True or Lie
6時間後、太陽が西に傾き始める。
昼間の暑さが消え、木陰にあるベンチは冷たさを取り戻していた。
さっきと同じベンチの端に座っていると、ジョンが来た。
「お待たせ」
「待ってないよ」
ほら、と男がコンビニの袋を手渡した。中を見ると、棒アイスが一本入っている。
さっき欲しかったんだけど、と嫌味をぶつけてみた。男は苦笑いして、文句言うなよ、と手に持っていた自分のアイスの袋を開ける。
人生で二度目のアイス。お昼を口にしていないせいか、すこしかじると空腹感がよみがえってきた。
オレンジの酸っぱい味が口に広がり、冷たい液体が胃に入っていくのがわかった。
懐かしい、と思った。
初めて食べたのは、小学生の時。施設にいたボランティアの人がくれたものだった。
その時はただ、冷たいとしか感じなかったのだが。
「それで、話したいことって何?」
アイスをくれた代償に、少しくらいは話をしてやっても良いだろうという傲慢な考えが浮かぶ。一体どんなつまらない会話になるのだろう、と先読みした漫画をもう一度見るような気分でいると、
「アルセアは生きていくのがつまらない?」
唐突な質問が来た。つまらない? あたりまえじゃないか。つまらないからわざわざ死ぬ気分でいたのだ。
「少なくとも楽しいと感じたことはないけど」
「じゃあ命を捨てても良い?」
「……なんの話? 私は別に構わないけど。やりたいこともないし、やさしく殺してくれるんだったら本望だよ」
何年も思い続けてきた気持ちを、初めて人の前で口に出した。変な気分だった。
男はしばらく黙って、アイスの袋を2つともコンビニの袋に入れた。ボールみたいにくしゃくしゃと丸め、手首を器用に動かして近くのゴミ箱へ投げ入れた。ビンゴ。ボールはカサリと音を立てて入っていく。男は一瞬腰を浮かしたかと思うと、私の隣へ改めて座りなおしてきた。そして小声で言った。
「おいしい話があるんだけど、ちょっと乗ってみないか?」
「おいしい話?」
「そう、おいしい話。1年間で3億円もらえる話だ」
「は?」
1年間で3億円。一瞬自分の耳さえも疑った。そんなうまい話があるものか。
私はその男の顔を、目をじっくりと、探偵が犯人を探るように見つめた。
「本気で言ってるの? ものすごい詐欺っぽいんだけど」
「本気だよ。本気じゃなかったら僕は言わない」
「嘘だ。そんな話、絶対有り得ない」
「前払いだから信じてくれると思ったんだけどなぁ」
「前払い? 私がやるって言ったら今日払ってくれるの?」
「払うよ。もう準備は出来てる」
「初めから私を誘い込むつもりだったの?」
「いや、さっき決めた」
話している内に、だんだん呆れてきた。たった1年間の仕事で、しかも前払い。
こんな話を聞いたら、世の中に飛びつかない人間なんて本当に少ないだろう。
しかも高校生の、節約をしていなければろくに飯にもありつけないような貧乏女を選べるくらいだから、そうとう軽い仕事なのだろう。いわゆる副業っていうヤツだ。
地面をあるく蟻が私の靴のつま先の影に隠れた。足をのけて見ると、ベンチの脚のすぐ横に、蟻の巣があった。ひたすら餌を運び、巣を守る蟻たち。毎日同じことの繰り返しで、蟻さえも私たちと同じだ。
"生きていくのがつまらない?" さっきのジョンの声が思い出された。こんな質問、蟻に聞くことができたら、どんな答えが返ってくるのだろう。つまらないと思うのだろうか、それとも、この仕事が自分の使命だとでもいうのだろうか。私が人間だから、心を持つ動物だから、ただつまらないと感じるだけなのだろうか。
「じゃぁ……、その3億円、見せてくれたら乗ってあげてもいいよ。役に立つかどうかはわからないけど」
半信半疑のまま、私はそう答えた。
このまま引き下がっても、何も面白いことなんか有りはしない。
私という無駄な命が少しでも役に立つなら、仮に殉職したって構わない。
「交渉成立だ。ついてきなよ、僕らの住んでる所に行こう」
僕ら、ということは他にも誰か同居人がいるのだろうか。まぁいいや、そんなことはすぐにわかる。私は速足で歩くジョンに、置いて行かれないようついて行った。
少なくとも私は、このときには自分の身に何が起こるかなんて想像もしなかった。