Love circle
金色の羽は肩の皮膚を、首の骨を突き破って巨大化した。古代の絵画にでも出てきそうな天使が、目の前にいた。
「愛を語る割には不気味な天使だな、お前」
ジョンが、私の服を掴んで無理やり後ろへと下がらせた。
ふらふらの足が、うまく着地できずに崩れて尻もちをついてしまった。ロメオの靴音が、カツン、と耳元で鳴る。顔を上げると、ロメオはジョンの目の前にいた。
「なんっ……!」
こめかみに銃を突き付けられ、硬直したジョン。振り返り、やはり目を見開いたまま固まっているヴァリス。ロメオはその銃口を私の方へとゆっくり移し、もう一方の腕を、獲物を狙う、炎を纏った刀の先へと向けた。
ザンッ!
ロメオが腕を動かすその前に、ヴァリスが動いた。刀を振り、揺らめく炎とともに走り出す。ヴァリスの振った刀を、ロメオは軽々とかわしていく。ガキンッ、銃と羽で、刀を防いだ。片足を振り上げて、ヴァリスを押しのける。二人はバランスを崩し、地面へと倒れこむ。すぐに立ち上がったロメオはヴァリスに銃を向け、引き金を引こうとした。
「打たせないぞ」
ジョンがその前に立ちふさがる。ロメオは頬を引きつらせ、笑った。
「それでいいのかい? 君はアルセアを守るべきだろう」
ロメオが、ジョンの目の前から消えた。私の肩に、冷たい感触が伝わる。
「ひっ……」
銃が頭に突き付けられた。
金縛りにあったように、私の体は動かない。
銃の引き金にかかった指がスローモーションのように動く。
ジョンの舌打ちが、聞こえた。
ズドンッ!
電気の弾けるような音と衝撃が、耳を襲った。音が何も聞こえなくなり、目眩がして景色が歪んだ。
「アルセアッ!」
倒れこんだ声の出ない私を、ジョンが腕で支える。脳を打たれたはずなのに、不思議と意識はなくなっていない。頭を押さえるが、どうやら血は出ていないらしい。
「エアガンか」
ジョンはロメオを睨みつけた。私を支えていた腕に力がこもった。
ロメオは答えない。代わりに、嘲笑と殺気が返ってきた。
「もう一発、残ってるね」
「エアガンなら打っても意味はないだろう。時間稼ぎだとしてもせいぜい数秒が良いところだ」
「どうかな」
ジョンに、銃が向けられた。銃声が響く。
間髪いれずに、ロメオはジョンと私を蹴った。
「くっ……」
衝撃波はジョンの心臓にあたったようだった。
胸を押さえて、苦しそうに息を吐いている。
「この、程度か」
ジョンが立ち上がる。こんな奴と戦うつもりなのか。嫌な胸騒ぎを覚えた私は、ジョンを止めようと手を伸ばしたが、ただ私に笑いかけるだけだった。
ジョンはロメオの方へ歩いていく。
「ヴァリス!」
ジョンの声と同時にヴァリスがロメオを捉える。炎がロメオを取り巻いた。赤い竜巻が獲物を飲みこむ。一瞬の陽動。だがそれでも十分だった。ジョンはロメオを蹴り、首を掴んで地面へと叩きつけた。
「捕えたぞ。これでもう動けないだろう」
私はジョンの元へ駆け寄り、首を抑えつけられているロメオを見下ろした。
「今からお前を連れ帰る。イレイサーが帰還次第、お前の情報を消させてもらう」
ジョンはロメオの手を踏みつけ、太い針状の物を取り出して手首へ刺した。
その痛みに一瞬、唸り声を上げたロメオは、突如笑いだした。
「何が可笑しい?」
ロメオはカッと目を見開いて、ゆっくりと口を動かした。
「本当、に、そ……のてぃ、ど かい?」
私はその時、何が起こったのか理解できなかった。
ロメオの声が耳奥で揺れて、急に膝が崩れた。
息が狂い、視界が滲み、ぼやけて標的をなくし、ため込んでいた汗が噴き出した。
「……なんだ……、声が、音が歪んで……! お前、何をした!」
私が声を出すより先に、ジョンがかすれた声で叫んだ。
「何度も同じことは言わせないで下さいよ……。僕の力は円状の物を変化させる。
それが仮に目に見えないものであっても、だ」
ロメオがゆっくりと立ち上がる。針を腕から抜いて、傷口を手で押さえた。
私たちを撃った銃は、いつのまにかその手から消えていた。
「その……銃か!?」
「正解。さっきのは銃から発した円状の空気を変化させて、君たちと僕の間にばらまいただけだ。実際、円に似ていさえすればなんでも良いんだよ。あくまで理論上だけど、空気中の粒子や地球だって変化させられる」
カツ、とロメオの靴が遠ざかっていく。
「どこへ行くつもりだ!」
ヴァリスの怒声が聞こえた。
「上への報告だよ。かわいい花が増えたよ……ってね」
ロメオの最後の声は、あまり良く聞こえなかった。