腹違いの妹から虐げられ魔女に仕立てられ投獄されるはめになったので、思い知らせてあげるわ
ある小さな町の外れにある、小さな家。その家の中にある小さなベッドでお母さんは横たわっていた。
お母さんの声は絶え絶えで弱々しい。
「シエル……聞きなさい」
「なに? お母さん」
「ここへ……行きなさい」
一枚のメモを手渡される。
「シュリング家……? 貴族……?」
「ええ、私はかつてそこの当主……子爵様と関係を持っていた……。そして、産まれたのがあなたなのよ……」
私は初めて自分の父親を知った。
お母さんは私を身ごもった後、相手から別れ話を切り出され了承したけど、「子が生まれたら決してその子を不自由にはしない」と約束してくれたという。
今、その約束を果たしてもらおうという格好だ。
「ここへ行けば、あなたならきっと幸せになれるわ」
「分かったわ、お母さん」
「……じゃあね、シエル」
「おやすみ……お母さん」
お母さんは目を閉じ、そのまま冷たくなった。
私はお母さんの身体を棺に納めると、家の地下室に安置する。
テーブルの上に、お母さん手作りのチョコレートケーキが少し残っていたので、それを頬張る。
革のバッグにパンとチーズを入れて、灰色のワンピースに焦げ茶色の外套を羽織る。
こうして私シエル・フルーフは旅立った。
お母さん譲りの紫の眼で、空を見上げる。おあつらえ向きの風が吹き、私の長い黒髪が大きくそよいだ。
***
シュリング子爵家の本邸を訪れた私。
お母さんの名前とかつての約束を使用人に告げると、当主――つまり私の父は会ってくれた。
父は細眉で、シュッとした顔立ちの中年男性。私にも受け継がれており、血の繋がりを感じさせてくれる。
だけど、その反応はとても血の繋がった実の娘に対するものではなかった。
「まさか……今頃になって現れるとはな」
「えっ……」
「で、どうしたいんだ。どうして欲しいんだ」
「母がここに来れば……幸せになれると」
父は明らかに困惑している。舌打ちのような仕草も見せた。
「……まあいい。お前を娘として迎えよう」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
シエル・フルーフは、シエル・シュリングとして子爵家の娘となった。
しかし、もうこの時点で分かり切ってたことだけど、私を待っていたのは徹底的な冷遇だった。
突如湧いた新しい家族である私を、シュリング家の面々はまったく歓迎しなかった。
冷ややかな、まるで害虫でも見るような目で睨みつけてくる。
向こうからしたら、当主がどこの馬の骨とも分からない女と作った子供がいきなり「一緒に暮らします」なんて言ってきたわけだから、気持ちは分かるけどね。
まず、私に与えられたのは物置同然の小部屋だった。まあ、これは今までいた家と大差ないからさほど苦痛でもなかった。
他の家族と一緒に食事することは許されず、私に出るメニューも粗末なものばかりだった。これも、冷ややかな目で見てくる家族と食事をするよりは、よっぽど気楽といえる。
だけど問題は年下の女の子――腹違いの妹にあたる子だった。
子爵令嬢エクセナ・シュリング。光沢のある茶髪をセミロングに伸ばし、可憐で可愛いといえる少女だった。
しかし、中身は醜悪、極めてどす黒かった。
「あつっ!」
「あぁ~ら、ごめんなさい」
熱い紅茶をわざと手にかけてくるぐらいは日常茶飯事。
他にも、私は貰えないおやつをこれ見よがしに目の前で食べたり、歩いていたら足を引っかけられて転びそうになったり……。
バケツに水を汲んで掃除をしていたら、わざと水をぶちまけて、それを「私のせい」として大騒ぎしたこともあった。もちろん私は猛烈に叱られる。
会うたびに呼吸するようにイヤミを言ってくる。
「この間の火傷、もう治ったの? もっと熱い紅茶にしておくべきだったわね」
「……」
しかし、私はめげなかった。
母の言葉――あなたはきっと幸せになれる、に嘘はない。
近所のケーキ屋さんから時々もらうチョコレートケーキが私のオアシス。
過酷な環境を私は一年、二年と生き続けた。
***
「あんたは魔女よ!」
エクセナからこう言われた。
「あんたって不気味だし、きっと魔女に違いないわ!」
