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第2話 平凡

 午後の相談も、順調に終わった。

 口コミで広まったこの能力相談所に、変な客など、そうそう来ない。


 そして本日最後の客がやってきた。

 彼らは夫婦。常連客だ。


「驚きましたよ。いつの間にか、レイジさんに娘さんができていたなんて」


 旦那の方が、冗談めかして言った。


「この娘は遠い親戚ですよ。ははは」


 適当に返すと、奥さんの方が小さく笑った。

 柔らかい雰囲気の女性だ。

 

「久しぶりですね。出産前からですから……半年ぶり、でしょうか」


「そんなになりますか」


 言われてみれば、確かにしばらく顔を見ていなかった。

 この夫婦は、能力の相談というより、生活の節目ごとに顔を出すタイプだ。


「無事、生まれました」


 奥さんが、胸の前で手を組んで言った。


「おめでとうございます」


 素直にそう返す。

 こういう報告は、何度聞いても悪くない。


「ありがとうございます」


 旦那が頭を下げた。


「今日はそのことで、ご相談がありまして」


 そう前置きしてから、二人は顔を見合わせた。


「明日、生まれたばかりの子供の能力を……見ていただけませんか」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「今は、家でお手伝いさんが面倒を見ています。無理をさせるつもりはありません。ただ……」


「不安でして」


 奥さんが、言葉を引き取った。


 能力は、生まれつき現れることもあれば、成長と共に”知る”こともある。

 個人差が大きい。

 だが、初めての子供となれば、不安になる気持ちも分かる。


「明日は定休日ですが……」


 俺がそう言うと、二人の表情が一瞬だけ、ほんの僅かに固まった。

 気のせいだと思える程度の、わずかな間。


「構いません。時間を決めていただければ」


 少し考えてから、そう答える。


「本当ですか」


「ええ。お祝いも兼ねて、ということで」


 奥さんの目が、ほっと緩んだ。


 旦那が照れたように笑う。


「ありがとうございます。それにしても……子供ができると、色々と考えますね」


「分かります」


 本当は、分かっていない。

 だが、今はそれでいい。


「改めて、おめでとうございます」


 そう言って、二人を送り出す。


 玄関先で、軽く頭を下げ合い、靴音が遠ざかっていく。


 ドアが閉まる音が、やけに静かに響いた。


 俺は無意識に、息を吐く。

 いつもの常連客。

 穏やかで、礼儀正しく、どこにでもいる夫婦だ。


 それでも、胸の奥に小さな引っ掛かりが残った。


 昔から、あの二人は妙に落ち着いている。

 能力者にしては慎重すぎるほどで、危険な話題を避けるのも上手かった。


「……」


 背後で、紙を揃える音が止まった。


 振り返ると、シオンがこちらを見ていた。

 表情は変わらない。

 いつも通りの、静かな目だ。


「どうした?」


 そう聞くと、彼女は一拍置いてから首を横に振る。


「なんでもない」


 短く、それだけ言った。

 だが、その声は、ほんの少しだけ硬かった。


「疲れたか」


「……少し」


「今日はもう終わりだ。片付けたら休もう」


 シオンは小さく頷き、再び書類に目を落とす。

 それでも、俺の背中に残る視線は消えなかった。


 気のせいだ。

 そう思うことにする。

 この仕事をしていると、考えすぎても仕方がない。


 明日は定休日だ。

 ゆっくり映画でも見に行こうと思っていたが、仕事があるのなら仕方がない。


 俺は、どこか浮かんだ気分のまま、閉店の準備をした。




 全ての作業を終え、事務所の照明を落とし、階段を上がる。

 二階が、そのまま住居だ。


 靴を脱いだところで、シオンは迷いなくリビングへ向かった。

 スイッチを入れると、テレビがつく。


 画面には、色の多い世界が映し出される。

 変身、決め台詞、光の演出。


 魔法少女もののアニメだ。


 シオンはソファに座り、黙ってそれを見ている。

 表情は相変わらず薄いが、視線は画面に固定されていた。


「夕飯、テキトーでいいか?」


 キッチンに立ちながら声をかける。


「……お願い」


 短い返事。

 音量が、ほんの少しだけ上がった。


 冷蔵庫を開ける。

 残っている材料を確認して、決める。


「今日はチャーハンだ」


「……うん」


 フライパンに油を引き、火をつける。

 卵を割る音、米をほぐす音。

 規則的な作業は、頭を空っぽにしてくれる。


 背後から、テレビの効果音が聞こえる。

 悪役が叫び、主人公が立ち上がる。


「それ、面白いか?」


 卵を炒めながら聞くと、少し間があった。


「……強いから」


「魔法少女が?」


「負けない」


 理由は、それだけだった。


 チャーハンが出来上がり、皿に盛る。

 簡単なスープも添えて、テーブルに並べた。


「できたぞ」


 シオンは、アニメが途中であるのに目を離す。

 席につき、スプーンを取った。


「いただきます」


 一口食べて、少しだけ目を瞬かせる。


「……おいしい」


「そりゃどうも」


 派手な反応はないが、悪くない評価だ。


「シオンは、好きな食べ物とかあるのか?」


 何気なく聞いたつもりだった。


「……牛丼」


「即答だな」


「安い。早い。味が安定している」


「理由が現実的すぎる」


 そう言うと、ほんのわずかに口元が緩んだ……気がした。


 この子は、まだ色々と知らない。

 知らないというより、選ぶ余裕がなかったんだろう。


 俺は彼女を見ながら思う。

 この子には、ゆっくりでいい。


 過去のことは、無理に聞かない。

 聞かれたくないことも、きっとある。


 今は、こうして一緒に飯を食っていればいい。


 テレビの画面では、魔法少女が勝利のポーズを決めていた。


 シオンはそれを横目で見てから、再び箸を動かす。


 静かな夕食だった。

 それが、少しだけ心地よかった。




 食事が済み、一通りの家事を終える。

 気がついたら寝る時間だ。


 リビングのソファで横になり、俺は天井を見上げて、いつものカウントをしていた。

 シオンは寝室で、すでに寝息を立てていることだろう。


 今日のカウントは、1時間前から始まった。


 50分、40分、30分……


 少しずつ近づいていき、1分前になって、時計を確認する。


「誤差は10秒か……なまっているな」


 そう呟き、カウントは0になった。


 午前零時零分零秒。

 体の中の何かが変わった。


 俺の顔に、冷たい風が吹く。


「視界内、任意の位置から風を起こす能力、ね……それも微風程度か……」


 今日は外れだ。

 これも、いつものこと。


 俺は目を閉じ、意識を闇に落とした。



 *



 部屋には、寝息と時計の音だけが残っていた。


 暗闇の中、ソファで眠るレイジを、シオンは見つめていた。


 あの夫婦は、普通だ。

 少なくとも、表では。


 けれど、心の奥にあるものは違う。

 恐怖と、諦めと、そして信仰に近い何か。


 話すべきか。

 話さないべきか。


 レイジには、恩がある。

 だからこそ、これ以上、表でも裏でも目立ってほしくない。


 この人は、平凡でいようとしている。

 それがどれほど難しいことかを、彼自身だけが知らない。


 だから、黙る。


 それが、彼を守る最善だと、シオンは知っていた。


 レイジは眠っている。

 いつもと同じ顔で、いつもと同じ呼吸で。


 今日もまた、世界は彼を放っておかない。

 それでも彼は、明日も平凡な一日が来ると信じている。


 それでいい。


 シオンは、そっと視線を逸らした。


 零時は、すでに過ぎている。

 それでも、この人の“今日”は、まだ終わっていない。


 だから、今は黙る。

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