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Story of LE

今から14年前……ちょっと昔の話なんだけどね、とジョンは言う。ジョンはやや真剣な表情になり、これは大事な話なのだろう、と私も椅子に座りなおした。

「僕の兄……、コーラン・ドールっていう人がいたんだけど、優秀な技術者でブレインインストールっていう能力開発を研究していたんだ。

14年ほど前、ついにそれが完成して彼は学者の中では一番有名な人物になったんだ」

ジョンは兄の名前を悲しげに呼んだ……もしかしたら私の聞き違いなのかもしれないが。

「そして"LE"という集まり……いわゆる、ギルドを設立したんだ。各国から優秀で若い人材を集めては、さらにその実験にのめりこんでいった。

その実験が成功すると同時に、兄はそれを貴族や力を欲した人間に莫大な金額で売り始めたんだ。そのビジネスはかなり成功したんだよ。でもそれから3カ月もたたないうちに、彼に危機が迫った」

一呼吸置いてから水を飲み、また少し間を置いた。

「世界中の倫理委員会にその話が広まって、兄は世界中から追われることになった。

どうやら売った力で、暴力、テロ事件が多発したらしい。

BISTER達は兄と同じように追われ、捕まっては極秘に処刑されることになった。

BISTは人間を秀でる能力だ。やっぱり人間と同じようには扱われないんだよ。

無残に殺されて、終わった後は生きていた頃の面影すらない」

ごくり、と私は息をのんだ。ジョンの言い方から、この話は本物だと思った。

「そして7年前、僕は兄と同じ年になった。兄は僕に全てを託すと言って、僕に今までの全ての記憶を渡して消えて行ったんだ。わざと姿をさらして、血を吐きながら捕まっていった。無責任な話しだ。僕は残っていた仲間を集めて国家に対抗した。でももう遅かった。国家も世界中に散らばったBISTERを金でかき集めて僕らを殺そうとしてきた。同胞殺しほど残酷なものはないよ」

すでに千人は殺されている、とジョンは付け足した。その残党がこの4人だというのか。情けない。

「僕らLEはBISTERを作り出す唯一の方法を知っている。能力開発機、CHEST。

そのパスワード、位置情報、そしてBIST本体のインストール方法は全て僕たちだけが知っている。でも僕はもう国家に名を知られている。

どれだけ逃げても、必ずばれてしまうんだ。だから、君を呼んだ」

「何をすればいいの」

私はつじつまの合いすぎた話についていくので精いっぱいだった。

何故か私はこんな自分にできることが何なのか、それだけは聞き逃すまいと必死だった。

「僕の持っている情報を全部受け継いでほしい」

私は疑った。ジョンは国家に処刑されることを前提に、私に全ての情報を託すというのか。それでは、ジョンの兄と同じではないか。

「それだけ?」

「それだけだよ」

ジョンはあっさりと言い切った。でも、とその後に続ける。

「君が情報を持っていることがばれたら、国家に追われることになる」

「でも1年間だけなんでしょ」

「そうだね。あと1年間だけだ」

1年間の契約だったことを急に思い出した自分に一瞬驚いた。そういえば、なぜ1年なのだろう。さっきまでのジョンの話が本当なら、生きている間ずっと追われ続けなければならないはずだ。その疑問を読み取ったようにジョンは答える。

「あと1年で時効が成立するんだよ。3年前、僕はその情報を得るために30人の仲間の命を犠牲にしてしまったんだけれど……」

「ジョンの言う仲間って、駒みたい。その情報が本当かもわからないのに、30人も死んだなんて信じられない」

私は心の奥に小さな熱を感じた。何度見てもジョンの薄く、悲しげな笑いは気持ち悪い。

「そうかもしれない。でも僕は前に決めたんだ。残りが何人になっても、最後は勝ち残るって」

「そのためだけに私も駒になれと?」

ジョンの言葉に怒っているわけではなかった。

私が仮に死ぬような結果になったとしても、この契約のおかげで寿命が若干伸びたと思えば自殺するよりはいいかもしれない、と思っていたからだ。

ただ、駒というのは若干気に入らなかった。他人に動かされるのは嫌いだ。

もうすでに十分他人に動かされてきて、ようやく自由を得られると思ったのに。

それでも、私はジョンを信じていた。なんとなくこの道には光があると感じたのだ。

「あぁ。駒を一つ増やしたいんだ。僕の、僕たちの子供じみた逃亡劇に幕を下ろすために」

思っていたより、感じていたよりジョンは素直だった。

「CHESTっていう機械があるんだけど……それはBISTERにとっては心臓と同じなんだよ。CHESTは年中動いている。そして、その中枢だけで全てのBISTERの力の制御をしている。これがなければ僕たちはBISTの能力を使うことができないんだ」

