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令嬢シリーズ

悪役令嬢に相応しいエンディング

作者: 無色

 それは、卒業パーティーの夜のこと。

 宝石のように煌めくシャンデリアの下、社交界の華である貴族の子女たちが集まる中で、それは突然告げられた。


「貴様のその目が気に入らん」


 そう言ったのは、第一王子アイベック=ヴォルディリア。

 場が静まり返る中で彼は続けた。


「ルナティア=ミューラーよ、王命を告げる! この時を以て貴様を国外追放とする!」


「……あら」


 すると、ルナティアは微笑んだ。

 長いまつ毛が伏せられ、艶やかな銀の髪が揺れる。

 目元に浮かぶのは困惑でも涙でもなく、ただただ深い哀れみだった。


「な、何を笑って……」


 彼の隣には、平民上がりの令嬢ナージャ=アレンが腕を絡めていた。


「お可哀想に……王子様。きっとルナティア様は私を妬んでいるんです。平民の私が、あなたに選ばれたから……」


 潤んだ瞳、作られた震え声。

 男たちはすぐに彼女に心をときめかせた。


「貴族の誇りにかまけて、他者を見下した報いだな!」


「王子の目は正しい!」


 取り巻きの男子生徒たちも嘲笑と罵声を浴びせる。

 だがその中で、貴族令嬢たちは一様に沈黙していた。

 目を伏せ、静かに……嵐の気配を感じ取っていた。


「追放……それが王命であるというなら、私は甘んじて受け入れましょう」


 ルナティアは毅然と、もといアイベックにも、ましてやその隣の小娘にもさしたる興味は無さそうに踵を返した。


「ごきげんよう」


 その様を見やり、ナージャは誰にも見られないよう口角を上げた。




 ――――――――




 窓辺に映る自分の姿に、ナージャはうっとりと微笑んだ。

 金色の髪を丁寧に巻き上げ、薔薇色の頬に手を添える。

 どこからどう見ても愛されるヒロインたる自分に恍惚とした。


「フフ、フフフ、アハハハハ! なにあの女! だっさぁ! 何も言い返せないで! 負け犬悪役令嬢ざまぁ!」


 彼女は知っている。

 この世界は乙女ゲーム『ルミナリア・ロマネスク』の世界であること。

 そして、ナージャ=アレンこそがそのヒロインだということを。

 前世でプレイしたゲームの記憶は、夢のように鮮明だった。

 ナージャは本来、愛と努力で男たちの心を射止め、陰謀を乗り越え、王妃となるルートの中心人物。

 彼女に好意を向ける攻略対象たちは、当然のように彼女を守り、愛し、庇う運命にある。

 彼女はそんな世界に転生した、まさに物語に選ばれし者であった。

 なのに……と、ナージャの微笑みに歪みが走った。


「どうしてルナティア=ミューラーが愛されてるのよ」


 高慢で気取っていて、男に媚びるでもなく、努力する様子も見せず、ただ気品と家柄にあぐらをかいているだけの女。

 なのにどうしてあんな女が慕われるのか。

 どうして他の女たちも、ルナティアを恐れるではなく、敬意を払っているのか。


「そんなのおかしいじゃない。私はヒロイン。世界は私を中心に回るべきなのに」


 ルナティアの存在が許せなかった。

 だから、ナージャはヒロインとして振る舞った。

 涙を浮かべ、王子に縋り、たった一言で印象を塗り替える。


「ルナティア様に睨まれたの……。私、何か粗相を……」


 それだけで男たちは信じる。

 女の涙を疑うほど、彼らは賢くない。


「そう、これは私の物語。ルナティア、あなたは悪役令嬢なのよ。物語の邪魔者。追放されて当然なの」


 ナージャは笑った。

 まるで天使のように無垢な微笑みを浮かべて。


「ハッピーエンドは私のもの。だってこれは乙女ゲーなのよ。エンディングはヒロインの勝利に決まってるじゃない」


 だがこの時、彼女はまだ知らなかった。

 これはゲームではなく、エンディングを決められるのが自分だけとは限らないということを。




 ――――――――


 