“魔女”――魔術妖術を駆使し、人や世を惑わすと言われる女性。
かつては多くの女性が魔女の嫌疑をかけられ、ろくな弁明もできないまま処刑されたという歴史がある。
「そんな……私は魔女なんかじゃないわ」
「いいえ、魔女よ。そうに決まってる!」
エクセナは歪んだ顔で私に指を突きつける。
今でこそ魔女の疑いがあるというだけで女性が処罰されるようなことはなくなったけど、それでも魔女扱いされるというのは女にとって最大の不名誉だ。
エクセナは私を追い出したくてたまらないのだろう。
だけど、私にも意地がある。この家で幸せになるという意地が。
どんなに食事が粗末でも、邪険に扱われても、エクセナという“敵”がいても、私は家を出なかった。
そうしていれば、エクセナのいじめも止むだろうと踏んでいた。
だけど、この妹は私の予想の遥か上をゆく狡猾さと邪悪さを持っていた。
ある朝、私が物置のような部屋で起きると、部屋の周囲でネズミが数匹死んでいた。
私が死骸を片付けようとすると、エクセナがはしゃぐ。
「あーっ、シエルがネズミを殺してるわ! それも何匹も!」
「……!」
見計らったようなタイミングだった。
「やっぱりこの女は魔女! 魔女なのよ! ネズミを魔術で殺したんだわ!」
見え透いた芝居だ。
エクセナ自身でネズミを殺し、私の部屋の近くに放置して、魔女を演出しているのだろう。
だけど、効果はあったみたい。今までは蔑みだけだった家族からの視線に、徐々に恐怖が帯びるようになっていたから。
この他にも私の部屋に異臭を立ち込めさせたり、壁に怪しい落書きをしたり、私を魔女に見せかけようとする工作は続いた。
そして、極めつけは――
リビングのテーブルの上に新聞紙が置いてあった。
エクセナに片付けるように命じられ、言う通りにすると、いきなり新聞紙が燃え上がった。
「きゃっ!」
小さな炎で、私は新聞紙を叩いて消火するけど、時すでに遅し。
「新聞紙が燃えたわ! あんたは魔女だったのよ! この目でしっかり見たもの!」
他の家族もこの瞬間を目撃しており、今までにない厳しい目をぶつけられる。
「違うわ! これはなにかの間違いで……!」
かすかに火薬の匂いがする。
もしかすると、エクセナは手製の発火装置のようなものを、新聞紙に仕込んでいたのかもしれない。
そして、私が新聞紙を動かしたとたん、それが作動した。
だけど、ただでさえこの家で厄介者の私が、そんな主張をしても通るはずがない。
父はこう言った。
「今、確信した……! お前は魔女だ! たった今から、お前とは絶縁だ! すぐ兵を呼ぶから覚悟しておけ!」
ここから先は実に早かった。
兵が来て、私は手枷をかけられ、「魔女の疑いで逮捕する」と告げられた。
魔女の容疑をかけられたら、もう子爵家領地の問題では済まない。私は大きな都まで送られることになる。
馬車に乗り込む時、私はエクセナと目が合った。
その目は、
『あんたはこれで終わりよ』
と言っているかのようだった。
もう流されるしかない。私はこのまま護送されることになった。
***
ある大きな地方都市の牢獄に、私は放り込まれた。
昔と違い、疑いだけで魔女として処されることはないけど、私の場合は怪しい場面をいくつも目撃されている。
このままいけば、いずれ徹底的に尋問を受け、やがて魔女として断頭台送りになるんでしょうね。
(エクセナにはやられたわね……)
私は囚人用の白衣姿で、牢獄で膝を抱えて座っていた。
食べ物もろくに与えてもらえなかったけど、一人だけ優しい番兵がいた。
ロティという成人手前ぐらいの年齢の青年だった。
「ほら……パン」
「ありがとう」
私はパンを受け取り、それを食べる。
「だけどなんで優しくしてくれるの? 私は魔女と言われてるのに……」
「俺は家が貧しくて、出稼ぎでこんな仕事やってるんだけど、故郷にお前ぐらいの妹がいてさ……。他人とは思えないんだ」
「ふうん」
「俺にできることはないけど、疑いが晴れることを祈ってるよ」
疑いが晴れる、か。私はそれを聞いてクスッと笑ってしまった。
時折ロティとやり取りしつつ、およそ二週間が経過した。
私の牢の前に、一人の男性が訪れる。
誰……? ついに私が魔女かどうか判定するための審問官の登場かしら?
