第二話
ばあやに手を引かれ、
私は自室へと戻された。
扉が閉まる音がした。
「お嬢様」
ばあやの声が、すぐそばで聞こえる。
「包帯を、お外しいたしますね」
私は頷いた。
布がほどかれていく。
一重、
また一重。
光が、
戻ってくるはずだった。
いつものように、
天井が見えて、
窓が見えて、
ばあやの顔が見えるはずだった。
最後の布が、
外された。
私は、
目を開けた。
――何も、なかった。
暗い。
まっくら。
「……あ」
瞬きをする。
もう一度、瞬きをする。
変わらない。
「……ばあや?」
声が震える。
「暗いの……」
おかしい。
まだ目が慣れていないだけ。
そう思った。
「ばあや……どこ?」
手を伸ばす。
空を掴む。
何もない。
「ばあや……?」
胸が、
締め付けられる。
「見えないの……」
言葉にした瞬間、
それが現実になった。
「見えない……」
息が浅くなる。
「暗い……」
怖い。
怖い。
怖い。
「ばあや!!」
叫んだ。
「ばあや! ばあや! ばあや!!」
すぐに、
強く抱きしめられた。
「お嬢様!」
ばあやの声が、すぐ耳元で震えている。
「ばあやはここにおります! ここに!」
私は、ばあやの服を掴んだ。
離したら、
本当に、
何もなくなってしまう気がしたから。
「ばあや……見えない……」
声が、
子供のように震える。
「何も見えないの……」
ばあやは、
何も答えなかった。
ただ、
強く、
強く、
私を抱きしめていた。
「ばあや、私……もしかして目を閉じているのかしら?」
ばあやの服を掴んだまま、私は言った。
「ばあや、私の目は……ちゃんとあいてる?」
怖かった。
もし閉じているだけなら、
開ければいい。
それだけのはずだった。
「目を開けたいの……」
声が震える。
「ばあやの顔を見たいの……」
ばあやの手が、
私の髪を撫でる。
優しく。
何度も。
「どうしたら……目を開けれるの……?」
分からない。
どうして分からないのかも、
分からない。
「私……目の開け方を……忘れてしまった?」
その瞬間、
ばあやの腕に、
力が込められた。
壊れ物を守るように。
「大丈夫です」
ばあやが言った。
震えていた。
「ばあやはここにおります」
それだけを、
繰り返した。
私は、
ばあやの胸に顔を埋めた。
そこだけが、
まだ、
私を守ってくれる世界だった。
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騒ぎは、すぐに侯爵アルマン・モンテリオールの耳に入った。
「お嬢様が取り乱しておられます」
報告を受けたアルマンは、しばらく沈黙した。
そして、静かに言った。
「リシュアは眠っているな」
「はい。奥様はお休みになられております」
アルマンは頷いた。
「……余計なことを考えさせたくない」
その声に、迷いはなかった。
「セレスティアを南の領地へ送れ」
控えていた使用人が、息を呑む。
だが、誰も異を唱えることはできなかった。
「あそこは過ごしやすい。療養にはちょうどよい」
それは配慮の言葉のようでいて、
実際には、
切り離しの宣告だった。
アルマンは、娘の部屋へと足を向けた。
扉を開けると、
マルグリットに抱きしめられたままのセレスティアがいた。
その目は、
何も映していなかった。
空虚なまま、
ただ父の気配を感じ取り、
顔を上げる。
アルマンは、その姿を見下ろした。
しばらく、
何も言わなかった。
やがて、
口を開いた。
「……よくやった」
その言葉に、
娘がわずかに息を呑む。
アルマンは続けた。
「南の領地は過ごしやすい」
感情のない声だった。
「少し、休んできなさい」
それは、
褒賞のようでいて、
追放だった。




