Fire sword
「アルセア、無事か!?」
ジョンの声だ。私は目にこびり付く涙を飛ばすように、首を横に振った。
ロメオの前に、立ちはだかったのは二つの影。ジョンと、もう一人はヴァリス。
「お前か」
ヴァリスの低い声が、静まり返った空間に重く響く。右手には柄の黒く染まった刀、左手には錆びたチェーン。それぞれがヴァリスの怒りを表していた。
「へぇ、君、アルセアっていうんだ。綺麗な花の名前じゃぁないか」
「黙れ! お前などにアルセアと話す権利はない!」
ヴァリスは身をかがめたのも一瞬、地面を蹴って飛ぶ。同時にチェーンを中へ投げ出すと、刀を鞘から抜いた。銀の刃が空気を一閃、風船の割れるような音がさく裂した。ロメオの肩から血しぶきが溢れだす。痛みに叫ぼうとするロメオに、その隙さえも与えない。そばにあった木を踏み台にして飛んだヴァリス。空中でチェーンを掴み、ロメオの傷口をさらに切り裂く。揺れて崩れ落ちる体の周りを、チェーンが取り巻いた。
「これで終わりだ、Decade HallのBISTER。ゆっくりと息絶えていくが良い」
ヴァリスの声と同時に、チェーンがロメオの体を捉え、縛る。
がぁ……っ、とうめき声だけを残してロメオは倒れた。ぴくりとも動かなくなった。
ヴァリスはロメオの背中を踏みつけ、チェーンを外す。
刀で心臓のあたりを刺して、生きていないのを確認すると私とジョンを見て、
「リーナは無事か?」
さっきの怒りが微塵も見えない冷静さだけで尋ねた。
「あぁ。何とか、息はしてる」
「ならば良い」
ジョンはリーナを抱えて、私はヴァリスに連れられて、私たちはLEの白い建物へ戻ることにした。ちらりと後ろを振り返る。ロメオは恐ろしい男だったが、血を流して倒れている姿を見るとどうも放って置くことができないような雰囲気があった。
「ねぇ」
「なんだ」
答えたのはジョンだった。
「この人……の死体、どうするの?」
ジョンは一瞬立ち止まって、
「誰かが処分してくれるさ、僕たちがどうこうする話じゃない」
「……」
何故か後ろめたい気分が心の隅をよぎった。そして何故か落ち着かず、頭をガリガリと引っ掻く。ふと、足元に影が見えた。さっきはなかった影だ。私以外の人は皆、手前にいるから影は私の足元には落ちない。それは私の歩みとはわずかに違うリズムで動いている。まさか、と思った。
「本当に僕は死んでるのかい?」
耳元で、声が聞こえた。音源を探して逃げようとしたが、振り返る時間すら与えられなかった。バシッ、何かで背中を殴られた。前に倒れこむところを、ジョンに支えられる。ヴァリスが刀を抜いて、ロメオに突き付ける。
「お前……、何故、生きている!?」
驚愕の色を隠せないヴァリスの声がぼんやりと聞こえた。いけない、今意識を失ったら殺される。頭を振り、必死に意識を取り戻す。
「あぁ、あなたにはまだ伝えてなかったな……。僕のヴァンネは円状の物を変化させることだ。細長いチェーンだって、巻きつく時には円状になる。変形させて緩めれば良いだけだ」
「だが私は心臓を突き刺したはずだ! 血だって出ていたではないか」
「もちろん、血は出ていた。だが……」
笑いを唇に宿したままロメオは続ける。
「残念ながらあなたが最後に刺したのは僕の指輪だ」
驚き、納得のできないヴァリスの目の前に、指輪のないロメオの右手が差しだされた。
火傷のような跡があり、指が黒く変色している。墨が飛び散ったようにも見えた。
「僕の変形能力さえあれば、死んだように見せるのだって難しくはない。
むしろそれすら見破れない君たちの力量を疑うよ……」
ヴァリスの舌打ちが聞こえた。そして、ヴァリスの姿が消える。
鋭い刃が、私の目の前を通り過ぎた。遅れて光の線が影となる。
ロメオの姿が消える。ガキンッ、目の前で、刀と硬い何かがぶつかり合っていた。
その何かを引っ掻く不気味な音が響く。
「死ね、死ね、死ね!」
掠れて、妙に迫力の増したロメオの声がヴァリスに迫っている。
ロメオは2本指で円を作り、変形させているようだ。人差し指が銀色に光っている。
ヴァリスは怒りながらも冷静に、作り物の銀色の刃を受け止めている。
足でステップを刻んで、刃を押し切るように前へと刀を振り払う。
一瞬低く踏み込んで前へと跳躍、勢いに身を任せて剣先を突き出した。
ロメオに軽くかわされ、しかしバランスを崩さずに両膝を沈ませるように地に足を付ける。漆黒の瞳で標的を睨みつけ、すぐに刀を一振り、目の前へと迫る刃を受け流す。
ロメオから距離を取るように後ろへ飛び、空中で一回転、着地した。
地へ手を、片足をつく。
「炎よ、舞い上がれ」
赤色の炎がヴァリスを取り巻いた。
手先からは、バチバチと線香花火のように金色の火の粉が舞い落ちている。
うねる炎が腕を伝い、刀身を伝ってアスファルトの固い地へと溢れだす。
「土の次は炎の演技かい? 全く、君たちのは愛が足りないよ。僕のサラでこのつまらない舞台を飾ってあげようか」
見下ろすような視線を、ヴァリスは睨み、刀を構える。
ロメオがゆっくりと、まだ指輪の残っている左手を持ち上げる。
ゴクリ、ヴァリスが息を飲み、手に力を入れるのが見えた。
「怒れ、僕の愛よ―――」
鈴の音が一回、二回、三回……、どこからか聞こえた。
バサバサと羽を羽ばたかせ、鳥が何匹もロメオに向かって飛んでくる。
左手を空に向かってかざすと、鳥たちは手の甲へ吸い込まれるように入っていく。集まってきた鳥を全て吸収すると、ごつごつしたロメオの腕から金色の羽が生え始めた。