"美學"
画架の前の椅子に掛けて『#00FFFF』と名を呼ぶと、書生の少年は教えた通りの這いつくばった姿勢で現れる
言いつけの通り、身には革の首輪以外は何も纏って居ない
工房は屋敷の北に位置する部屋で、昼でも微かに薄暗い程だが、窓の外の草原は煌々と部屋に陽射しを跳ね返して居る
時折、雲が流れて陽が部屋に満ちると、画家の工房に良くある、こびり付いた絵具の汚れが、床に壁に所狭しと視える
「この汚れの程度くらいに」
「僕の実力も、重なって居れば良いが」
静かに、そう思った
フォーフの手首に、軽く振りかぶった留置針(点滴針)を一突きに突き刺す
管の先に在るパレットに、名の通りの空色が満たされていった
僕は其れを、窓から視える空と視比べる
「苦痛に欠けた色だな」
刺した針を
マドラーで珈琲でも混ぜる様に、くるくる捻じる
躰温の湿り気を孕んだ清浄な液躰が、震えながら溢れ出る
香りが甘かった
「少し良くなってきた」
思いながら、フォーフの首輪から伸びた紐を引く
引き摺られた書生の頬を平手で数回叩くと、部屋に乾いた音が響いた
フォーフがうつ伏せに崩折れ、はあはあと息を吐く
背中に新しく針を刺すと、先刻よりは視れたよう味わいの空色が溢れた
「───#FF00FFは居る?」
呼び掛けると、廊下から恐慌のような足音が近付いて来る
掃除の手を休めて此処まで参じたのかも知れない
呼吸を乱した、使用人姿の少年が現れた
僕が無言で視詰めると
意図を汲んだのか、彼は慌て過ぎて泣きそうになりながら衣服を捨て、平伏した
フェゼフの顎を爪先で押して、立ち上がらせる
椅子から立ち上がり
画架からナイフを取った
油絵用のナイフとは別に用意した、よく磨かれた刃の分厚いものだ
握ると、冷たさと重さが指と手のひらに伝わる
フェゼフの胸に刃先を当てると、彼は涙を溜めた瞳で「おやめ下さい」と訴えた
ナイフを強く押し当てながら、躰の曲線をなぞる様に滑らせる
絵具として最適化されて居る少年の躰は、視る間に艶かしいマゼンタに染まっていった
直ぐに#00FFFFの躰にもナイフを刻む、彼もしくしくと泣きながら、美しい薄青色を、自らの意思とは無関係に止め処なく垂れ流し始めた
カーテンを閉める
少年達の啜り泣きがより鮮明に聴こえる様になった気がして、僕は軽く口の端を上げた
「交われ」
二人の書生に、他の意図と誤解しようが無い程の簡潔な命令を下す
彼らは泣く事を止めると
恐る恐る互いに歩み寄り、震えながら両手の指を絡め始めた
僕は椅子に掛けると、脚を組んで彼らを観察した




