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静かなる老人  作者: めけめけ
第1章 揺れる街
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第2話 14時46分 最初の揺れ

「川島さーん、今電話があって、前の現場今終わったってよ。10分くらいで着くって、回線業者からの電話!」

「はーい、わかりました。じゃ、もう少しですねー。ここで待ってまーす」

「すまないねぇ。じゃあ、業者が着たら、あとはよろしくー」

「終わりましたら、報告しまーす」


 携帯を見る。2時30分……予定通りならとっくに事務所に戻っている時間だ。

「まったく、回線の工事なんて、3月とか引越しシーズンにするなよなぁ。まぁ、そうは言っても、こればかりは仕方がないか」4月からオンラインでスタートするためには、ここ数日でインフラは整備しておかないと、土壇場でばたつくのはできるだけ避けたい。


「俺は、他の奴とはちがう」


 私は自分が担当する現場はできるだけトラブルのないように収める主義だ。成績としては戸田部長のそれと売上的には変わらないし、前任者には及ばない。だが、一度契約した商品をすぐさま解約されるようなことは一度もなかった。それが唯一私のプライドだ。医院では2時に受付を開始し、2時半から診察が始まった。患者はほとんどが年寄りだ。世田谷の閑静な住宅街。どの家も自分より金持ちに違いないと思うとどうにもやる気がそがれる。心の中でそんな悪態をついた後、携帯のメールをチェックしながら回線業者が到着するのを待っていた。そして時計は14時46分をまわった。


「うん、揺れてるか?」

 不意に目眩のような感覚に襲われる。立ちくらみなどではない。院内が騒がしくなった。

「こいつは……」

 すぐに地震だと気付いた。

「これは……ちょっと……大きいぞ」

 私はすぐさま院内に飛び込み、様子を伺った。地面の直接的な揺れと、建物の揺れは違う。椅子や机、パソコンのモニターに花瓶、絵画。ありとあらゆるものがそれぞえれは規則的に、しかし全体としてはバラバラに揺れている。

「やばそうなのは……」

 それが値打ち者であるかどうかはともかく、壁から落ちたら危険だと判断した。色鮮やかな花が描かれている大きな絵画は、壁の上を這うように踊っていた。私は壁にかかった大きな絵画を手で押さえた。

「扉開けて!外には出ないで!何かに捕まって!姿勢を低く!」

 院長が冷静に大きな声で患者やスタッフに声をかける。あまりのことにみんな声が出ていなかったが、院長の声にとっさに数人のスタフが反応し、ひとりはドアを開け、一人は花瓶を抑え、院長は待合室の患者に声をかける。

「大丈夫、大丈夫、もう少しすれば揺れは止まるから!」

 しかし、院長のその言葉はむなしく裏切られた。揺れは恐ろしいほど長く続く。目の前でうずくまる70歳くらいの小柄なおばあさんに声をかける。

「大丈夫ですよ。ほら、僕の手を握ってください」

 左手で絵画を押さえ、右手をおばあさんに差し出す。おばあさんは両手ですがるように私の手を弱弱しく握った。私は少し強く握り返した。

「もう、収まりますよ。大丈夫」


「長いなぁ、これはそうとう大きいぞ。震源地どこだ」

 みんな不安げに天井を見上げる。そこに何があるわけでもないし、この3階建ての建物が普通の家とはちがって、相当に丈夫にできていることに感謝をしていた。

「戸田部長、電車の中で足止めだな。これは……」

 いろんな事が思い浮かぶ。この規模の地震であればおそらく交通機関は麻痺、通信手段も断たれる可能性が高い。そして何より、この時間、娘が――私の娘は学校が終わって塾へ行く時間だ。はたして、無事でいるだろうか……いや、無事に決まっているじゃないか!


「大丈夫、もう大丈夫です。ちょっと、テレビ、テレビつけて」

 院長は患者に一通り声をかけると奥の部屋に入っていった。私室だ。みんないっせいに携帯を手に様々な手段で事態を把握しようとする。が、案の定、携帯電話は通じない。受付のインターネットに接続できるPCから情報を得る。どうやらとんでもない規模だ。震度4?そんなはずはない。これは5はあったはずだ。


「すいません。遅れました。車、ここに止めて大丈夫ですか?」

 なんとも妙なタイミングで回線工事業者が現れた。この人たちだって、下手をすれば今の地震の最中、電信柱に登って作業をしていたかもしれないのだ。彼らはラッキーなのかもしれない。院長もこの地震で彼らに対して怒ることは忘れるだろう。一方で予定通りなら、とっくに作業が終わって事務所に帰っていたかもしれない私のなんと不運なことか! 事務所から自宅までは徒歩で15分ほどのところだ。すぐに家に飛んで行けたはずである。こういう場合、たしか学校には親が迎えに行かなければならなかったのではないか?


 断片的な情報が錯綜する中、私はまだ、ことの深刻さに気付いてはいなかった。自分の運の悪さを呪い、それでも地下鉄に閉じ込められている戸田部長よりはましだと、その程度にしか思っていなかったのだ。



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