第4話 不通
どうやら大変なことになっているらしい。そういう思いと、とりあえず、なにかしていないと落ち着かない、そして、意味のない待ち時間を、あの場所で過ごすのが嫌で、公衆電話に電話をかけに行った。小さな交差点の角、右に酒屋が見える。その隣にタバコ屋なのかパン屋なのか、よくわからない。もしかしたら、どちらでもないかもしれない。信号機はない。サラリーマンらしき二人組みが携帯を眺めながらなにやら深刻な顔をしている。公衆電話は誰も使っていなかった。とりあえず会社にかけてみるが通じない。
「この時間、誰もいないよな」
そう思いながらも家に電話をかけてみる。繋がった。だが当たり前に留守番電話に切り替わる。この時間家には誰もいない。妻は、パートに出ているし、娘は学校から塾、息子は共働きの夫婦の子供を預ってくれる児童スクールに行っていて、いずれも5時を過ぎないと帰ってこない。しかもこの規模の地震なら、児童は学校で待機。親が迎えに行かないといけないだろう。
「まず、無理だな。きっと電車もみんな止まってる」
私は家族と連絡を取るのを諦めた。その決断をした頃には、後ろに3人が公衆電話があくのを待っていた。二人は主婦、一人はさっきのサラリーマンのうちの一人だ。多分、部下のほう。
「あ、終わりました。どうぞ」
事務所に関してはほとんど心配は要らないだろう。液状化とか、そういうことはあるかもしれないが、怪我人が出るようなことはないだろう。
「こりゃあ、帰れないな。まいったなぁ、世田谷ってどこなのさ」
今居る場所から、まっすぐどっちに向かえば家に近づけるのか、まったく検討もつかなかったし、何のアイデアもなかった。
「まずは、ここの厄介ごとを片付けて、それからだな」
医院の前に戻ると作業は順調に進んでいた。不貞な弟子はにやつきながら私に尋ねた。
「どうですか?つながりました?」
「事務所はだめですね。呼び出しはしてるんですが、誰も出ない。まぁ、何もないとは思います。いろいろと混乱しているんでしょう。」
私が勤めている会社は、東京でも浦安に近い場所に事務所がある。医療系のシステムの販売といっても、ほとんどの人間が営業で、昼間は事務員が二人、技術者が一人である。およそ電話は鳴りっぱなしだろう。私のように外回りをしている営業からの電話や客からの電話が、ひっきりなしに鳴りつづけているだろう。ビジネスフォンの4回線のランプがずっと点灯している様子を想像し、少し気の毒になった。
「そちらはどうです? 会社から連絡とかありました?」
不貞な弟子は、さらにいやらしい顔でニヤニヤしながら答える。
「所詮会社なんてね、わたしらの安全なんて、これっぽっちも考えちゃいくれませんよ。電話の一本もかかっちゃ来ません」
「なるほどね。どこも同じですか」
どうにも調子が狂う。私は本来、それほどの不平屋ではないのだが、この男と話していると、世の中全てが敵に思えてくる。不満はあるかもしれないが、不平とは思っていない。みんな平等に、蔑められている。少なくとも私の周りでは……
「もっとも、こんな調子じゃ、連絡を取ろうにも、取れないでしょがね。次の現場まで行けるかどうか」
確かにそうである。このあたりは踏み切りを多いようだ。場所によっては相当な回り道をしないと線路の向こう側にいけなかったりするのだろうが、そもそも道路がまともに機能しないだろう。この規模の地震があった場合、線路の点検など含めたら復旧まで相当の時間を要するに違いない。まぁ、それもいい。今は、この場所、この現場から一刻も早く離れたい。
「よーし、終わったぞー。はしご片付けろ。中で通信確認するから準備しろ」
棟梁の言葉を聞き流しながら、すでに不貞な弟子は次の作業の準備にかかっていた。これでようやく開放される。時計は午後4時になろうとしていた。