天馬の片翼のペンダント。
月に見守られて契る男達。散り際さえ与えられないリキと、散り際を与えられたエイレーン、男達は国に殉じる騎士であり…友である。
ペンダントを託したリキは、皆の視線を袖にしつつ孤立できそうな執務室に足を運んでいた。
「………助け、なぁ・・・?」先ほどの会話を思い起こしながら鎧の手入れを始める。彼の着る甲冑はとある筋からの特注品であり、街や専属の職人に見せようとも全く同じものは作れない。何故か?正体不明の神の生き血に因って技巧されたものであるからだ。
呪いと祝福の相反した力が同居するためでもある。ボディアンダーウェアもまたこの世界の創造物ではない。思い起こすは鉄さびと砂吹雪舞う彼の地。彼が確かに生まれ落ちた生地である。この世界は森や水が当たり前のように存在する・・・命の危機はないが居心地はあまり良くはない。
「・・・彼女はもう、憶えてはいないのだな・・・」当たり前である。銀河全土を巻き込んだ大きな犯罪は粛々とその実験台を求めて魂を欲し這い寄る。「・・・Fよ・・・人間の魂は流れる箒星・・・星が選び、そこを定めとなすならば・・・私のしているこの行動は要らぬのではないか?」
この地に来て数年、独学でこの世界の理を学び、学を深め、王の信頼を勝ち得て総長の座へと登り詰めた・・・何故か?目的の救出する魂がこの世界の貴族社会の中心近くの伯爵家にいたからだ。権力の側に行くには無知と無教養は敵である。
しかし、武を邁進すればそれだけに恨みも買う。ルナリアナにはすでに定められた婚約者がいて、その相手もまたこの世界の貴族である。騎士爵から男爵、伯爵まで登りつめた豪傑。ルナリアナを救っても彼の地と彼の地に生きていた彼女の家族はもう戻らない。
否、Fの力で完全再生が可能と分かっていても、その血で生きてきた命は同じ運命を辿らない・・・少女を依頼主の祖父に引き渡そうとも、誘拐されたあの記憶の続きではないのだ。「あの御方の無慈悲にも困ったものだ。」訂正、自分の融通の利かなさが彼女の魂を再び銀河の螺旋の渦へと誘うのが最大の悪である。
リキがその断罪への片道切符である今の地位を確立できたのは偽りの忠誠と義を貫いたためである。赤ん坊からの再創造を促す輪廻転生や、異世界転生の類いならば彼は誰よりも義を貫き忠誠を王に捧げるであろうが、ことはそれだけでは収まらない。
故に年齢も肉体も死んだ当時のままである。転移ではあるが、転移とも違う。何故か?魂は確かに事切れていたからだ。
「・・・勇者とか英雄とか・・・心からの賛辞を受けるのが申し訳なくて仕方ない。」呟けば、ノックと共にドアを空けた副総長が口を開く。「・・・それでも、貴男が武を以て統一したこの世界は…そこに息づく命の全ては貴男を英雄と、勇者と呼ぶのでしょう。」報告書を片手に現れた筋肉が引き締まる男は消沈しきったリキに心からの賛辞を口にする。
「・・・とち狂っているぞ?眼科と脳外科に行くといい。」苦笑して仕事をするために席に移動する。男もゆるりと頬を作り書類の束を置く。いつもの2人の日課である。「お前はこの世界を護る為に私を殺すその瞬間だけの為に剣を持てばそれで良い。」そう言って口を閉ざした。副総長の考えなど、口答えもリキにとってはどうでも良かった。
ーーーもしもこれが異世界転生という肩書の類で収まるものならば、剣を交え、言葉と酒を酌み交わした仲間と、親友となれたのかもしれない。(・・・叶わぬ願いだな。)自重したその瞬間の彼の哀しみを、副総長の男も同じ笑みを浮かべた事なども見て見ぬふりをした。ーーー
