タイトル未定2025/05/23 16:09
私の職業は占い師でございます。
実は冗談半分で友人と始めたのでこざいますが……当たると評判になりまして、学校帰りにこの“占いの部屋“で仕事をしております。
学校と申しましたのは、私も友人もとある高校に在籍中でして、私と致しましてはこちらが本業で構いませんし、学校など辞めてしまいましょうと提案させていただいたのですが、友人がそれは絶対にダメ!だそうですので……一応高校生なのでございます。
「先生、そろそろ相談者をお通ししますがよろしいですか?」
「どうぞ」
この部屋に居る間、友人は私を先生と呼びます。
名前でいつも通り呼んで下さってよろしいですよ、と言ったのですが、こういった場所は雰囲気も大事だとかで、アシスタントはちゃんと先生って呼ばなきゃダメ、なのだそうです。
「どうぞこちらにお座り下さい」
目の前のイスを勧めて、小さな机を挟んで向き合うと、彼は落ち着かないご様子で目がキョロキョロとさ迷っていらっしゃいましたので、
「占いは初めてでいらっしゃいますか?ご安心下さい。外には聞こえませんし、決して情報が漏れませんよう、お名前もこちらのホワイトボードに書いて頂き、ご自分で消して帰って頂きます」
「えぇっ!どうして初めてだなんてそんな事判るんですか!?」
これ位はどなたでも判ると思うのですが……。
摩耶様に、そこは説明いらないから、にっこり笑えばOK。と言われておりますので、微笑みを返しますと、皆様少し落ち着きになられます。流石摩耶様、素晴らしいご指導です。
「では早速占って参りますので、こちらに名字は結構ですので、下のお名前と生年月日をお書き下さいませ」
「は、はい!」
隆史……20XX、5、12
「タカシ様でよろしいですか?」
「そうタカシ」
「26才……恋愛相談ですね」
「……実はどうしても振り向いて欲しい人がいるんだけど」
「余り背伸びはしない方がよろしいかと……ご自分磨きをされてみては如何でしょう?」
「背伸びって……俺まだ何も……」
「今あなたは彼氏、又は旦那様のいらっしゃる方に思いを寄せているのではありませんか?しかもあなたご自身彼女がいらっしゃるように思われますが?」
「えぇぇっ……どうして」
「あなたの別の心が私に語りかけてくれているのです。悩んでる。彼女より好きな人がいる」
入口でお答えになられたアンケートが事前情報となっているのですが、何故か殆どの方がお気づきになられません。上手く直接的な言い回しを避けている、摩耶様の質問が良いのだと思います。
摩耶様は好都合だから、種明かししちゃダメよ、と仰います。
騙しているようで気がひけるのでございますが、摩耶様のご意見はいつも的を得ていらっしゃるので、気にしない事にしております。
「少し落ち着かれて、ご自分の魅力をより素晴らしく磨き抜かれたその時、本当の愛が見える筈です。彼女なのか、今惹かれる女性なのか。ご自分ではっきりと答えが見える事でしょう」
「相手が既婚者でも?」
「その時が来れば……既婚者ならば奪ってでも成就する……ですが、現時点では成就致しません。ひと月。ご自分に鞭打って、お仕事に没頭してみて下さいませ。必ず答えがやってきます。もし迷われたなら、その時は又いらして下さいませ」
「連絡取ったりして大丈夫?」
「普段通りになさって大丈夫ですよ。ただ、迷いを一度捨てて、仕事に集中なさって下さい。スキルアップの為にお勉強される事も宜しいでしょう。周りの信頼を得て、ご自身にも自信が得られた時、あなたは答えを見いだす筈です」
「わかりました。少し頑張ってみます。丁度昇進試験があるので、頑張ってみます」
「あなたに神の御加護を授けます。手をお出し下さい」
気持ちが落ち着かれたのか、とても素直に両手を差し出されて、
「それでは水をすくうように、決してこぼさないように、お受け取り下さいませ」
