第8話 レジで核爆弾発言、その後さらに修羅場
セレナは買い物カゴをノックスに押しつけ、にやりと唇を吊り上げた。
「お会計は――“お兄ちゃん”にお任せね~」
「……」
ノックスは表情を崩さず、黙ってカゴを受け取り、そのままレジへ向かう。
カウンターの店員がちらりと視線を落とす。
カゴの中――レースとサテンが花盛り。
意味深な笑みを浮かべ、問いかけた。
「彼女さんへのプレゼント、ですか?」
ノックスの指先がぴたりと止まる。
翠緑の瞳が、ゆるりと持ち上がる。
そして――
「……悪いか?」
店員:「……っ!」
(えっ、このトーン……否定どころか、挑発!? いや待って、何この彼氏力……尊すぎ……!!)
思わず彼の顔を二度見してしまい――
その冷ややかな視線が、すっとこちらをかすめた瞬間、
心臓が「ドンッ」と跳ね上がる。
「……す、すぐお包みします!」
(恋愛マンガか!? いや、これ実写ドラマでも負けるやつ!!)
ノックスは平然とカードを差し出し、サインを済ませると、
ピンク色の紙袋を提げてレジを離れた。
――ちょうど、その時。
トイレから戻ってきたアリアンと視線が交差する。
ピンクの袋。
高身長の冷徹系美男子。
危険信号、MAX。
アリアンの脳内に、ド派手な字幕が走る。
(こ……これ……ノックスが……セレナの下着を買った!? しかも、超自然に!?)
(や、やだ……無理、心臓が止まる……!!)
茫然と立ち尽くすアリアンに、ノックスが淡々と歩み寄り――
何気ない声音で、爆弾を投げ落とす。
「お前は? 買わないのか」
「っっ!?!?!?」
(な……なななな何をサラッと言ってんのこの人!?)
頬が一瞬で沸騰し、耳まで真っ赤。
慌てて両手を振り、声が裏返る。
「い、いらないっ!! 絶対いらないから!!!」
頭がパニックで、足もとがぐらつく。
そのまま女装フロアへ逃げ込むと、ラックの服をむやみに手に取り、必死に平静を装った。
(……落ち着け、アリアン。そうよ、二人は姉弟――双子なんだから……普通、普通よ……!!)
――けど、胸の奥が、なぜかチクリと痛んだ。
「……あー、無理」
小さくため息を洩らした、その時。
背後から、低く澄んだ声が落ちる。
「それは、お前には似合わない」
「ひゃっ――!?」
アリアンは手にしていたワンピースを取り落としそうになり、慌てて振り向く。
ノックスが、そこに立っていた。
例のピンク袋を手に、表情は相変わらず無機質。
翠緑の瞳が、冷静に服をスキャンする。
「サイズが大きすぎる。……着たら、もっと背が低く見える」
「ひ、低っ……!?」
アリアンの顔に羞恥と怒りが一気に広がる。
「そ、そんなの……あなたに関係ないでしょっ!」
「フッ」
どこからともなく、セレナが悠々と現れた。
腕を組み、紅い瞳に悪戯な光を宿す。
「彼はね、アリアンが変な格好で歩き回ると、うちの家の評判が落ちると思ってるのよ」
「セレナっ!!」
アリアンは顔を真っ赤にして叫び、必死にスカートをラックに戻す。
――だが、ノックスは完全にスルー。
無言で白いニットを取り出し、アリアンの腕に押しつける。
「これを試せ」
「……はぁっ!?」
(な、なにその自然すぎる流れ!? 私、完全に“彼氏に服選ばれてる彼女”じゃないっ!!)
セレナの唇が、ゆるりと弧を描く。
「いいじゃない、こっちの方がよっぽどカップルっぽいわね?」
「っっっ!! セレナァァァァ!!」
アリアンは顔を覆い、地団駄を踏みそうな勢い。
「わ、わたし、別に買う気ないからっ! さっさと日用品買いに行くわよ!」
彼女は二人の肩を押し、必死で話題を変えようとする――
だが。
「――あ、そうだ」
セレナの口元に、悪魔的な笑みが浮かんだ。
「じゃあさ、今度はアリアンがノックスに服を選んであげればいいんじゃない?」
「……え?」
アリアンの動きが、ぴたりと止まる。
「公平ってことでしょ?」(※セレナの言う“公平”=アリアンに精神ダメージ)
セレナは肩をすくめ、返事を待つ間もなく――
片手でアリアンを、もう片方でノックスの腕を掴み、そのまま力技で二人を引きずった。
「はい、決まり! 男物フロアへレッツゴー♪」
(ちょ、ちょっと待って……何その展開!? 無理無理無理――!!)
アリアンの悲鳴が、賑わう百貨店に溶けていった。