だけど、そうではなかった。
鉄の檻の前に立つのは、藍色のコートに身を包んだ青年だった。
まばゆい金髪、上質な泉を思わせる青い瞳、高貴な立場の人だというのが分かる。
青年はこう言った。
「シエル・シュリング、君を釈放しにきた」
「……え?」
「僕は昔から魔女の研究をしていてね。魔女のことには詳しいんだ。君のような女性が、こんなところにいることはあってはならない」
持って回った言い方だけど、どうやら私を助けてくれるみたい。
扉が開き、私は久しぶりに檻の外から出た。
「……ありがとうございます」
私は当然の疑問を口にする。
「あなたは?」
「これは失敬。僕はオルデム。オルデム・マレディクスという」
オルデム、これが私を救ってくれた人の名前。
それにしても、マレディクス……どこかで聞いたような。
「王国五大公爵家の一つだ」
私の思考を先回りするように教えてくれた。大物だ。
でも確かに、子爵家で魔女の嫌疑をかけられた私を釈放するんだから、それぐらいの権力者でないと無理だろう。
「私はどうなるんです?」
「すでに書類上の手続きは済ませてある。君には僕の領に来てもらう」
オルデム様に連れられ、私は牢獄を後にする。
出る時、ロティが優しく手を振ってくれた。私もそっと笑んで返した。
***
マレディクス領に着いた私には、小さな家が用意された。
“小さな”と言っても、それはあくまで公爵家の基準で、かつて私とお母さんが暮らしていた家に比べるとずっと立派なんだけどね。庭には花壇があり、色とりどりの花が咲いている。
さて、この新天地での生活はというと、まさに楽園だった。
まず、食事は美味しいのが三食出てくる。
「ん~、このソテー、とってもいい味……!」
燭台つきの立派なテーブルで、私は一流の手料理に舌鼓を打つ。
家の外にはチョーク付きの伝言板があり、ここに書いておけば、使用人の人が掃除をしてくれる。
「ベッドメイキング、しておきました」
「わっ、自分でやるよりずっと綺麗……」
お茶やお菓子だって楽しめる。
特に好物でもあるチョコレートケーキは絶品だった。ほっぺたが落ちそうとはまさにこのこと。
(なんなのこの味……! たまらないわぁ……!)
しかもオルデム様は「この家は好きに使ってくれていい」とおっしゃってくれた。
だから、私は好きに使わせてもらうことにした。
うふふ、“作業”がとっても捗るわぁ……。
マレディクス領に来てから一ヶ月ほど経った頃、オルデム様が新聞を持ってやってきた。
「驚くべきことが起こったよ」
「なんです?」
「これを見て欲しい」
記事の内容は――
「まあ……」
私は声を上げる。
「君の異母妹だったエクセナが“魔女”として捕まった。君がこの領に来たあたりから、怪しげな呪文を唱える姿が目撃され、部屋に死んだ魚やネズミを持ち込んだり、ゴミを漁るなどの奇行が見られるようになった。しまいには屋敷に火を放ち、全焼させてしまった。さいわい、死者は出なかったようだがね」
「そんな……」
私は目を見開く。
「どうやら彼女こそが魔女だったようだ。これで君の無実は証明された。じきに正式に通達が来るだろう」
「ありがとうございます……」
「シュリング家は死者こそ出なかったとはいえ、本邸は燃え尽き、君に無実の罪を着せ、しかも着せた人間が本物の魔女だったときた。もはや没落は免れないだろう。おめでとう、君の完全勝利だ」
「……」
「嬉しくないのかい?」
私はか細い声で答える。
「罪が晴れたことは……もちろん嬉しいです。ですが、私もシュリング家の血を引く身……そういったニュースを聞くと心が痛みますね」
うつむき、両手で胸を押さえる。
オルデム様はわずかに口角を上げた。
「なるほど……」
「それで、こちらに匿ってもらった私はどうなるのでしょう?」
「君は潔白だったわけだが、今さらシュリング家に戻るのも嫌だろう。君さえよければ、今後の身の振り方が決まるまで、ここにいてくれないか?」
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
