第6話 ショッピング・トラブル発生!?
【休日の朝・ノックス家リビング】
陽射しが大きな窓から差し込み、木の床に柔らかな光が広がっていた。
ノックスはキッチンの前に立ち、片手に空っぽの牛乳パックをぶら下げ、わずかに眉をひそめる。
「……もうない」
低い声に、淡い諦めの響き。
冷蔵庫の中はがらんどう。卵は一つきり、彼の気分より寒々しい。
ソファに寝転んだセレナが、あくび混じりにスマホをいじりながら言う。
「だから? 別に死ぬわけじゃないでしょ。デリバリーでよくない?」
「一時しのぎにしかならない」
ノックスは冷ややかに返し、冷蔵庫を閉める音が乾いた空気に響く。
「日用品は配送しても一、二日はかかる。歯磨き粉も残りわずか、シャンプーは昨日で切れた」
「えっ……?」
ちょうど階段を降りてきたアリアンが、その言葉に目を瞬かせる。
「そこまで……?」
不安げにノックスを見やり、そっと声を落とす。
「……じゃ、買いに行く?」
「へえ、三人でお買い物? いいじゃない、楽しそう」
セレナが顔を上げ、口角に悪戯な笑みを浮かべた。
「買い物じゃない。補給だ」
ノックスの声は冷たい氷のようで、楽しげな空気を一刀両断。
アリアンはおずおずと指先で服の裾をつまみ、口を開く。
「で、でも……お金、わたし、あまり……」
「私も手元にないわよ。報酬、イアンに預けたまま」
セレナが肩をすくめ、つまらなそうに言う。
「取り戻すには手続きが必要」
「……」
ノックスは無言のまま、ポケットから黒いカードを取り出し、指先でひらりと揺らす。
「心配するな。父さんから渡された決済カードだ。」
さらりと付け加える。
「母さん曰く――本物の“無限リソース魔法カード”だそうだ」
「……無限?」
アリアンの目がまん丸になり、頭に浮かんだのは“伝説”の名前。
――炎。
デビルハンターのヒーローにして、学院の理事長。そしてノックスの父親。
想像した瞬間、背筋がひやりとした。
「へええ」
セレナは目を輝かせ、唇ににやりと笑みを刻む。
「つまり、カード一枚で、なんでも買えるってこと?」
「理論上はな」
ノックスは無感情に答える。
「決まりじゃない!」
セレナがスマホをぱたんと閉じ、勢いよく立ち上がる。
銀白の髪が陽光にきらめき、声は高らか。
「――出発よ、ショッピングタイム!」
「待て」
ノックスの手がすっと伸び、セレナの動きを止める。
翠緑の瞳が冷ややかに光った。
「まずリストを作る。買うのは生活必需品だ。お前の暴走リストじゃない」
「……は? あんた、ノートでも持ち出す気?」
セレナが鼻で笑うと――
「そんな面倒なことはしない」
ノックスはさらりとスマホを取り出し、指を滑らせながら淡々と言い放つ。
「メモアプリで十分だろ」
「チッ……思ったより現代的ね」
セレナは肩を竦め、ふてくされた笑みを浮かべる。
「……どこかの原始人と違ってな」
ノックスの言葉は淡々、しかし棘が刺さる。
「誰が原始人よ!?」
セレナの声が跳ね上がる。
「え、えっと……わたし、手伝おうか?」
アリアンがそっと口を挟むが――
「必要ない」
ノックスが鋭い視線を投げ、平然と告げる。
「お前は――“誰か”に余計なものをカゴに突っ込ませないようにしてくれ」
「“誰か”って誰のことよッ!」
セレナが机を叩き、紅い瞳に火花を散らす。
その様子に、アリアンは思わず吹き出しそうになり、小さく笑みを零す。
「ノックス……なんか、主夫みたい」
「……もう一度言え」
ノックスの声が低く落ち、目が細められる。
「な、なんでもない!!」
アリアンは慌てて首を振り、心の中で絶叫。
(あああああ! なんで今そんなこと言ったの私!!)
◆
買い物リストを作り終え、ノックスが短く告げる。
「――行くぞ」
「ちょっと、どうやって? 車、持ってるの?」
アリアンが恐る恐る尋ねると――
「ない」
ノックスは即答し、指先で画面をタップ。
「配車アプリ。五分で到着」
「……冷淡すぎる効率」
セレナは大げさに肩をすくめ、アリアンに片目をつむる。
「ねえ、見た? この人、ツッコミの間合いすら省略よ」
アリアンはつい、くすっと笑ってしまう。
――けれど、その胸は、妙に高鳴っていた。
(……ノックスと一緒に出かけるの、初めて……。
しかも買い物って……なんか、デートっぽくない……?)
頬に熱が差し、耳まで真っ赤になったアリアンは、慌ててバッグの中を漁り始める。
◆
【大型ショッピングモール・正面口】
高いガラスの天井、まばゆい光、きらめく電光掲示板――
目の前に広がるのは、都会的な光景そのものだった。
「で、どこから回るの?」
アリアンがおずおず尋ねると――
「必需品から」
ノックスは迷いなく答える。
「退屈な男」
セレナが肩を竦め、唇ににやりと笑みを浮かべる。
「せっかく百貨店に来たのに、“重点エリア”をスルーなんて」
「……重点?」
ノックスの眉間に皺が寄る。
「決まってるでしょ――ランジェリー売り場!」
セレナは堂々と宣言し、横目でアリアンを覗き込む。
「ちょうどいいじゃない? アリアンも、そろそろ新しいの買った方がいいわよね?」
「えっ――――!?」
アリアンの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「そ、そんなのいいよ! まだ……まだ使えるし……!」
「何言ってんの、女の子の嗜みよ」
セレナは問答無用でアリアンの肩を抱き、ぐいっと引き寄せる。
「ほら、行くわよ。あんたも目の保養でしょ?」
「ちょっ、ちょっと待ってセレナ!!」
アリアンは悲鳴を上げ、必死に足を踏ん張るが、セレナの腕力に抗えない。
「……本気で邪魔しに来たのか、お前ら」
ノックスは片手をポケットに突っ込み、深いため息を吐いた。
「うるさい、荷物持ちは黙って従えばいいの!」
セレナは勝ち誇ったように言い放ち、唇に悪魔的な笑みを浮かべる。
――この後、さらなる修羅場が待っているとは、まだ誰も知らなかった。