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静かなる老人  作者: めけめけ
第1章 揺れる街
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第1話 豪徳寺14時過ぎ

挿絵(By みてみん)


「じゃあ君、そういうことで、宜しく頼むよ。それにしても遅いなぁ、工事業者」

 院長はイライラしていた。このタイプは人を待たすことはあっても待たされることは嫌いだというタイプだろう。噂には聞いていたが、会ってまだ1時間ほどしかたっていないが、どんな人物なのか大体つかめた。


「1時から3時とか、そういう風にしか、指定できませんからね。遅れることはあっても早くなることはなかなか……特に3月4月は引越しシーズンですからね。工事、押しているんでしょう」

 気休めでしかないが、会話を工事業者が来るのが遅いという話にもっていったほうが、面倒がなくていい。こういう不快な待ちの時間を共有すると、こちらの不備を一つ一つ見つけては、ああだ、こうだと注文をくけてくる事だってありえる。前任者はすっかり院長を怒らせたらしく、その尻拭いにきた自分としては、なるべくことを穏便に済ませたい。前任者の悪口、工事業者の悪口、ここはそれで乗り切るのが吉だろう。


「だって、オレ、いったんだよ。診療時間とかあるから、この時間じゃなくちゃ困るって」

 そんなことをいちいち電話会社が対応していたら、それこそ予定通りになんか行くはずがない。それにしても面倒なことになった。こちらの作業は30分もかからないというのに、いや、正直10分もあればできる作業なのだ。1時からの作業だと指定を受けてきたものの、肝心の工事業者が来ないのでは、院長の愚痴を延々と聞きながら待つしかない。できれば、早く帰りたいものだ。


「じゃぁ、申し訳ありませんが、わたしは次がありますので、あとは川島が引き継ぎますので、宜しくお願いします」

 前任者が諸般の事情で会社をやめ、その引継ぎはあまりスムーズにはできていなかった。付き添いの戸田部長は次の商談のアポを2時半に控えていた。もう2時になろうとしている。小田急線豪徳寺駅から東西線茅場町までは40分ほどかかる。遅刻だ。


「じゃあ、あとよろしくね」

 『凡庸』というのが戸田部長の周りからの評価だ。良くも悪くも普通。私はそういうところがあまり好きではなかった。営業をしていれば多少の無茶は必要だ。その意味では前任者の中島という男は手段を選ばなかった。トラブルも多かったが、その分営業はとってきていた。火消し役となる上司や同僚がいるからこその無茶なのだろうが、私にとっては、そのくらい振り切れていたほうが、計算がしやすい。欲のある人間は、付き合いやすい。


 戸田部長が医院を後にした後、午後の診察を受けるために、4~5人の患者が入り口のところに立っていた。みんな年寄りばかりである。2時から午後の診療受付が開始する。完全にスケジュールオーバーだ。「どうしよう。患者さん来ちゃったよ」「大丈夫ですよ。今お使いのシステムはオフラインでも機能しますし、回線が途中で切り替わっても影響ありませんから、業務には支障はありません」


 本来はオンラインで使えているべきシステムが、まだ完全に稼動していないのは、前任者の積み残した宿題のせいなのだ。今日ようやくその光回線が院内に引き込まれることになった。通信機器の接続設定をちょっと書き換えるだけの作業ではあるが、そういった機器は直接医院の人間には触れないようにしてもらっている。セキュリティという言葉は、こういうときに便利でもあり、また不便でもある。


「どうぞ、受付を始めていただいて結構ですよ。私は外で工事業者が来るのを待ちますから」体のいい言い訳で、私は院長の愚痴から逃げることに成功した。スタッフが休憩から戻り、受付が始まった。14時20分、『そのとき』が訪れる前兆はどこにも見当たらなかった。何気ない日常のなんでもないような時間が過ぎていくだけだった。




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