「はい」
私が念じる間ジッと手を見つめていらっしゃいました。
余り意味の無い儀式なのですが、お心に言い聞かせられたり占った事を思い起こされたりと、皆様この時間で覚悟を決めて行かれます。
「それでは最後に先程書いて頂いたお名前を消して下さいませ」
「はい」
ホワイトボードを丁寧に消して、
「ありがとうございました」
少し自信を持って帰って行かれました。
「本気で既婚女性の事が好きになっちゃったんだね」
「そのようですね」
「どう思う?」
「きっとよく考えられて、好きな方を選ばれると思います。お相手も彼を旦那様より今は愛されているのではないかと思います。問題はお相手にお子様がいらっしゃるかどうか……」
「……じゃ、これ次のアンケート」
色んな方がいらっしゃいますので、色々と考える事はありますが摩耶様はいつも出来るだけ深く考えないようにされていらっしゃいます。
「ありがとうございます。又、恋愛相談ですね」
「うん。アチコチの占い梯子してるっぽいね」
「ご自分の都合の宜しい答えを探していらっしゃるのでしょう」
「厄介なタイプだね」
「そうでもございませんよ……お通し下さいませ」
「うん。分かった」
こうして、少し打ち合わせをして相談者をお通しする事もあります。
こういった答えを求めていらっしゃる方はご無理な相談が多いので……。
「先生、次の方です。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀されて入って来た女性は、騙されないからね、と言うお顔をしていらっしゃいました。
なのにどうして占いをしにいらっしゃるのでしょう?
「こちらへ掛けて、ホワイトボードに名字は結構ですので下のお名前と生年月日をお書き下さいませ」
余りお上手とはいえない癖字で書かれた文字からも、彼女の性格が見て取れます。
大概の方は、できるだけ丁寧に字を書かれますので、投げやりに書かれた彼女は、来たくて来たのでは無いと、文字で示されたのでございます。
悠香……20XX年5月8日
「ハルカ様とお読みして宜しかったでしょうか?」
「ええ。ハルカよ」
「ご相談を詳しくお聞かせ下さいますか?」
「アンケートまで書かせたんだから先に当ててみなさいよ」
「では僭越ではございますが、占いを始めさせて頂きます」
「はぁ?本気?」
「はい。占いとは当たるも八卦当たらぬも八卦にございます」
「バカにしてるの?」
大声でお叱りになるのも覚悟をしておりましたが、彼女は静かに泣きそうな声で反論されました。
「いいえ。占いとは、信じるも、信じないもご本人次第なのでございます。どれか一つ、お心に決めて、未来を強気でお進み下さい」
ジッとこちらを見たまま、彼女はこちらを窺っているようでございます。
「まず、悠香様は人付き合いが苦手でいらっしゃいますね?困った方が何人か周りに見えます。その方々と一旦距離をお取り下さい。お住まいを移られるのも宜しいかと」
「引越しなんて論外。それに、それが職場の人間で、仕事も休めないとしたら?」
「お仕事上のお付き合いだけになさって下さい」
「それが難しいから聞いてるのよ」
「簡単でございます。大きな仕事を任されていらっしゃいませんか?」
「えぇ……チーフにはなったけど…そのせいで面倒が増えたわ」
「その方々にもしっかり仕事を割り振られて、ご自分は情報収集にお出掛け下さい。顔を合わす事が最小限で済みます」
彼女は少しお考えになられてからこうお答えになられました。
「そうね……幾つか任せたい仕事があるわ」
「次に彼の事でございますが……」
「待って。詳しく話すから聞いて」
「ハイ。お願い致します」
少しご信頼頂いたようでございます。
「会社の上司なの……勿論独身の……それと、大学時代の元彼が……」
