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Brainer

雨の島へ来てから、丸2日がたった。

昨日は風や雨が今にも窓を突き破って入ってくるのではないかと思うくらいのひどい土砂降りで、凍えるような寒さに襲われた。部屋の壁にかかっているカレンダーがなければ、真冬だと錯覚してしまっていただろう。

今日は雨も少し落ち着いて、ようやく静かに睡眠をとることができるはずだった。だが、私はなぜか真夜中に目が覚めてしまって、何度目を閉じても寝付けない。この旅館に入ってから一度も外に出ていない上、何もすることがなくただリーナからもらった本を読んでいるだけだったから、体内時計が狂っているようだった。もそもそと布団から這い出して、枕のそばに置いていた本を手に取った。栞のある場所を探そうとしたが、何度指で本の上側をなぞってもわからなかった。部屋には明かりが全くなかったから、とりあえず部屋の外に出た。あまり部屋の外には出たことがなかったから、未だにこの旅館の他の部屋の場所とかは良く知らなかったが、食事に行くときに良く通る縁側にはランタンがいくつか柱にかけてあったのは知っていた。

縁側に座って、明かりに本を照らして栞を探す。

あった。

落としたわけではなかったようだ。ちゃんと本の間に挟まっていた。端のほどけかけた赤い栞が、本の隙間にぴったりと埋まっていた。

この本はどこかの国の冒険小説を訳したもので、教養の少ない私でも普通に読めるものだったが分厚くてあと3日間は読み終わりそうになかった。

起きてしまったついでに1ページでも読み進めようと思い、最後に読んだ行を探していると、

「アルセア、こんな時間に読書か?」

後ろからヴァリスに声をかけられた。薄いカーディガンに片方だけ腕を通し、もう一方の腕は後ろに落ちたカーディガンの袖を探している。そういえば、今日もヴァリスの恰好はTシャツにジーンズだ。昨日や一昨日も同じ服を着ていたような気がする。まさか着換えていないなんてことは……と思ったが、あえて考えないようにしようと思った。

「あ……、ちょっと、眠れなくて」

「そうか。旅行は初めてか?」

「うん、でも平気。別の島に行ってみたいって思ってたこともあるし」

本当はそんなこと、一度も思ったことはなかった。それよりも自分の両親がどんな人だったのか、何故自分だけが何も知らされずにこんな場所にいるのか、ただそれだけが知りたくて、いつもそのことだけが頭を巡っていた。だから、本当の事がわかるまでは絶対にハイゼン島からは出て行きたくないと思っていた。だがその割にはあっさりと、何故だかは自分でもよくわからなかったが、その気持ちは吹っ切れてしまった。引越しをすると聞いた瞬間に、自分を縛っていた鎖が切れたような気がしたのだ。

「それなら良いんだ。こっちに着いてからお前の調子が悪そうに見えてな、心配だったんだが……大丈夫そうだな」

ヴァリスは私の隣に座って、しばらく黙っていた。私がようやく1ページを読み終えてページをめくると、

「アルセア、本当なら明後日くらいから始めようと思っていたんだが、BISTを使う練習を今日からやろうと思う。この前のような襲撃がないとは限らないしな」

「じゃぁ今日はジョンもここにいるの?」

この旅館の中では、夕食時以外でジョンと顔を合わせることがなかった。買い物に行っているのか、どこかの部屋に籠っているのか……。話すこともなかったから、何をしているのかは全くよく分からなかった。

「いや、今日も出かけていると思う。リーナもジョンと出かけるって言ってたからな、私がお前に付き合うよ」

今日はリーナもいないのか。そう思うと、心の中に妙な隙間ができたような気がした。

「あ、あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「BISTERの能力が3段階あるっていうのは分かった。けど、それ以外にもあるの?」

ヴァリスはしばらく腕を組んで考えてから、

「簡単にいえば、BISTには4つの能力がある。そのうちの3つ、オズ、ヴァンネ、サラの3段階の能力はお前もすでに聞いているだろう。

そしてもう一つ……、BISTの中でも最も特有な能力、それがBRAINERというものだ」

「ブレイナー?」

「そうだ。脳をコンピューターのように扱う能力なんだが、6種類存在する。ただし、1人1種類しか持つことはできない……手を出してみろ」

私が右手を突き出すと、ヴァリスはポケットから小さな物体を取り出した。ハンコのようなものが棒の先にくっついていて、そこには大きく黒い文字でLEと描かれていた。

「これって?」

「私たちはマーカーと呼んでいるんだが、焼印みたいなものだ。といっても熱くはないから心配しなくて良い」

手を取りそれを甲に押し付ける。すると、パチパチと光が弾けて線香花火のように散った。やがて光は消え、ゆっくりとそれを手から離すとそこにはLEの文字が水色に光っていた。

「これは……?」

「水色か。スキャナーだな、お前は」

じわじわと文字の光が消えていく。完全にそれが消えた後、手の甲をさすってみたが何も感じることは出来なかった。

「スキャナーって、絵とか読み取るアレ?」

「まぁ、やることは同じだな。スキャナーは相手の脳にある情報を、そのまま自分の方にコピーできるんだ」

「ふぅん。敵の情報とかもそれで読み取れるってわけだ」

「そういうことだ。ただ、これを使うには一定の条件が必要なんだ」

「条件?」

ちょっと待ってろ、といってヴァリスは部屋へ戻って行った。すぐにリュックを手に戻ってくると、中から包帯を取り出した。

「BRAINERの条件は、第一に、相手と自分が動かないこと。BRAINERを使うには集中力がいる。どちらか一方が動いてしまうと、情報が読み取れない上、失敗すれば自らの脳を破壊してしまうこともあり得る」