こうして私はマレディクス領に留まることになった。
とはいえ、いつまでも食客扱いではかえって気まずい。
使用人になりたいと申し出たら、メイドにしてもらうことができた。
二週間も経つと、フリルのついたメイド服姿で、オルデム様の身の回りのお世話をするのも板についてきた。
今日私はオルデム様に、お昼のお茶を出す。
「君の出すお茶の味は、他の者が出すお茶と一味違ってクセになるね」
「ありがとうございます」
あなたならきっと幸せになれる――お母さんの言葉を思い出す。
この平穏な生活こそがそれかな、と思った。だけど、それは大きな間違いだった。
***
ある夜、私はオルデム様に呼び出された。日頃の労をねぎらいたいとのことだった。
オルデム様の私室には、本がたくさんあり、よく勉強されているのが分かる。
「座ってくれ」
「はい」
向かい合うように座ると、オルデム様は私をまっすぐに見つめ――
「君は魔女だろう?」
唐突に言われた。
なるべく動揺しないようにはした。が、できていた自信はない。
「……何をおっしゃるのです?」
「僕は魔女の研究をしていたと言ったろ? 魔女に関する文献は数多いが、当然ガセや誤った情報も多い。その中で僕は信憑性の高い情報だけを取捨選択し、工夫苦心の末、だんだんと『こういう女性が魔女』という確信を得られるようになった。それらの特徴に、君はまさに当てはまるんだよね」
「特徴ってたとえば?」
こんなことを聞き返す時点で、すでにオルデム様のペースになっている。
「君のその、しなやかでありながら艶の少ない黒髪。パッチリはしているがどこか濁りと陰りのあるその紫紺色の瞳。これらはどちらも魔女の外見的特徴とされる」
「見た目だけで魔女扱いされてはたまったものではないですね。エクセナよりもひどいですよ」
私は肩をすくめてみせるけど、どこかぎこちなかった。
「それと、魔女の疑いで牢に閉じ込められていた君は落ち着いていたけど、あれはその気になればいつでも脱獄できたからじゃないのかい? 自分の力に自信があるから、成り行きに身を任せていた」
質問には答えず、私は目を逸らしてしまう。
「そして、僕はこの領で君に家を与えた。“好きに使っていい”と。あの家には大掛かりな魔術に使えるとされるものをそれとなく散りばめておいた。花壇には魔術に使われるとされる草花を植え、術式に使うであろう蝋燭、魔法陣を描くチョーク……」
私の両手が湿っていくのが分かる。
「君は魔術で、遠くにいるエクセナを操り、彼女を魔女に仕立てて、見事思い知らせてみせた」
私は何も答えることができない。
白を切ろうと思えば切れただろうけど、こうまでズバズバ言い当てられると、その気も起こらなくなった。
これ以上は見苦しいだけだ。早く楽になりたくて、私は観念することにした。
「ああ、もう……分かりました。私の負けです。私は魔女です」
そう、私は魔女だ。れっきとした魔女。
生まれつき体内に魔力を宿しており、数々の魔法も会得している。
エクセナに負わされた火傷がすぐ治ってたのは、自分で治していたから。
ロティに励まされた時にクスッと笑ってしまったのは、私は本当に魔女だからだ。
私のお茶が一味違うのも、魔女独特のお茶の淹れ方をしてたから。
エクセナを遠隔操作して魔女のような行動をさせ、シュリング家を全焼させたのも私。死者が出なかったのは私の配慮。魔法で直接命を奪うのは趣味じゃないから。
「そうかい」
オルデム様が微笑む。
普段は大人びているオルデム様の顔立ちが、この時だけはどこか子供のようだった。
ちょうど、イタズラが上手くいった少年のような――
「で、私をどうするんです? エクセナを魔女に仕立てた真の魔女として、兵士にでも突き出しますか?」
オルデム様は首を横に振った。
「そんなことはしないさ」
まあ、これはそうだろう。だとするなら、私に告知する意味はない。
「じゃあ、どうするつもりです?」
「僕の妻になって欲しい」
……はい?
