第7話 ランジェリー売り場は修羅場でした
【大型百貨店・三階 女性ランジェリーコーナー】
淡いピンクの照明が柔らかく灯り、壁一面にレースやサテンの下着が並ぶ――
男にとっては、まさに地獄級エリア。
「せっかくだし、ちょっと買ってくわ」
セレナが両手をポケットに突っ込み、悠々と店内を歩く。
銀白の髪がライトにきらめき、態度は完全に余裕。
「ま、待って! こ、ここって……ラ、ランジェリー売り場だよ!? ノ、ノックスもいるのに!」
アリアンの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
――が、当のノックスは、微塵も動じない。
周囲のレースの海など眼中にないかのように、買い物カゴを片手に無言でついてくる。
「買うんだろ? さっさと選べ。時間の無駄だ」
「(えっ!? なにその冷静さ!? 恥ずかしくないの!?)」
アリアンの脳がフリーズする。
そんな彼女をよそに、セレナの口角がゆるりと上がる。
「へえ、動揺ゼロね。経験豊富ってやつ?」
「……昔、付き合わされた」
ノックスの声は淡々としていた。
「誰に?」
セレナの紅い瞳がきらりと光る。
「……ま、想像つくけど」
(――カルマが悪ノリで連れ回す絵面しか浮かばない)
「(つ、付き合わされた!? 誰と!? お母さん!? で、で、その時も……選んだの!? えええっ!?)」
アリアンの頭に、謎の光景が爆誕し、頬がさらに熱を帯びる。
――そんな中。
「これにしろ」
ノックスの低い声が、唐突に落ちた。
彼の指が示したのは――黒のレース。
声色は無機質。まるで戦術装備を評価するみたいに、さらりと。
「肌とのコントラストがちょうどいい」
セレナが一瞬、目を瞬かせ――
次の瞬間、口角がゆるりと上がる。
「……ふぅん。わかってるじゃない。コントラスト、ね。
ねえ、ただ“付き合わされただけ”にしては、やけに詳しいんじゃない?」
ノックスの翠緑の瞳が、淡々と彼女を射抜く。
「事実を言っただけだ」
「(ま、待って!? 今の、“セレナに似合う”ってこと!? えっ、この姉弟、なんでこんなに自然なの!? 私おかしくなりそう!!)」
アリアンの思考が、爆発音と共に飛んだ。
セレナは両腕を組み、さらに挑発的に身を寄せる。
「そこまで言うなら――一番似合うの、選んでよ。ノックス坊や?」
「……勝手にしろ。サイズは?」
「見たでしょ? 当ててみなさいよ」
セレナの声が、悪魔的な甘さを帯びる。
「ぶふぉっ!!!」
アリアン、盛大にむせる。
(なに言ってんの!? “見た”!? “当ててみなさい”!? お姉ちゃん、それ放送禁止レベルだからぁぁぁ!!)
セレナはその反応に満足げな笑みを浮かべ――
「どう? アリアンも、ノックスに選んでもらう?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
アリアンは顔を覆い、全力で背を向ける。
「騒がしい」
ノックスが低く吐き捨て、淡々と下着を二、三セット手に取った。
異なるサイズをためらいもなくカゴへ放り込む――まるで洗剤でも買うかのように自然に。
その姿に、セレナの笑みがさらに深くなる。
「はあ、落ち着きすぎでしょ。……彼女の下着選んでる男、みたいよ?」
「試着してこい」
ノックスの声が、淡々と落ちる。
「……は?」
セレナが瞬きをする。
「サイズが合わないと不快だろ。返品は面倒だ。
……お前、面倒事、大嫌いだよな?」
「……っ」
セレナの眉がピクリと動き――
次の瞬間、口角がにやりと吊り上がる。
「へぇ。詳しいのねぇ? 経験、豊富そうじゃない?」
「(け、経験!? 詳しい!? そんなの、どこで!?)」
アリアンの脳がショートした、その瞬間――
――ノックスの脳裏に、ある記憶がよぎった。
【フラッシュバック】
まだ幼いノックスが、うんざりした声でつぶやく。
「……母さん、ここで待ってるから」
カルマの笑みは、相変わらず悪魔的だった。
「ダーメ♡ 男はね、センスを磨くものなの。――ほら、ママに似合うやつ選んで?」
ノックス:「……何で」
カルマ:「パパをびっくりさせるやつよ? ふふっ、ちょっと刺激的なのがいいわね♡」
ノックス:「……(意味わからん)」
(この時点で、俺は悟った。母さんの思考は、理解しようとするだけ無駄だ――)
【現在】
ノックスの瞳がわずかに陰り――
「……常識だ」
「常識!? どこが!? どこが常識なのそれぇぇぇ!!」
アリアンは棚の陰で崩れ落ちそうになり、頭を抱える。
セレナは低く笑い、目を細める。
「じゃ、試着したら――感想、聞かせてあげよっか?」
ノックスの視線が、ゆるりと彼女をなぞる。
「……好きにしろ」
「(す、好きにしろ!? なにそれ!? なにそれぇぇぇ!!)」
アリアンはもう無理だった。
顔を真っ赤にし、買い物カゴを避けるように走り去る。
「わ、私、トイレ行ってくる!!」
――と、その時、耳に飛び込んできたのは、
店員たちの小声。
「ねえ、あのカップル……めちゃくちゃ雰囲気よくない?」
「わかる! 彼氏、超イケメンだし、あのクール感……ヤバい!」
「彼女もモデル体型だし……あれはカップル感、爆発でしょ」
「うわ、尊い~~!」
アリアンの足が、ぴたりと止まった。
(カ、カップル!? 雰囲気いい!? どこをどう見てそうなるのよぉぉぉ!!)
顔が沸騰しそうな勢いで、彼女は全力で逃げ出した。