第4話 朝食テーブルは修羅場だった
朝の陽光が大きな窓から差し込み、ダイニングテーブルに柔らかな輝きを落とす。
ガラスのコップがきらりと光り、トースト、ベーコン、ホットミルク――そして黄金に焼かれた卵が整然と並んでいた。
ノックスは黒のルーズなTシャツ姿。
袖を軽く折り、引き締まった腕が無造作に露わになっている。
ナイフとフォークを動かしながら、淡々とスマホを見つめる姿は、どこまでも冷ややかで、近寄りがたい気配を放っていた。
対面に座るアリアンは――とにかく、顔を上げられない。
手にしたナイフとフォークが震え、皿の上でカチカチと音を立てる。
(どうしよう……! 初日からあんなこと……!
しかも、しかも……)
脳裏に蘇る、あの光景――
蒸気に包まれた肌、くっきりした筋肉のライン、そして――。
(ああああ! ダメ、考えちゃダメ……息できない……!)
――その時だった。
「ねえ」
空気を断ち切るような、ゆるやかな声。
セレナがトーストをかじりながら、ちらりとアリアンへ視線を投げた。
その紅い瞳に、悪戯の炎が宿る。
「アリアン、バスルーム……どうだった?」
「ぶっ――!?」
アリアンは盛大にミルクを噴きそうになり、ゴホゴホと咳き込む。
「な、なにも……ただ、ひ、広かっただけ……!」
「ふぅん、“広かった”んだ?」
セレナはわざと声を引き、ゆっくりとトーストを置く。
細い指でカップをなぞりながら、にやりと笑った。
「どの部分が……“大きかった”のかしら?」
「なっ――!!? な、なに言ってるの!? バスルームよ! 他に何があるのよ!!」
アリアンは真っ赤な顔で、ほぼ絶叫。
「へえ? ふふっ……」
セレナの笑みがさらに深くなる。
「でも、その言葉――別の意味でも、ピッタリよね?」
「っっっ!!!」
アリアンの羞恥ゲージが一気に振り切れた。
耳まで真っ赤になり、息も絶え絶え。
その時、低い声が――食卓を震わせる。
「……朝から騒ぎすぎ」
ノックスがスマホをテーブルに置き、ようやく視線を上げる。
翠緑の瞳が、冷たくふたりを射抜いた。
「朝飯で戦争すんな。それと――“大きかった”って、なんの話だ?」
「な、なにも!!!」
アリアンはパニックで首をぶんぶん振る。
セレナは肩を竦め、わざとらしいため息を吐いた。
「本人に聞けばいいじゃない」
紅い瞳が、ゆっくりとノックスへ。
「ねえ、ノックス。あんた、自分のどこが一番“大きい”と思う?」
「――翼だ」
ノックスは一拍も置かず、事実を淡々と告げる。
翠緑の瞳が、朝の光にきらりと光る。
「母さんのより、ずっと大きい」
セレナの目が一瞬見開かれ――そして、挑発的な笑みが浮かんだ。
「ふぅん……今の、自慢?」
「ただの事実だ」
ノックスは最後の卵を切りながら、低く続ける。
「それに……」
その視線が、意味深にセレナへ。
「――お前が、一番よく知ってるだろ? 全部、見てたんだから」
「……!」
セレナの喉が小さく鳴る。
だが次の瞬間、壊れたように笑い声を漏らし――
「……ホント、平然と言うのね」
ノックスはそれ以上言葉を返さず、牛乳を一口。
表情は淡々と、相手の殺気を軽く受け流す。
セレナは紅い瞳を細め、アリアンへと視線を向けた。
羞恥で今にも蒸発しそうな少女に、甘い毒をひと滴――。
「でも、アリアンも気になってるんじゃない? 昨夜、ずっと見てたし」
「み、見てない!! 全然見てないから!!!」
アリアンは半泣きで叫び、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「もう無理! ごちそうさま!!」
そのまま三階へ猛ダッシュ。
「バタン!」と扉が閉まり、家全体が小さく震える。
……静寂。
セレナは牛乳をひと口、唇に笑み。
「――逃げ足、早いわね」
ノックスは顔も上げず、淡々と吐いた。
「……お前、暇だろ」
「退屈かどうかなんて、関係ないわ」
セレナは唇に笑みを残し、紅い瞳を細めた。
「だって――こんな面白い朝食、なかなかないもの」
その言葉に、ノックスの手がピクリと動く。
フォークが、きゅっと金属音を響かせて歪んだ。
「……黙れ」