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副総長【エイレーン・コキューレ】もまた、今日も彼の心根を説き伏せられなかったことを悔やみながらの退出となった。(………何時になったら、友にこの心は届くのか?)侯爵家長男の彼は、今生の富や名誉よりも、友と駆け抜ける戦場を望んだ。幼少の砌に男と交わした約束だけを胸に、家を飛び出して剣を手に友の部下となった。もともと陛下直属の近衛兵の座を約束された爵位の特権があるだけに、文だけに特化した彼の遺伝子にも遅く武の才能が開花した。
開花して早々に小部隊を前総長に押し付けられたことがあった。前総長は年甲斐もなく男爵止まりなのを周りから馬鹿にされていてその憂さを部下達で晴らしていた。その折の現総長は用心棒ぐらいの下積み要因であり、理由はやはり、彼の容姿と武の才能を妬んでのことであった。
侯爵家のエイレーンに身分の上下を分からせるために勝てない魔物の首を持ってこいと命じられ、エイレーンの知恵を以てしても太刀打ち出来なかった時、ふらりと月夜の闇に紛れて現れたリキは、細身の剣で身の丈何倍もある魔物を一刀両断にした。その時敵の最後の攻撃で上半身の衣服が千切られエイレーンは無数の傷痕を目にしたのである。それから念入りに情報を集めた結果、彼の細くしなやかな背中の傷は前総長の仕置きと称した鞭の痕であることが判明した。
多分、前総長は自分より勝る男を一方的に痛め付けることに優越感を満たしていたに違いない。王国としては国の要人の異質な行為を見逃していた節があり、エイレーンへの無謀なまでの命令もその一つであることを知った。怒りに任せて無味無臭の猛毒で前総長を処断しょうと部屋の前に立ったエイレーン。ドアに掛けるその手を止めたのはリキの凛々しき両眼であった。
怒りを鎮める明鏡止水の眼はエイレーンの脳髄に掬う邪念を祓ったのである。月明かりの下に連れて行かれたエイレーンは毒の水袋を持っていたことに対して詰問されるのかと思ったが、リキは何も語らず地面に腰を下ろした。満月を背負うように座る彼を尊く感じた。
【・・・何をしている。座れ。】懐から取り出した水袋を差し出され、エイレーンは対面するように座り受け取る。彼は一滴でも飲めば死に至る猛毒の水袋を手に高く掲げる。【・・・聞け、エイレーン。騎士が花咲く舞台は戦場のみ。騎士になったからには戦場で死ぬ事こそが誉れよ・・・花が散る瞬間が美しいのは、大地に根を張り生き抜いた証だ。お前も騎士になったならば、戦場で花を咲かせ、戦場にその徒花を散らせ。今宵は俺がお前を友と認めた逢瀬である・・・】
当時を思い起こし涙が頬を伝う。その涙はやがて悔しさを招き、同時に無常さを身の内に淀ませる。毒の一件が騒ぎになったが、毒はリキが飲み干し証拠は何処にもあらず、結局、別方面からの直訴が前総長の首を絞めることになる。
【王よ!騎士ならば、騎士の作法にて処断を願いたい!一騎打ち・・・騎士の生き様を…その散り様を王に見届けていただきたい!!】
前総長はリキの器量を見誤ったがエイレーンは騎士団に根付く腐臭の断絶を確かに感じた。身の丈よりもデカい魔物を一刀両断にした男なればこそ、手加減を加えるなんて未来を選ぶはずもなかった。
男としての器の大きさに魅了されたからこそ、エイレーンは彼の下に着いた。思えば、あの瞬間から自分は彼に尊敬とは違う何かを抱き、惹かれてきたのだ。その彼が、自らの死への引鉄をこちらに委ねた。
ーーー彼は裏表もない実直な男である。全てに分け隔てなく接する彼が何れ破壊神となると言う。「………馬鹿馬鹿しい…が、北の宗教国家の動きが不安定だと父は仰っていた。親友の言葉とその宗教国家には何らかの因果があるのやも知れんな…」あの日同様に吹く向かい風を愛でつつ、エイレーンは友のためにこの命を散らそうと決意を新たにするのであった。ーーー
男同士の友情をここでは載せました。