「……はい?」
心の声と口から出る声が完全一致した。
「どういうことです?」
「決まっている。魔女はさまざまな不思議な力を持つ。それはすでに証明されている。そんな君の力を借りれば、このマレディクス領をさらに発展させることが可能だからだ」
ようするに、魔女の力が欲しいということか。
「だけど、周囲が納得しますか? 私との結婚なんて」
「させてみせる。それに君は、今や世間では魔女と疑われた悲劇の子爵令嬢として扱われている。そんな君の無実を早くから信じ、匿い、さらには愛し合って結婚したともなれば、僕の名も大いに上がるというものだ」
なるほど、この人はとても頭がいい。
この人の全ての行動は、自分の利益になるように計算されている。見事なものだわ。
だけど、だからこそ気に食わないともいえる。
「私があなたの掌の上で踊り続ける可愛い少女だとでも? たとえば、この場であなたを魔法で殺し、逃げることもできるんですよ。私は一人でも生きていける自信がありますから」
オルデム様はぼそりと言った。
「チョコレートケーキ」
「……ッ!」
私のお腹がうずいた。
「これも文献で知ったことだが、魔女というのは、チョコレートケーキが好きなようだね。理由は分からないが、魔女として、あの黒さ、あの甘さにどこか惹かれるところがあるのかな?」
……その通りだ。
私のチョコレートケーキ好きは、もはや本能といっていい。
ちなみに、シュリング家にいた頃、私がケーキ屋でたまにチョコレートケーキをもらっていたのは、魔法によるもの。いわゆる魅了の魔法で、ケーキをおすそ分けしてもらっていた。
オルデム様は続ける。
「チョコレートにはカカオが不可欠。我がマレディクス家は、外国との交流も盛んで、異国の変わったカカオやチョコレートも容易に入手できる。つまり、君に珍しくも美味しいチョコレートケーキをいつでもいくらでも提供できる」
「はぐっ!」
思わず変な声が出た。
胃袋を掴まれるとはまさにこのこと。掴まれるどころじゃない。鷲掴みだ。いっそ小腸や大腸だって掴まれてる。
いくら私が魔女でも、異国のチョコレートを入手するのは簡単じゃない。それに私自身は料理の腕は人並みレベルで、料理人の知り合いもいない。「ものすごく美味しいチョコレートケーキを作れる」なんて魔法も存在しない。
私は再び観念することになる。
「参りました」
「そうかい。僕も命拾いしたな」
私は睨みつける。
「勝ちを確信してたくせに」
「どうかな。結構ヒヤヒヤだったよ」
うーん、悔しい。だけど気になることもある。
「つまり、牢獄からあなたが私を助けたのは、魔女研究の結果、私を真の魔女だと思ったからですよね」
「まあね」
「でももし、私がただの女の子だったらどうしてたんです? その可能性も十分あったはずです」
私を牢から連れ出した時は、伝聞でしか私の特徴を知らなかったはず。助けたはいいが、ただ髪が黒く瞳が紫に濁っているだけの“ただの少女”の可能性も高かった。
「その場合はその場合で、無実の女の子を救うことができたと悦に入ることができる。そういう子は、とてもよくマレディクス家に尽くしてくれるだろうしね。僕としては何の損もないさ」
あっけらかんと言ってのける。
どう転んでも僕の得になるのさ、と得意げだ。
だけど、私はこういう男を嫌いじゃない。むしろ好きだ。
魔女をよく研究し、私を魔女と見極め、あまつさえその力を利用しようとするこの男を気に入ってしまった。
「いいでしょう。あなたの妻になりましょう」
「ホントかい!? ……ありがとう!」
なんでこういう時だけ、急に可愛い反応するのよ。ちょっとときめいてしまった。
「妻になる私に、なにか注文はありますか?」
「うーん……今のところないが、あえて言うなら、もう少し演技力を身につけた方がいい。僕がエクセナの逮捕を知らせた時の反応は、かなりの“大根”だったからね」
「むうう……」
私が「心が痛みます」と胸を押さえた時、オルデム様は少し笑ったけど、あれはそういうことだったんだ。
うーん、これも悔しい。
とにかく、私はこの人の妻になることになった。
もちろん、色々やることはあるけど、確定といっていいだろう。
公爵家のメイドどころか、公爵家の夫人の地位を手に入れてしまった。
だとすれば、私としてもやりたいことがある。
「この領に、私の母を呼んでもいいですか」
「母? シュリング家にいる?」
「いえ、あれは私と血の繋がりはありません。私を産んでくれた本当の母です」
さすがのオルデム様もこの時ばかりはきょとんとしていた。
***
オルデム様とともに馬車で、かつての我が家を訪れた。
あの小さな家は、今もそのままだった。
こんな辺鄙なところに住み着く物好きも、家を解体しようとする世話好きも、いるわけないものね。
地下室に行くと、棺が置かれていた。
開けると、そこにはお母さんが横たわっている。手足を触ると、とても冷たい。だけど、外見は全く変わっていない。
