第一話
包帯は、丁寧に、ゆっくりと巻かれていた。
一重、また一重。
光が入り込む隙間など、どこにも残さぬように。
「……こちらへ」
お父様の声がした。
私は差し出された手を取り、導かれるまま歩いた。
石の床が、靴の下で静かに鳴る。
ひんやりとした空気が、肌に触れる。
「リシュアの手だ」
その言葉と共に、
お父様は、私の手を別の手へと重ねた。
細くて、柔らかい手。
触れた瞬間、分かった。
「……お母様」
私は、ぎゅっと握った。
温かかった。
生きている温もり。
「セレスティア」
お父様の声が、低く落ちる。
「いいか。私が良いと言うまで、離してはいけない」
私は大きく頷いた。
包帯の向こうは暗かったけれど、
怖くはなかった。
お父様がいて、
お母様がいて、
私はここにいる。
お母様は、きっといつものように眠っているのだ。
優しくて、美しくて、
夢の中から抜け出してきたようなお母様。
やがて、
どこか遠くで、声が重なり始めた。
低く、ゆっくりとした声。
知らない言葉。
祈りのような、
呪いのような声。
そのとき、
指先が、冷えた。
ひやり、とした冷たさが、
手のひらから、腕へと広がっていく。
冬の風の冷たさとは違う。
もっと深く、
体の奥へと入り込んでくる冷たさ。
何かが、
静かに抜けていくような感覚。
怖かった。
けれど、
お父様が離すなと言ったから、
私は握り続けた。
やがて、
声が止んだ。
静寂。
「――よくやった」
お父様が言った。
その瞬間、
私の手は、お母様の手から離された。
温もりが、
消えた。
「マルグリット」
お父様が呼ぶ。
すぐに、聞き慣れた声がした。
「はい、侯爵様」
ばあやだった。
「部屋へ連れて行け」
「かしこまりました」
次の瞬間、
優しい手が、私の手を包んだ。
「お嬢様」
ばあやの声は、いつもと少しだけ違った。
いつもと同じように聞こえるのに、どこか、震えていた。
「お部屋へ戻りましょう」
私は、小さく頷いた。
ばあやの手は、
温かかった。
その手に導かれ、
私は歩く。
石の床。
静かな空気。
何も変わっていないはずなのに、
どこか、
違う気がした。
ばあやは、
何も言わなかった。
私も、
何も聞かなかった。
まだ、
知らなかった。
このときすでに、
私の世界から、
光が失われていたことを。




