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静かなる老人  作者: めけめけ
第2章 帰り道
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第7話 1983年 理由ある反抗

 まずは豪徳寺駅へ行ってみることにした。そこである程度の情報が得られるはずである。経堂駅へはそこから線路沿いに歩いていけばいい。不慣れな土地だ。確実な方法をとったほうがいい。院長に挨拶をすませ、医院を後にする。帰り際の院長は最初のそれとは違い、少しばかり親近感を感じた。やはり、どんな形にせよ同じトラブルに巻き込まれたもの同士というのは、どことなく親しげに感じるようだ。


 医院を出ると目の前に小学生の集団がぞろぞろと歩いている。頭には防災頭巾を被り、大人たちが何人か付き添っている。集団下校というやつか。いよいよそれらしくなってきた。まさに大地震だ。しばし、その列を眺める――子供たちのことが気になる。しかし、どうすることもできない。とりあえず駅に着いたら、公衆電話からもう一度電話をしてみよう。しかし、心配なのはそれだけではない。無事子供たちが家に帰れたとしても、家の中がぐちゃぐちゃになっているかもしれない。


 本棚に不安定に積み上げられた読みかけの本。テレビの上においてあるプラモデル。そしてなによりも玄関においてある金魚の水槽――おそらくいくつかの本は床に落ち、プラモデルは倒れて一部のパーツが折れてしまっているかもしれない。水槽の水は玄関を濡らしているだろう。さすがに棚が倒れたり、食器が落ちて割れたりはしていないだろう。


「いや、待てよ。そういえば……」

 不思議なこともあるものだ。つい数日前になんとなく気になって、テレビの上の2体を残して、他のプラモデルは箱に入れてしまったのだった。いずれもアニメのロボットのプラモデルなのだが2体のうちの1体は土台があり、まず倒れることはないし、もう一体も足ががっちりしていて比較的安定感があるものだった。これが『虫の知らせ』というやつなのか?


「アッシマーとリック・ディアスなら大丈夫か。やはり玄関の水槽だな。金魚が床の上で跳ねてたりしなきゃいいが」

 玄関にはキャスター付きのプラスチック製収納ケースの上に、小さいサイズの水槽があり、お祭りの金魚すくいで持ち帰ってきた金魚が6匹泳いでいる。いや、そういえば先月一匹死んで5匹になってしまったか。とりあえず、今はできることをやろう。何人かの同僚にメールを送る。


 自分はこれから渋谷に向かいます。ただし、動けない可能性大。何かあったらメールで連絡を!


 妻には、家に帰れない可能性が高い。場合によっては品川に行くかもしれないとメールをうった。

「一応、品川にもだしておくか」

 私の両親は品川に住んでいる。渋谷までいければ品川までは山手通りをひたすら歩けばたどり着ける。実家に住んでいた頃、池袋で友人と飲んで、家に帰ろうとして寝過ごし、山手線を一周して池袋に戻ったところで電車がなくなったことがある。タクシー乗り場はすごい人、酔った勢いでそこから歩いて五反田あたりまで行ったことがある。流石に疲れてそこからタクシーを拾ったが、それに比べれば、渋谷から歩くことなど、さほど難しいこととは思えなかった、自転車でもあれば楽に……


「自転車があれば、ここからでも楽勝だな」


 豪徳寺の駅には行き場を失った人が数人、駅の公衆電話に並んでいた。まだ、その程度のレベルだった。改札の前には『本日大地震のため前線運休』と赤のマジックで模造紙に書きなぐってあった。予想通り、まったく予想通り、慌てる必要もなければ、うろたえることもない。


「歩くか。経堂まで」

 駅ひとつ、とはいえ、知らない土地である。線路沿いに歩いて、そのままいけるのかどうかわからない。携帯電話でマップを確認しながら、それでも電池は貴重なのでなるべく携帯の電源は節約して使わなければならない。こんなときに限って、手持ちのノートパソコンのバテリーは頼りない量しか残っていなかった。ふと気が付くと、周りには自分と同じような境遇と思われる地元の人間ではなさそうなサラリーマン風の男女が足早に歩いている。タクシーにしろ、バスにしろ、豪徳寺では拉致が開かないと思うのは普通のことである。


 線路沿いの道はたぶん、いつになく人通りが多くなっている。普段はこんなに人が歩いていないのだろう。途中に放置してあるのかどうかわからないような自転車が何台か置いてある。いや、捨ててあるのか?


「これに乗っていけば、何とかなるかもな……ふん!中学生じゃあるまいし」

 私は吐き捨てた。経堂駅に向かって歩いている間、私は中学生の頃の自分を見つめていた。あの頃、1982年か3年か……通っていた中学では校内暴力が横行し、まじめに勉強をしようという生徒は、学校に行かないか、行っても授業をサボって、静かな場所を探して受験勉強にいそしんでいた。それくらい荒れていた。どんなにまじめな生徒でも、モラルの基準は校則でもなければ先生でも親でもない。格好の悪いことはしたくなかったし、目立つこともしたくなかった。それがもっとも大事なルールだった。しかしそれはあくまでこの場所のローカルルール。中学を卒業して、高校に進めば、まったく違う世界があることも知っていた。だからみんな我慢した。


 私は不良と呼ばれる連中と学校の外で遊び、校内では、まじめに授業をサボって受験勉強をしている連中と付き合っていた。そのどちらでもない連中――学校のルールに従うことを疑わず、、それでよしとしている連中とは、あまり馬が合わなかった。校則を破ることは悪いことだとは、わかっている。しかし、大人たちは自分の言うことをきく生徒にだけの校則を当てはめ、耳を貸さない連中は放置していた。そんな不平等なルールに従う意味がどこにあるのだということを口に出しては言わないが、常にそういう目で大人たちを見、ルールに従う生徒たちを見ていた。


 理由ある反抗。だから私は――僕は、人様の自転車を盗んで街中を走り回っていた。



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