2メートル四方の(ステージ)に座る、長く艶やかな黒髪の少女。

 身を包む同盟宇宙軍正式採用軽宇宙服はほっそりとした体に張り付く薄手のデザインで、落ち着いた灰色一色に纏められていた。

 その肩には純白の新雪を思わせる陣羽織(サーコート)を羽織っている。

 白と灰の地味な色彩の中、細い首にチョーカーのように巻かれた赤いリボンが鮮やかに映えていた。

 少女は三角に座り膝を抱えるような姿勢で、目の前に投影した四角いホログラフィックの表示窓(モニタウィンドウ)に見入っている。

 表示窓(モニタウィンドウ)の中では美男美女の俳優が愛を囁きあう、恋愛ドラマのクライマックスシーンが演じられていた。

 音量を絞った表示窓(モニタウィンドウ)を熱心に見つめる少女の大きな瞳は俳優たちの些細な表情の動きも見逃すまいと見開かれている。

 表示窓(モニタウィンドウ)の明かりに照らされたその顔立ちは整っており、ドラマの中の俳優たちにも負けていない。

 藍色の大きな瞳は目尻がやや上がっており、太目の眉と相まって意志の強さを感じさせる。 紅を引かずとも桜色をした唇は、ドラマを楽しむ間も緩む事なく引き結ばれていた。

 首に巻いたリボン以外、整っていながらも飾り気のないその容姿は、どこか生真面目な学級委員長を連想させた。


「んー……」


 ふいにキャプテンシートの青年の寝息が止まり、大きな伸びと共に身を起こした。 わずかに寝癖の付いた短い黒髪に、未だ眠たそうに細められた黒い瞳。

 実際の年齢よりも若く見られがちな童顔は、東洋人の特徴だった。

 大昔の海軍の礼服をモチーフにしたという白い軍服の襟には少尉の階級章が光っているが、どうにも押し着せられたような印象が拭えず似合ってるとは言い難い。

 少年の気配を色濃く残した、あまり軍人らしいとは言えない士官であった。


「どれくらい眠ってた?」


「2時間27分18秒です」


 青年、地球圏同盟宇宙軍(E・A・スペーシィ)技術部所属 御舟勇(みふね ゆう)少尉の問いに表示窓(モニタウィンドウ)から目を離さずに少女が答える。


「ユキシロさん、そういう時は大体の時間でいいよ」


 少女、ユキシロは三角座りのまま、くいと首を勇に向けた。 ドラマに夢中でキラキラと煌めいていた大きな瞳は半目に細められている。


「あなたはいつもルーズ過ぎます。 時間が不正確だと作戦行動に支障をきたす恐れがありますから」


「そりゃ作戦の時はきっちりするよ。でも昼寝の時間まで秒単位で計測されちゃあ息が詰まる」


 ユキシロはさらに藍色の瞳を細めた。


「コマンダー、今も作戦行動中です」 


「……流石にゴミの中で延々待機してろってのはさあ、ずっと気張ってるのも無理だと思わない?」


 勇はユキシロの手元の表示窓(モニタウィンドウ)に目を向ける。


「ユキシロさんだって、暇つぶししてるじゃない。それ、まさか今回のミッションの映像資料だなんて言わないよね?」


 勇の指摘にユキシロは素知らぬ顔で表示窓(モニタウィンドウ)を消した。


「フィギュアヘッドの性能強化の為に情緒教育は必須です。 そしてドラマは情緒教育の教材として優秀であると判断します」


「そんだけ口が回るのにまだ育つ気なんだ、ユキシロさん」


 呆れたように言う勇に対し、ユキシロは三角に座った膝小僧に頬を埋めるようにしながら、上目遣いで囁いた。


「……一緒に見ませんか?」


「……ユキシロさん、毎度見る物がワンパターンだしなあ。 たまには恋愛物以外も見ようよ、アクションとかさ」


「私たちの存在自体がアクション映画みたいな物じゃないですか。 オフの時間まで暴力的行為に関わりたくありません」


「じゃあラブロマンスでも純愛物以外にしない? ドラマで人間関係を見て情緒教育の足しにするなら、サスペンスとかドロドロの不倫物とかバリエーションある方がいいんじゃないの?」


「嫌です。 男女関係は清廉に誠実に行うべきです。 破廉恥な関係は悪です、フィクションでも許せません」


「……めんどくさい子だなー……」


 勇は寝癖頭をぼりぼりと掻きながら嘆息した。


「めんどくさいとはなんですか、失礼な」


 唇を尖らせて文句を言うユキシロがふいに顔を強張らせる。


「レーダーに感あり! 数4!」


 立ち上がりながら報告するユキシロの周囲に次々に情報を表示した表示窓(モニタウィンドウ)が浮かび上がる。

 ブリッジの天井と壁がモニタ化し、外部の宇宙空間を映し出す戦闘モードに切り替わった。


「ユキシロさん、航路のスケジュールは?」


「現在、当該宙域を航行予定の味方艦は本艦以外ありません」


「じゃあ敵だ。判りやすくて良かった」


 勇も倒していたキャプテンシートの背もたれ(バックレスト)を元に戻し、目の前のコンソールを一撫でして精密操作用の光学鍵盤(ホロキーボード)表示窓(モニタウィンドウ)を呼び出す。

