ともがたり。
特に何か用事がある、というわけでもないんだけど。
夜、たまぁに、ふらりと立ち寄ってくる友人がいる。
ほとんどの場合、夜遅くにやってくるその子と、私はいつも、なんとはなしに、とりとめもなく、のんびりと語る。
内容はさまざま。
――主に、夢、なんてものになるのは、そろそろ色々と「現実」に押しつぶされる年齢だから、だろうか。
「夢、っていうと、青臭いけどさ。目標ってか、地に足をつけるっていうか」
持ち込んだ飲み物を一口、飲んだ後に溜息とともにはきだされた言葉は、どこか戸惑いを含んでいて。
「んー、さすがに、夢を追います! っておおっぴらにいうには、三十後半はきっついよねぇ」
う、と、目の前の友人は、大げさに胸を押さえた。
「年はいわんといて。いわんといて。涙が出ちゃう」
「何をいまさら」
けらりと笑い飛ばして、うーん、と宙を眺めながら、コーヒーを飲む。
ちなみに、某スーパーのPB商品の、微糖コーヒーだったりする。アルコール、といきたいところだが、たいてい友人は車で来るため、こうしてお土産かわりに飲み物を持ってくることが多い。――先日はトイレットペーパーをおごらせたけれど。助かったけれど。
「かなえたい夢、てーかさ。やりたいこと、やって楽しいことを、やるっきゃないわけじゃん? それがたまたま、私は文章を書くことなわけで、中断しながらもずっと続けてるわけで。それだけのことなんだよねぇ」
深い溜息が聞こえる。おいおい、幸せが逃げていくぞ。
「なんかねー、色々やりたいことはやってるんだけどさー、ぴんとこないわけよ。絵を描いてみたけど、なんとなくそこそこの描けて満足したし」
「それ、どっかにアップしてみればいいじゃん」
「いや、恥ずかしいし」
「出せよ」
「やだよ」
「出さなきゃ始まらんだろうに」
「いいんだよ、別に」
むう、と口を尖らせるが、うん、私相手にそれをされてもかわいくないと思う。
「でもさぁ、別にいいじゃん。あれこれ、広く浅く、楽しく、でも」
いいと思うんだけどね、それでも。やりたいなと思ったらやってみる、で。
そのバイタリティは、私にはないもんだし、ね。
――でも、彼女は、不満顔。
「だって、なにかひとつ、これだ!ってのがほしーんだもん」
「だもんていうな、いい年して」
「だもん」
「ウザイ」
「ヒドイ」
「じゃあ、続けてみればいいんだよ、どれでもいいから、ひとつ。とにかく続けてみて、ダメなら次やればいいじゃん。続けないとわかんないよ」
「そうなのかなぁ」
「そうだって。続けているうちに、苦しかったりやだったり面倒くさかったりするけど、なんとなくそれでも、やってしまって完成したあとに嬉しくなる、これがあるからずっと続けるんだと思うもんさ」
「続けらんないんだよ」
「いやだから、続けろよ」
「むーん」
ゆらゆらとカップを揺らして手遊びする様を横目に、大きく伸びをする。
「生活にはりがほしいって感じなのかねぇ。やりがいのある趣味が欲しい。そんな感じ?」
ちらりと視線をむければ、眉間に皺。癖になるぞ、おい。
「そうなのかなぁ」
「そうなんじゃないの?」
「じゃあ、そういうことにしとく」
「それでいいのか」
「それでいいのだ」
にへら、と、緩む顔に、笑い返す。
「っていうかさー、なんでそんなぽんぽん、お話ネタうかぶわけ? この前、姫とはなしてて、姫もすっごいうかぶわけよ。でも、私全然だめ。頭まっしろ。もー、なんでなわけ?」
どうやら、別の友人――通称、姫、とも、そんな話をしているらしい。
「いや、うーん。妄想? 現実逃避万歳? 積み重ねてきた癖、みたいな?」
聞かれてもこまる。うん。ただの妄想族だし、私。
「うー、そういう、積み重ねみたいなのが、私ないからなぁ……」
「でも、浮かぶ妄想って結構、お前中2かよ、みたいな、使えないのも多いよ」
「それでもっ、浮かんでくるっていうそれが、超うらやましい、ねたましい。超嫉妬! 超悔しいっ」
きぃっ、とわざとらしくハンカチをかむ真似をする彼女に呆れる。おいおい、年がばれすぎるぞ。
「おちつけ」
「おちつく」
「落ち着くのか」
「おうよ」
けらけらと笑い声を上げる彼女との会話は、楽しい。
会わないときは、全く会わない日が続く友人。
あったら、こうしてなんだか馬鹿話をしてしまう、そんな友人。
割りと人付き合いが下手な私の友人たちは、そういう人が多いけど。
その中でも割りと、良く合う方に分類され、ついでに私がほとんど気を使わない相手のひとり。
貴重な、人間。
うん。
ほんとうは、わかってる。
友人が求めている、もの。
支えを失った彼女が、求めているもの。
そして、彼女もわかっている。
――その代わりになるものなんて、ないんだ、って、こと。
だから、彼女は、うちに来る。
ふらり、と、うちに来る。
だべって、語り合って、寛いで。
失った穴をふさごうとするように、求めている。
――飢えている。
その穴を、うめる方法は、時間以外にないから。
私は、穴をうめる存在にはなりえないから。
だから、笑って、話をする。
他愛ない話をして、笑って、寛いで。
いつか、時がすべてを緩やかに癒すように。
いつか、穏やかなときがくるように。
――これは、ささやかな友人としての、私の願いなのだよ。
――幸せになってほしいと、そう願っているのだよ。
心の中で、そっと呟いて。
私は、ただ、微笑んで。
二人でだらだらと会話を繰り広げながら、時間を過ごす。
ただそれだけ。
ただ、それだけ、だけど。
――楽しくて、穏やかで。
――少しだけ、癒される、時間。
あなたとふたり、ともがたり。
初夏の夜、窓からの風に吹かれて、静かに時は過ぎていくのだった。