 一週間後。

 王宮には異常事態が起こっていた。

 貴族令嬢たちの社交界からの一斉離脱。

 舞踏会の欠席。

 宮廷から姿を消した女官たち。

 次々と破談となる縁談。


「なん、だと……?」


 重厚な王座の間に重く響く声。


「っ、アイベックを呼べ!!」


 国王レオニス=ヴォルディリアは、ミューラー家からの抗議文、各地の貴族令嬢たちの卒業式、社交界離脱、さらには各領地からの経済的協力停止の報告を前に、顔を青ざめさせていた。


「アイベック……いや、第一王子よ。貴様、今我が国がどうなっているかわかっておろうな? いったいどれだけの影響が……。訊くが本当に……ルナティア=ミューラーに国外追放を言い渡したのか」


 玉座の前で立ちすくむアイベックは、レオニスの威圧感に、しどろもどろに言葉を紡いだ。


「え、ええ……公爵令嬢といえどあの女はただの傲慢で可愛げのない女に過ぎません。令嬢の顔色一つで国政を揺らがせるなど、そもそもが間違って……」


「貴様は貴族というものを何だと思っておる!!」


 雷鳴のような声がアイベックを震わせる。

 レオニスの拳が、玉座の肘掛に叩きつけられた。


「ミューラー家はこの国の文化を、誇りを、そして女の品格を支える一族!! ルナティアはその血を色濃く受け継いだ、誰よりも令嬢らしい娘だ!! 貴様のような軽率な小僧が彼女の名誉を汚したことで、どれだけの損失が生じたと思っておる!!」


 王は一枚の書簡を取り出した。

 それは、他国の大使からの非公式抗議文だった。


「貴様のせいで、この国は女性の教養すら守れぬ未開の辺境と蔑まれておるのだぞ……ッ!」


 額に青筋を浮かべた王の目には、怒りと、絶望と、そして諦めの色が混ざっていた。


「そ、そんな……ですが私は、私は、何も……教えられず……」


「だから重罪なのだ、アイベック!!」


 レオニスはまるで獣のように吠えた。


「愚かにも王たる自覚を持たぬまま、感情と女の嘘に踊らされ、国家の根幹を揺るがせた!! 貴様に王の資格は無い!!」


 玉座の間に沈黙が落ち、アイベックは、ただその場に崩れ落ちた。


「……父上……私は」


「ミューラー家とルナティアに直接謝罪し裁きを受けよ。それが王家の責任というものだ。受け入れられるかは、貴様の誠意次第だろうが」


 事の重大さを知った国王は慌て、すでにルナティアの元へ謝罪の使者を送っている。


 だがその使者は、彼女の前で地に額を擦りつけることすら出来ずに追い返されていた。


「どうしてこんなことに……!」


 アイベックは頭を抱えた。

 ナージャの取り巻いていた男たちも、周囲に見捨てられ、実家の没落や縁談破棄により次々と地位を失っていく。

 刻々と、その時は近付いていた。

 