説明の合間に、ヴァリスは私の右手に包帯を薄く巻きつけ、戦闘の時以外は付けておけ、と言った。隠さなければいけないのなら何故手に押したんだと聞いたが、答えてはくれなかった。

「第二に、情報を読み取る相手が生きていること。死んでしまうと脳内の信号が受け取れなくなって、情報を読み取ることができない。

そして第三に、……これは私たちでも忘れがちなんだが、自分の脳の容量が、受け取る情報量を越えないことだ。越えてしまった場合はすぐにいらない情報をイレイサーっていう、情報を消す能力を持つBISTERに消してもらう必要がある。第一条件と同様に脳が破壊される危険性があるからな」

脳の容量を越える? 人の脳は普段ほんの少ししか力を使ってないからパンクしない、なんてことをどこかで聞いた気がするけど、やっぱりBISTERになったらパンクするんだろうか。体中が活性化してるとかなんとかで、脳が壊れてしまうんだろうか。

「この3つだけは絶対に守ってほしい。でないと、力を使った瞬間にあの世行きだ」

ヴァリスがここまで真面目な顔をしているのはロメオと戦った時以来だ。もしかしたらこの条件を忘れて死んだBISTERがいたのかもしれない。

「結構使用範囲は狭いんだ。もうちょっと使い道があるのかと思ったけど」

「使い方を間違えさえしなければ問題はない。それに、使えないと思ったら大間違いだ。一人敵を捕まえられれば他の敵や国家の情報が得られるかもしれないんだからな」

使い方を間違えなければ、か。なんだか爆薬でも扱っているような気分になって、果たしてそんなことができるかどうか一瞬不安になった。ヴァリスに不安な顔を見られないように、空に浮かんでいる雲に目をそらした。

「それに、お前がスキャナーなら話は早い。契約の条件、覚えているか? あの時は詳しいことは話さなかったが、今話してやろう」

「あれって、えっと、CHEST……だよね、その情報を渡すとか何とかって言ってたのは覚えてるけど」

合ってるかな、と半信半疑のまま答えてからヴァリスの方を見ると、怒ったような顔をして、

「そう、それだ。CHESTっていうのは私たちBISTERの心臓だ。国家はCHESTを壊してBISTER全員の処刑を望んでいるようだがな」

とヴァリスは胸に手を当てて言った。

「でもCHESTってあの機械の箱でしょ? あんなの、すぐに見つかって壊されるんじゃ」

「CHESTは簡単には壊せないんだ。無理に物理的に破壊しようとすれば、半径1キロメートル内にいる人間に向かって電撃と毒が発せられる。小さい箱にしか見えないだろうがとんでもない代物なんだ」

「でも壊す方法があるんでしょ? だから国家はLEを狙ってる」

「そうだね。あれを使ったり、停止させたりするには5万桁の暗号を入力し、CHESTを操作できる必要がある。それを知っているのはCHESTの主であるジョンだけなんだ」

5万桁。人間の記憶で果たしてそんなことが可能なんだろうか? いくらBISTERとはいえ、それが出来るとは信じがたい。

「BISTERの脳は普通の人よりはるかに活発だ。記憶力や言葉の理解力も当然、計算力なんかも飛躍的に上がっているんだ。だからほら、私とこうして話していも話についてこれるだろう? BISTERになる前の君は、私たちの言っていたことなんか1割くらいしかわからなかったはずだ。もちろん知らなかったってこともあるんだろうが」

確かにそうかもしれない。初めてヴァリスやリーナと話した時は、ほとんど何もわからなかった。

「お前には、その暗号とCHESTの操作方法をジョンから受け取ってほしいんだ。それが出来次第イレイサーにジョンの情報を消してもらう」

「なんとなく、わかった。要するに、ジョンの代わりに私がCHESTの主になればいいんだね」

「そうだ。敵に悟られないよう、できるだけ早く情報を移したいからな。そうでないとジョンが戦えない」

「だから今日からその特訓をする、と。出来るだけやってみる」

「ありがとう」

私はうん、とだけ答えて本の続きを読もうとして、ふとさっき聞きそびれたことを思い出した。

「ヴァリス、さっき言ってたBRAINERの条件だっけ、その……自分の脳の容量ってどうやってわかるの?」

「それはトレーニングの中で教えた方が早い。また後でな」

夜明けが来たらすぐに始める。早く寝ろ。ぽん、と私の肩に手を置いて、ヴァリスは部屋へ戻っていった。


……早く寝ろ、か。初めて言われたな、そんなこと。

胸の奥が鎮まるのを感じて、ため息をついた。それからほんの何分か、東の方を見ていた。

雨と雲の合間に見えた太陽が、遠くから薄い光でこの島を照らしていた。

あと1時間で夜明けか。

私は柱に寄りかかって、そのまま目を閉じた。

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