さっそく私は呪文を唱える。
程なくして、お母さんは目を覚ました。
「……ん」
「おはよう、お母さん」
私が笑いかけると、お母さんも笑みをこぼす。
二人の魔女が久しぶりの再会を果たした。なにせ私の力はお母さんから受け継いだものだから。
「……シエル。立派になったわね」
「なにしろ、あれから何年も経ったしね」
魔女同士の隠語で『じゃあね』は“魔法での冬眠”を意味し、『おやすみ』は“時が来たら起こすわ”の意味。
私たちの暮らしは貧しく、お母さんの魔力は私ほど高くなく、このままでは私の足枷になると考えた。だから私に後を託し、自身は眠ることにした。
ざっくばらんに言うと「私がいても足手まといだし食い扶持減るだけだから寝るわ。もしいい生活を手に入れたら起こしてね」という感じ。
魔法による冬眠はかなりの魔力を使うから、あの時のお母さんはだいぶ疲れていたわね。だから今生の別れのような雰囲気になってしまった。
もちろん、二度と起こされなかったり、寝ている間に何らかの事故で体が損傷したり、というリスクもある。
紆余曲折あったけど、私は公爵家の妻に収まれそうだから、起こしにきたってわけ。
「どうだった、シュリング家は?」
「ひどい家だったわ。いい思い出が一つもないもの」
「だけど、シエルならあの家を叩き潰して、幸せになれると思っていたわ」
にっこり笑うお母さんに、私は呆れてしまう。
お母さんは私ならシュリング家を乗っ取るなり、ひっくり返すなりして、幸せになると見越していたんだろう。
近況を簡単に説明すると「やるじゃない、シエル」と喜んでくれた。
一緒に来ていたオルデム様が挨拶をする。
「初めまして、シエルのお母上」
「あらまあ、いい男!」
「え」
「シエルったらいい男捕まえたわね~! あの私、何の取り柄もないおばさん魔女ですが、よろしくお願いしますね! この子に比べれば全然魔力も大したことないですけど、手足のように使ってくださいませ!」
「ア、アハハ……」
お母さんの前ではオルデム様がたじたじになっている。ちょっといい気味。
こうして私たち母娘は、マレディクス領で暮らすことになった。
私はオルデム様と結婚し、オルデム様も家督を継いだことで、公爵夫人となった。
かつて投獄されていた悲劇性も手伝って、私は領民に受け入れられ、瞬く間に人気者になった。
私は約束通り、魔女の力で領地経営にこっそり助力した。
貴重な鉱石が眠っている地点を教え、自然災害を食い止め、領内で流行り病が広まった時も私の力で鎮めてみせた。
マレディクス家は、五大公爵家の中でも抜きん出た存在になっていく。
お母さんは領内のある町に住み、のんびりと隠居生活を満喫している。たまに邸宅に遊びに来ては「娘から私に乗り換えない?」とオルデム様を困らせている。
それと、牢屋で私を助けてくれたロティとその家族を呼び寄せた。ロティには邸宅の番兵という仕事を与えて、給金は弾んであげた。いつでも脱獄できたとはいえ、あの時彼がくれたパンは本当に美味しかったからね。これぐらいしてあげないと。
それと――腹違いの妹エクセナは、魔女として断頭台に送られ、その生涯を終えた。
なんというか複雑な気持ちだ。
私はあの子の悪辣さが正直嫌いじゃなかった。ネズミの死体だの発火装置だのまで用意して私を嵌めた手腕は尊敬すら覚える。
もしも彼女が本当に魔女だったら、人や世を大いに惑わし、歴史に残る恐るべき魔女になっていたかもしれない。
まあ、こんなことも私が魔女で、あの子なんかいつでもどうにでもできたから言えることなのかもしれないけど。
処刑の記事を見た時、ちょうど私はチョコレートケーキを食べていたけど、その味はとろけるように甘く、ほんのりと苦みが走った。
肝心の夫婦生活はというと――オルデム様は私を利用するために夫人にしたけど、意外にもよき夫になってくれた。
私にああしろこうしろと言うことはほとんどなく、むしろ「本当に危ない時だけ君に頼りたい」というスタンスだ。
これも、むやみに私に頼ると彼自身や領民そのものが成長できないという計算によるものなのかもしれないけど。
それでもと、チョコレートケーキを交えたお茶の最中、思い切って聞いてみた。
「オルデム様」
「ん?」
「そういえば、私を魔女として利用するだけなら、わざわざ夫人にする必要はなかったですよね。チョコレートケーキさえあれば、私は釣れるんですから。どうして妻にしてくださったんです?」
「うーん……やはり、君に惚れてしまったんだろうね」
顔を背けるオルデム様。相変わらず可愛らしいところもあるじゃない。
だったら私も可愛いところを見せてあげよう。
「私こそ惚れていますよ。これからもよろしくお願いしますね、オルデム様」
「ああ、末永くよろしく」
チョコレートケーキを一口食べた。心が温かくなるような幸せの味がした。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