「壊れたらどうなるの?」

「間違いなく僕たちは皆死ぬよ。言っただろう、これは心臓なんだって。

CHISTは麻薬やドーパミンと同じ、脳や肺、心臓、血液、皮膚……全てを無理やり活性化させるものだ。そして生まれた力を、僕らの意思で皆動くようにしてやる。その力がBISTと僕らが呼んでいるものなんだよ。生命の全てを力ずくで動かしているんだ、BISTを手に入れた瞬間から僕たちの体はボロボロになる。脳も心臓も、もう一人じゃ動けないんだ」

恐ろしい話だ。信じようと努力しても信じられない、そんな恐怖が体を駆け巡る。

脳も心臓も一人で動いていたはずなのに、CHESTなんていう機械一つで全てが思いのままだなんて。

「それって危なくないの? 麻薬と同じなら、寿命も短くなるんじゃ」

「もちろん寿命はすり減るよ。今までのデータから見れば、最長でも15年しか生きれないみたいだし」

「短かったら?」

「一番短いのは3年だね。少なくとも3年間の命は保証できるみたいだ。もちろん、力を多用しないことが絶対条件だけど」

「そう」

少し熱が冷めて、私はその話を信じてやろうという気になった。

仮に命が3年になったとしても、私の決意は変わらない。

「もう一度確認を取ろうか。質問があればしていいよ。BISTERになる気はあるかい?」

「うん、あるよ。自殺するよりはましかもしれないし。こんな奴が役立つっていうのならいくらでも手伝うよ」

「どうも。じゃあこれを」

そう言ってジョンはテーブルの下にあった黒い鞄を取り出した。

「約束通り、3億円の前払いだ」

恐る恐る手を伸ばす。鍵はすでに開いていた。ゆっくりと鞄を開けると、見事な札の束がぎっしりと詰まっていた。

「こんなの見たことないよ」

そりゃそうだ、とジョンは苦笑いをした。私はすでに氷の溶けたオレンジジュースの残りを口に含んだ。気がつけばリーナとタツがいない。眠ったタツをベッドへ連れて行ったのだろうか。

ヴァリスは私たちなどお構いなしにパソコンの画面を見つめていた。

何をしているんだろう、としばらく見つめていると、ヴァリスが私の視線に気づいて、なんだ、と声を掛けてくれた。

「そういえば、ヴァリスはなんでBISTER……だっけ、それになったの?」

「友達に誘われたんだ。今はもうここにはいないんだけどね」

今はもうここにはいない。その言葉を聞いて、なんだか探ってはいけないような気がして、私は黙り込んだ。

「あぁ、気を悪くしたか? 気にしなくていいよ、もう昔話にしたつもりだから」

ヴァリスは笑っていた。顔に出た悲しい表情とは裏腹に、私はうらやましいという気持ちでいっぱいだった。そんな風にいないことを悲しめるような友達がいること自体、私には有り得ないことだったからだ。バタン、と奥の戸が開く。お盆を片手にリーナが立っていた。

「お話お疲れ様。アルセア、皆夕食よ」

暗い空気を一瞬で払拭する煙がたち上る。白いお皿の上に、クリーム色のスパゲッティがのっている。濃厚なチーズの匂いに誘われて、フォークを手に取った。

一口食べただけで緊張が解けるほどやさしい味だった。間を開けずに何度もそれを口に運ぶ。私は初めてまともな食事を食べた気がした。


食べ終わると同時に、小さな眠気に襲われた。

抵抗する気力はなく、瞼を閉じると意識が徐々に遠のいていく。ジョンが私の名前を呼んだ気がしたが、心地の良い夜から這い上がることはできなかった。

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