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静かなる老人  作者: めけめけ
第2章 帰り道
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第10話 経堂駅

 老人と出会った高架下から少し来た道を戻り、車道の道なりではなく、線路脇にまっすぐ連なる細い道の入り口まで戻った。どうやら、みんなここを通っていったらしい。考え事をしながら歩くから、こんなところで道を間違える。まぁ、それでこの老人の手助けができたのだから、それはそれで、悪いことではないのか。


 道幅が狭いので私が老人の前にでた。老人に歩幅をあわせて私なりにゆっくりと歩く。それでも、老人がちゃんとついて来るのが気になり、時々後ろを振り向く。しかし、いつ振り向いても、老人と私の距離は一致の感覚を保っている。開きすぎず、縮まりすぎず。少し意識をしてスピードを上げてみるが、やはり老人はぴったりと私との距離を保ってついて来る。少し不気味に思いながら、そのことを深く考えはしなかった。こんな出先で幽霊に取り付かれなきゃならない理由は見当たらない。そういうものを信じないわけではないが、私に限ってはそんなものに出会うことはないと思っていた。


 5分もしないうちに経堂駅らしきものが見えてきた。人だかり――公衆電話とタクシー乗り場は結構な行列ができていた。バス停にも数人ほど並んでいる。良かった、これなら座れるか。いや、そもそもバスが来るのかどうかもわかりやしない。『さて、駅につきましたよ』と声をかけようとしたら、老人はいなかった……なんていう事が起きるかと振り向くと、そこには小さな老人が静かに歩いている。そう、そうなんことは、そう簡単に起きることじゃない。


「もうすぐ、駅に着くけど、おじいさん、ここでよかったのかな?」

 大丈夫だとわかっていても、わたしの口調はゆっくりとはっきり口をあける年寄りを相手にしたしゃべり方になってしまう。もしかしたら、嫌がられるかもしれないと思いながらも、そうなってしまうものはしかたがない。


「ァァァァァ……」

 それは最初にこの老人から聞いた声と同じものだった。なんといっているのかわからない。かぎりなく『ありがとう』といっているように聞こえるのだが、どこかちがうよな気もする。私は仕方なく、わかったようなふりをして、駅の改札のところまできた。豪徳寺と同じように改札には『全線不通』としか書いていない。

「おじいちゃん、どこまで行くのかな?今日はここから電車に乗るのは無理みたいだけど、タクシー並ぶ?だいぶかかりそうだけど……家族に電話をするにしても並ばないといけないし、どうしようかな?」


 もはや自問自答である。


「ァァァァァ……」

 駅のタクシー乗り場には20人ほど人が並んでいる。しかし、先ほどから一台もタクシーは現れれない。当然だ。ここに着く前に、誰かが拾ってしまうだろうし、大一、乗っている客の目的地までつけないで立ち往生してるかもしれない。道路の混雑は容易に想像できた。不意に私の心の中に心配の種が芽を吹きはじめた。この老人はもしかしたらとんでもない御荷物になるかもしれない。


 老人は静かに私の後をついて来る。とりあえずバス停に行って渋谷行きのバスを確認する。バス停には主婦や学生が並んでいる。最初見たときより人が増えている。20人くらいか、これならバスが来てくれれば座って渋谷まではいけそうだ。

「おじいちゃん、私は渋谷まで行かなきゃならないんだけど、おじいちゃんはどこまで行くのかな?このバスで行けるところかな?」

 老人はバス停に設置してある掲示板をしばらく眺めると。ボソリと呟いた。

「バスはもうじき来る。『ァァァァァ』までバスに乗って行くしかあるまい」

 肝心の行き先は良く聞き取れなかったが、ともかく本人が行き先を確認したのだから大丈夫だろうと、そう割り切るしかなかった。聴き直したところで、私の耳に判別できるという自信がなかった。聴きなれない土地の名前を、聴きづらい発音で聞かされても、老人に嫌な思いをさせるだけのような気がした。


 いや、面倒だと思ったからかもしれない。


 5分もしないうちに渋谷行きのバスがロータリーに入ってきた。タクシー乗り場からも何人かバスに乗ろうと人が集まってくる。あっという間にバス停は長蛇の列になっていた。座っていけるのだから、それを幸運だと思うことにした。まぁ、老人のことも含めて、神様が抱き合わせでよこしたのだと思えばいい。


「よかったねおじいちゃん、バスが来……」

 そういいながら後ろを振り向くと、老人の姿はない。

「あ、あれ、おじいちゃん」

 あたりを見回しても老人の姿はなかった。後ろに並んでいる女子高生に尋ねても気付かなかったという。はたして、自分は本当に老人を連れてここまで来たのだろうか。考える間もなく、バスは停留所に止まり、中から運転手が降りてきて乗客に声をかけた。

「すいません、地震の影響で道路が大変込み合っております。終点の渋谷までどのくらい時間がかかるかわりません。今お並び頂いている方、全員は乗れないかもしれませんが、その際はご了承ください」


 『非日常』という感覚が少しずつだが実感として沸いてきた。私はもう一度あたりを見回して老人の姿を捜してみたが、やはり姿はない。すぐに乗客がバスに乗り込み始めた。もう、行くしかない。今行かなければ、次はどうなるかわからない。私はしかたなく、バスに乗り込んだ。私は後ろから2番目の椅子に座ることができたが、かなりの乗客を残して、バスはすぐに満員になり、発車した。駅のロータリーから出て、一般の道路に入ったところですでに渋滞に巻き込まれた。


「これは長くなりそうだ」

 私は振り返らなかった。バスに乗れなかった人の列に、もし老人の姿を見つけたとしたら、きっと気分が悪いに違いない。そんなことは無意味なことだ。私にとっても、そしてあの老人にとっても。



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