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静かなる老人  作者: めけめけ
第2章 帰り道
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第11話 渋谷へ

 路線バスの座席数は25前後しかない。立ち席を含めて60人から70人が定員だ。このバスには定員ぎりぎりか、少しオーバーしている状態で息苦しさを感じる。その息苦しさは、空間的な見た目の窮屈さもさることながら、誰一人として談笑をしない、エレベーターの中のような沈黙の息苦しさも含まれていた。誰も何も口にしない。ただじっと何かを堪えていた。それは不安であったり、不満であったり、不快であったり、不審であったり、ともかく、ありとあらゆる負のイメージが車内を包み込んでいた。


 私はバスを正面から見て左側の後ろから2番目の通路側の座席から、その光景を眺めていた。座れたことはよかったが、当然に後ろめたさもある。それは老人のこととは無関係に、普段なら席を譲ってあげたいようなお年寄も大勢いる。しかし身動きは取れない。この席はバスの後輪が真下にあるので、わたしの大きな身体ではやや狭く、窓側に座った人が途中で降りようと思っても、どうやったらそれが可能なのか、考えるだけで憂鬱になる。隣に座っているのは大きめのレジ袋を二つ持った中年の女性だった。おそらく主婦だろう。渋谷まで行くのであればいいのだが……


 眠ってしまおう。


 そうは思ってみたものの隣の主婦のようには眠れなかった。何もしないでいるとろくなことを考えない。暇を持て余して渋谷までどのくらいかかるのかを携帯電話で調べてみる。距離にして7キロちょっと――所要時間は30分強か。窓の外の景色はあまり代わり映えしない。自然視線は社内のちょっとした光景に目が行く。目の前の席には背の高い若い男性といかにもまじめそうな――それは制服の着こなしだけでなく、彼女自身がかもし出す雰囲気というものからそう思ったのだが、女子高生が座っていた。どちらも観察の対象としては面白くなく、まったく動かない夜行性の生き物を動物園で見ているようだった。いわゆるチャライ男であったり、落ち着きなく携帯をいじり倒す女子高生であれば、好奇と軽蔑の目でその光景を眺めながら、適当なことをツイッターでつぶやいて暇をつぶすのに……眠ることのできない自分が疎ましかった。


 待てよそうか! 携帯電話で通話やメールはできなくてもツイッターなら……


 タイムラインからいろんな情報を得られるかもしれない。もっともサーバーが落ちている可能性も大いに考えられたが、思いのほかあっさりとログインすることが出来た。そしてそこには信じられない情報が次から次へと流れてきていた。


 

 JR都内全線運休みたいよ。地下鉄も私鉄もダメみたい。


 タクシーやっと捕まえたけど、すごい渋滞してる。メータがすごい事にorz


 家に帰れなくなった人、都内の各ホテルで一時受け入れしているみたいですよ


 【拡散希望】都内で帰宅できない人を受け入れている施設は次の通りです……


 津波警報が出ている地域の方、早くに逃げて!


 千葉の工場で火災、有毒ガスが出ているらしいから避難して!


 無理に帰宅しようとしないで!今動いても混乱するだけ!


 東北地方、太平洋側は津波でかなりの数の死者が出ている模様


 まるで、ハリウッド映画のトレーラーを見せられているようだった。バスの乗客の中でこのことを知っている人はどのくらいいるのだろうか? 周りを見渡すと何人かは携帯端末を操作しているようだったが、その表情からは何もうかがい知ることは出来ない――みんな表情が死んでいる。経堂駅前からバスに乗り込んでかれこれ1時間は経過している。


 重苦しくも心地いい沈黙――沈黙に耐えさえすれば、他人のことを気にしないで済む渋滞――が続いている。後部座席の通路を挟んで反対側の窓際に座るサラリーマン風の黒いコートをきた男がワンセグ付きの携帯で、テレビのニュースを見ているようだ。この位置からはどんな内容か細かいことはわからないが、日本地図らしき形、そしてその太平洋側の沿岸地域が真っ赤に染められているのわかった。最初は番組の中でいろんなところの中継を流しているのだと思ったが、どうやらその男がチャンネルを次から次へと回しているようだった。それでも津波警報の情報がわかったのは、どのチャンネルも同じような映像を流しているからであって、つまりは、それだけ『とんでもない事態』が起きていることを示している。


 私はこの時点で葛西の自宅に帰ることを断念した。陸続きといっても荒川を渡らなければ、先には進めない。はたして、橋を渡ることができるのか? 通行規制がかかっている可能性もある。無理に行くことはない。大丈夫、きっとみんな無事だ。それよりも品川の実家のほうが心配だ。最近足腰が弱ってきた父親も心配だが、母親だってパニックになっているかもしれない。まだ実家を出ていない妹は、仕事先から帰ってこれないでいるかもしれない。


 メールを確認するも返事は返ってきていない。こういうときは自動配信は当てにならない。メール受信の操作を行ってみるがやはり誰からもメールは来ていない。念のためもう一度妻と母にメールを送った後ツイッターを確認する。タイムライン上によく知る仲間を見つけた。どうやら彼らも地震の影響で悪戦苦闘しているようだ。高層ビルに閉じ込められたり、移動途中の電車の中で足止めを食らっていたりしている。そういうメンバーと情報交換してわかったこと。それは私の初期の予測をはるかに超える天災が、東北を、ニッポンを襲ったという事実だった。



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