 パッシブモードのレーダーの外縁部に四つの光点が浮かんでいた。


「四隻とも軽巡航艦クラスか、強行偵察のつもりかな……。

 しかし、凄いな、これ。 捕捉距離が三割くらい上がってる。 デブリとの誤認もないし充分実戦に投入できそうだよ」


 勇は感心した声を上げながら、左舷に目をやった。 艦の左舷に連結された大きなコンテナが緑の燐光を放ちながらゆっくりと回転している。

 そこには試作品の新型レーダーが収められている。


「レーダー機能については問題なさそうですね、他はどうでしょう」


「ギリークロークか、そっちは敵がもっと寄って来ない限り効果があるかどうか判らないからなあ」


 勇はレーダー上の光点を睨んで腕組みした。

 今回、勇とユキシロに与えられた任務は、ふたつの試作装備の実戦テストだ。

 そのうちのひとつ、リンクスシステムと名付けられた新装備こそ艦の左舷で回転する円筒型コンテナの正体である。

 従来品を上回る高性能レーダーと、艦へのレーダー波を欺瞞する新型のステルス装備の組み合わせがリンクスシステムの肝だ。

 狙撃兵が愛用する擬装用装備に引っ掛けてギリークロークと名付けられたステルス装備は、何分受動的なシステムだけに効果を発揮しているのかどうか判り難い。


「まあいいさ。 三日も待ち続けてようやく試験対象が来てくれたんだ。 次のフェイズに移るとしよう」


「了解、『ドラグーン』スタンバイします」


 ユキシロの言葉と同時に艦の右舷に接続されたもうひとつのコンテナが稼動を開始する。

 ドラグーンと名付けられたシステムは花が開くように四方に展開すると、内部から10枚ものリングを放出した。 ワイヤで接続されたリングはコンテナの前面で一列に並ぶ。

 加速用の簡易電磁砲身が組み上げられた。


「ドラグーン、バレル展開完了」


 ユキシロは首に巻かれたリボンをするりと解くと、長い黒髪を持ち上げてまとめ、ポニーテールに結い上げて戦支度を完了する。


「さぁ、行きましょうコマンダー」


 ユキシロの言葉に勇は小さく頷くと、姿勢を正し制服のカラーを止め直した。

 表示窓(モニタウィンドウ)の端に表示させた現在時刻を確認すると、重々しく宣言する。


「記録。現在日時、西暦2353年3月8日、14:52時」


 日付を口にし、ユキシロと出会って、この戦乱の宇宙に漕ぎ出してからすでに半年が経過した事を実感する。


「これより本艦は試作荷電雷撃砲(インパルスガン)『ドラグーン』の実戦テストを開始する。担当は技術部所属試験艦ユキシロおよび御舟勇少尉」


 胸に湧きだす奇妙な感慨を振り払い、勇は表示窓(モニタウィンドウ)上のレーダーに映し出した敵影を順に指先で弾いた。


「敵艦四隻をAからDと呼称。Aに試験砲撃開始」


「了解」


 ユキシロの応答と同時に、右舷でまばゆい閃光が生じ艦全体にズンと重い振動が走る。 試作荷電雷撃砲(インパルスガン)ドラグーンが内包したプラズマ砲弾を射出したのだ。

 ドラグーンの機関部から放たれた青白い光球は展開したリングの中心をくぐり抜けるごとに電磁加速を与えられ、真空中を凄まじい超高速で飛翔する。

 ユキシロの精密な計算の元、光球は吸い込まれるようにAと仮称された先頭艦に直撃した。

 砲弾を形成する球形の電磁帯内部に圧縮されたプラズマが解放され、瞬時に敵艦の中枢部(バイタルパート)を焼き尽くす。


「よぉし!」


 極遠距離で生じた火球に勇は拳を握って快哉をあげた。

 僚艦を狙撃され、残りの三隻はすばやく散開する。

 だが、その挙動はすべてリンクスシステムの鋭敏なレーダーに捉えられていた。


「このまま遠距離で叩こう。 ユキシロさん、敵艦の進路をそれぞれ予測演算、砲撃タイミングは任せる!」


「了解!」


 艦制御台(コントロールステージ)、俗にお立ち台と呼ばれるステージに立ったユキシロの周囲にいくつもの表示窓(モニタウィンドウ)が浮かび上がり、目まぐるしく情報を表示する。


 ユキシロは一瞥するだけでそれらの情報を把握し、分析していた。

 人間の処理能力をはるかに超える情報量を軽々と処理し、試験艦ユキシロそのものを制御下に置く艦と同じ名の少女。

 その正体は異星由来の超技術の産物たる艦制御用生体コンピュータ、フィギュアヘッド。

 24世紀の戦場を駆ける宇宙の戦乙女だ。


 勇は艦制御台(コントロールステージ)の上で陣羽織(サーコート)を翻して艦を操るユキシロの姿を頼もしげに見上げ、小さく呟いた。


「ただの大学生が軍人さんで宇宙戦争か。 たったの半年で人生随分変わったもんだ」


 勇の呟きを掻き消すように再び『ドラグーン』が吼え、青白い光弾を撃ち放つ。

 新米少尉の感慨を他所に、試験艦ユキシロは遠距離砲撃戦へ突入した。 




 話は半年ほど遡る――。

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