 ――――――――




 そして運命の日。

 王宮の謁見の間には関係者を初め、そして各地の領主や国内の権力者たちがこぞって集められた。

 玉座の前に並ばされたのは、アイベックとナージャ、そしてかつてルナティアを嘲笑した男たち。

 彼らは顔を蒼白にし、貴族たちの冷たい視線に晒されながら、ただ待つしかなかった。


「ルナティア=ミューラー様、ご入場」


 やがて、ゆっくりと足音が響く。

 ルナティアと共にあるのは、ミューラー家の当主である父とその母、そして二人の兄。

 ドレスの裾が音もなく滑り、真珠を編み込んだ髪が揺れる。

 その姿を見た瞬間、ナージャは震えた。

 あの時見下ろしたつもりでいた令嬢の瞳には、底知れぬ闇と、恐ろしく静かな力が宿っていた。


「我々を呼びつけて、いったい何の用ですかな陛下」


 レオニスが発言する前に、当主ヘイベルが低い声を放った。


「よ、よく来てくれたヘイベルよ。この度は」

「謝罪ならば結構。衆目の前で愚弄された我が娘の傷は、如何なる妙薬を以てしても癒えることはありませぬ故」


 ギロリとヘイベルの視線がアイベックたちを射る。


「本日参上したのは、礼をするためです。陛下らは我らに(いとま)を与えてくださるようですからな。これを期にどこか遠くの国で暮らそうと、家族全員で決めたのですよ」

「ま、待ってくれ!! ミューラー家に見放されては我が国は!!」

「知ったことではありませんな」

「罪ならば償う!! アイベックを廃嫡するなり死刑にするなり、望むままにしよう!!」

「ち、父上……何を……?!」


 ヘイベルは深くため息をついた。


「陛下、たしかに罪は償ってもらわねばなりませぬ。しかしそれは、長くこの国に尽くしてきた我が一族を蔑ろにした罪ではない。そこの無能な王子の教育を諦め、放置した罪です」

「む、無能、だと……貴様誰に向かって……!!」

「我が一族についてを男に秘匿とすることが、女性にとっての慎ましさであり美徳としてきました。雑多の貴族男子ならいざ知らず、此奴に少しでも学があれば、今回のようなことは防げた。ルナティアとミューラー家を貶めることも、同じく頭の悪い平民上がりに唆されることも」


 ナージャはかあっと顔を赤くし、ヘイベルを睨みつけた。

 が、ヘイベルは意にも介さない。


「ですが、もう遅い。如何にして罪を償おうとも、我々はもうあなた方王家を見限った。ただ……そうですな。当事者たるルナティアが許せば、我々の気も変わるやもしれませぬ」


 レオニスはハッと、アイベックに命じた。


「アイベックよ!! ただちにルナティアに跪け!! 己の愚行を謝罪するのだ!!」


 アイベックは震えるばかりで動こうとしない。

 そんな彼を見かねて、ルナティアは一歩踏み出した。


「お久しぶりです、殿下」


 ルナティアの声は微笑に満ちていた。


「まさか、また王宮に呼ばれ殿下にお目通りすることになるとは思いませんでした」

「ル、ルナティア……」

「ですがもう失礼します。私のような気に入らぬ目の女は、さっさと退散した方が良さそうですので。では」


 そう、ルナティアはあの日と同じく、興味が失せたように踵を返した。


「ま、待て! いや、待ってくれ……た、頼む……! 許してくれルナティア……! あのときは、つい魔が差して……そ、そうだ、ナージャの言葉を信じてしまっただけで……! 君が彼女を虐めていると……だからつい、あんな酷いことを……。ほ、本心じゃないんだ! わかってくれるだろう、ルナティア!」


 アイベックはただそれらしい言葉を並べたが、薄っぺらい自己保身であることは誰の耳にも明らかだった。


「そ、そうだ……ナージャが全て悪いんだ!!」

「はぁ?!!」


 ナージャは驚き目を丸くした。


「彼女が言い寄ってきたりしなければ!! 色目を使わなければこんなことには!!」

「何言って……あんただって散々ルナティアのことを悪く言ったじゃない!! 男より偉そうな女が気に入らないとか何とか!! それを今さら……」

「黙れ悪女め!! なあルナティア、信じてくれ!! 私は悪くないんだ!!」

「どうでもいいです」


 氷よりも冷たい言葉に、二人は喉を詰まらせた。


「あなたたちはもう、とっくに破滅の道を歩んでいるようなので」


 彼女が指を鳴らすと、これまで彼らが口にしてきた罵詈雑言をまとめた証拠書類や、貴族令嬢たちによる証言が提示された。

 全てが、白日の下に晒されたのだ。


「ご自分たちの軽率さが、どれだけのものを貶め、壊したのか。残りの人生でどうぞご理解くださいませ」


 静寂。

 その中でナージャは膝をつくこともなく、静かに立っていた。

 そして、笑っていた。


「……フフ……アハ、アハハ……! アハハハ!!」


 その場にいた誰もが息を飲む中、ナージャは歪んだ笑みを浮かべながら、ルナティアを指差した。


「やっぱりそうよね!! あんたってば、ほんっとうに憎たらしい……!! 悪役令嬢そのまま!! 貴族の娘で、高慢で、完璧ぶって!! 私の邪魔ばかりして!! いい?! 私はヒロインなのよ?! この世界の主役なの!! どうしてあんたなんかがそれを邪魔するのよ!!」


