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第3話 扉の向こうの修羅場予告

 ノックスは椅子に腰掛けていた。

 肩にまだ水滴が残り、濡れた紅髪が首筋に貼り付く。

 手に持ったタオルで髪を無造作に拭いながら、身に着けているのはダークカラーのイージーパンツだけ。

 鍛え抜かれたラインが灯りに浮かび上がり、冷ややかな色気を放っていた。


 扉にもたれていたセレナが、腕を組み、声を投げる。

「あんた、わざと鍵かけなかった? それとも、タダ見させる趣味でもあるわけ?」


 ノックスは視線を上げず、淡々とした声で、髪を拭く手を止めない。

「自分の家で風呂に入るのに、侵入者を気にしろってか?」


「ふん。よく言うわね」

 セレナの口元に、挑発的な笑みが浮かぶ。

「でも――さっきの子、耳まで真っ赤だったわよ? 感謝しなさい。あんたの存在感、私が上げてあげたんだから」


 タオルの動きがわずかに止まり、ノックスはようやく翠の瞳を上げた。

 その視線は冷ややかで、唇の端に薄い笑みを浮かべる。


「……じゃあ、あんたも見に来たってことか?」


 セレナの頬がぴくりと引きつり、声を鋭くする。

「誰が!? 私はただ、この家が――あんたのせいでハーレムみたいにならないか心配で――」


 ノックスが、ふいに立ち上がった。

 タオルを椅子に放り、すっと一歩近づく。

 視線は真っ直ぐで、低く落ち着いた声が彼女を射抜いた。


「で、見て満足したか?」


 胸が、不意に跳ねた。

 セレナは心のざわめきを押し殺し、強気な笑みを崩さず言い返す。


「……まあ、悪くないわね。想像より、ずっと締まってるじゃない」


 ノックスは片眉を上げ、唇に皮肉を滲ませる。

「想像、ね。考えたことがあるんだ?」


「……っ!」


 奥歯を噛みしめる音が聞こえそうだった。

 頬に微かな熱が差す――それを悟られまいと、彼女はぷいと顔を背け、早口に言い捨てる。


「さっさと服着なさい! 今はあんた一人の家じゃないんだから! その格好でうろつくな!!」


「わーってるよ」

 ノックスは肩を竦め、面倒そうに返す。

「じゃあ、あんたも出ろよ。……長くいると、ホントに慣れるぞ」


「っ……!」

 セレナは唇を噛み、猫みたいに毛を逆立てた背中を見せて、勢いよく部屋を出た。

 ――その背に、ノックスの視線は追わなかった。


 その頃――

 アリアンは、自室のドアの裏に背を預けていた。

 胸にはまだ、さっきの衝撃が生々しく残っている。


 ――大丈夫、大丈夫。ただの事故。忘れよう……!


 頬は茹でダコみたいに真っ赤で、指先まで熱がこもる。

 頭をぶんぶん振りながら、彼女は心を落ち着けようと深呼吸した。


 勇気を出してドアを開け、廊下に足を踏み出した――その瞬間。


「……見て、満足したか?」

 二階から響く、低くて甘い、男の声。

 その一言が、アリアンの鼓膜を直撃した。


(……な、なに……満足……って……!?)


 ――パチン。

 脳内で理性の糸が切れる音がした。

 次の瞬間、修羅場級の妄想が暴走を始める。


【脳内シナリオ Ver.1】

 セレナ「……ふふ、案外悪くないじゃない」

 ノックス「もっと近くで、見るか?」

 セレナ「――あら、手加減なんてしないわよ?」


(な、ないないない! そんなわけ――!)


 必死に否定するが、耳に飛び込んできたのは、さらに破壊力のある言葉だった。

「服着ろよ! 今、家にあんただけじゃないんだから!」


 ――バキィン!!

 理性ゲージ、完全崩壊。


(服……着ろ……!? なにそれ、なにそれなにそれなにそれ――!!!)

 アリアンの脳裏で、新たな映像が点滅する。


【脳内シナリオ Ver.2】

 セレナ「もう……ほら、タオル!」

 ノックス「……さっき、ガン見してたよな?」

(BGM:ピンク色の泡+心臓ドラム)


「だ、だめ……想像しちゃ……!」


 声にならない悲鳴を押し殺し、アリアンは階段から転げ落ちそうになりながら三階へ猛ダッシュ。

 ドアを「バンッ!」と閉め、ベッドに飛び込み、枕を抱えて転がる。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 真っ赤な顔を埋め、声を殺して絶叫する彼女の脳内では――

 ノックス×セレナの“危険すぎる脚本”が、エンドレスで再生されていた。

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