 顔中から涙とも汗ともつかぬ液体が流れていた。


「令嬢の教育?! 誇り?! そんなものが何になるっていうの?! ていうかそんな設定ゲームには無かったじゃない!! 裏設定とかキモ!! 私は選ばれたヒロインなのよ!! 全部手に入れるはずだったのよ!!」


 醜い絶叫が場に響く。

 アイベックでさえ、その場にへたり込んで、叫び散らかすナージャに恐れを抱いていた。


「ハーレムも、宝石も、この国も、みんな私のものになるはずだったのに!! ハッピーエンドになるはずだったのに!! ああもうやり直しやり直しやり直し!! リセットさせろよぉ!! あああああァ!!」


 ナージャは髪を掻きむしり、爪を立て、ヒールが折れるくらい地団駄を踏んだ。


「ルナティアぁ!! あんたさえいなければ!! あんたさえいなければァ……ッ!! 認めない……こんなクソエンディング、絶対認めないぃ!!」


 暴言と悲鳴を繰り返す彼女に、誰も言葉をかける者はいなかった。

 軽蔑と憐憫の混じった視線が突き刺さるように降り注ぐ。

 だが、ルナティアは一歩も退かない。

 静かに、ゆっくりとナージャの方へ歩み寄る。

 その瞳は夜空の月のように冷たく、美しく澄んでいた。


「……言っている意味の半分も理解は出来ませんが、あなたのヒロインというものは、まるで子どものごっこ遊びのようですね」


 ルナティアは微笑んだ。


「自分の思い通りに世界が回らなければ喚き散らす。欲しいものが手に入らなければ人を貶める。ヒロインが何たるかはさておき……そんな振る舞いは、淑女とは呼びませんの」


 その言葉に、ナージャはギリッと歯噛みしながら睨みつける。


「あなたに相応しいのは、主人公という立場ではなく」


 ルナティアは、最後に言い放った。


「悪意にまみれた哀れな道化。それこそが、あなたに相応しいエンディングでしょう?」





 その後、王の判決は下された。

 アイベックは王位継承権を剥奪。

 絶海の孤島に蟄居を命じられ、孤独な人生を送ることとなった。

 ナージャもまた、気が触れたのを理由に光の届かない独房に幽閉された。

 髪も肌も荒れ、かつての可憐さはすっかりと消え失せ、今では目が落ち窪んだ老婆のようになっていた。

 発狂と自傷を繰り返すこと数十年、事切れる最期の時まで、彼女うわ言のように呟き続けたという。


「こんなの違う……私はヒロインなの……こんなエンディングは嫌……誰か……誰かリセットして……誰か、誰か――――――――」


 ……と。

 またルナティアの追放に加担した男子生徒たちも、公的な叱責と叙爵の禁止、今後十年間の政務禁止など散々な罰を食らったが、ルナティアにはほんの少しの興味も無い。

 ミューラー家との交流を失い、それに伴いミューラー家と交流、または支持していた家系も離れ、王家もみるみるうちに衰退し、王国は隣国に吸収されることとなった。

 また数年後、ミューラー家によって創設された新たな令嬢教育機関が、国の中枢を担う女性たちを育て上げ、新国家の再興に寄与した事実が、後の歴史書には刻まれている。

 美しき令嬢ルナティア=ミューラーこそ、真の淑女である、と。


 敗者に相応しいエンディングを見せてやる……ってやつです。


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貴族令嬢や女官達が一斉離脱しても、逃げられない立場の女性がいる気がするんだけど⋯⋯ 公爵令嬢排除に動いて今回の事態を引き起こした貴族令息達の母親。 同じ貴族女性のグループからも「自分たちは子供の教…
勝手に王命を出した時点で第一王子は王位簒奪を企んだものとして処刑が妥当なのに幽閉で済ますなんて親馬鹿ならぬ馬鹿親だなぁ…。 そら国ごと衰退して吸収されますわ。
>ルナティア=ミューラーよ、王命を告げる! 王に相談もせず、勝手に王命を出す…なんと愚かな!
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