「お好きなのですね、彼が。ちゃんと、しっかりご自分を見て頂けるよう、恐れずに仰ってみて下さいませ。彼もそれを待っていらっしゃる筈です。言い寄って来られる方とは、やはり距離を置くべきでございます」
「簡単に言うのね」
「まだお若くていらっしゃるんですもの。全てが勉強だと割り切られるとお心が軽くなりますよ」
「あはは。占い師のクセにいい加減!」
「いいえ、占い師だからでございます。私は進む道の一つを示すだけでございます。別の道を進むのも又、その方の人生にございます。間もなく、あなたは強運期に差し掛かります。是非強気でご選択下さい」
星の位置を確認して、ハルカ様にもご確認頂きます。
「ありがとう。ちょっと吹っ切れた気がするわ。変わった占い師さん」
穏やかなお顔になられた彼女は、きっと素晴らしい道を選ばれる事でしょう。
「それではあなたに神の御加護を授けます。手をお出し下さい」
「はい」
「水をすくうように、決してこぼさないように、お受け取り下さいませ」
両手を差し出して、目を閉じられて、
「大丈夫」
と何度も口を動かされていらっしゃいます。
「では最後に、ホワイトボードにお書きになられたお名前を消して下さいませ」
静かにホワイトボードを受け取って、ゆっくり、丁寧に、微塵も残す事なく消されます。元々、几帳面な方なのでしょう。
「又迷ったらここへ来るわ」
「はい。お待ちしております」
後は振り向かず、部屋を出て行かれました。
「先生流石~。又顧客が増えた♪で、彼ってどっち?」
「私にもわかりません」
「えっ!?わかってるもんだと思ってた」
「多分今彼さんだとは思いますが……断定しないからこそ当たるのでございます」
占いとはそう言うものなのでございます。
「したり顔でまぁ……恐れ入りました」
摩耶様が少しおどけられて、
「先生、次の方のアンケートでございます」
私の口調を真似られます。
「あら……先生……」
「先生?学校の?うわっホントだ!マズいな」
我がバイト禁止でございます…お話を始めたばかりでございますが、部屋の危機でございます。
「それにしても…どの先生だろ?」
「そうですね…」
お名前は部屋に入られてからお書き頂くので、今判るのは職業欄に律儀に記入された"鴎琳高等学校教諭"と、性別が"女性"である事だけにございます。
「アンケート受け取ったアルバイトの子に聞いてみる?」
「いいえ、それより摩耶様は私と同じように顔の隠れるお衣装を着けられた方が宜しいかと…」
見知った方がいらっしゃるといった場合も想定して、私はいかにも怪しい、目元しか見えない衣装を着けておりますが、摩耶様は派手目のお化粧で十分と仰って、お顔を隠していらっしゃいません。
「そうね…念には念を入れておくわ」
「ハイ。では摩耶様のご準備が整いましたらお通し下さいませ」
「わかった。声色も少し変えてみるかな…」
雰囲気に飲まれて、お気づきにならない事が多いのでございますが、摩耶様は学生生活をエンジョイされたいとの事ですので、お客様が学校の先生となると気をつけて、念には念を入れなければなりません。
「これ程丁寧にお答えになられるなんて、本当に律儀な方ですね。字も本当にお綺麗です…もしかしたら、書道の…」
「先生、次の方です」
少し低めのトーンにしっかり声色を変えていらっしゃいます。やはり、見知った先生と言う事でございましょう。
「お通しして下さいませ」
「お願い致します」
深々とお辞儀されて入っていらっしゃった方は、間違いなく書道のご指導を頂いている先生でございます。
「こちらにお掛け下さいませ」
「失礼致します」
「では、こちらに名字は結構ですので、下のお名前と生年月日をお書き下さいませ」
和葉
平成☓年6月23日
「かずは様ですね。お仕事のご相談で宜しかったでしょうか?」
「はい…多少人間関係に疲れまして…このまま続けていいものかと」
生徒からの評判も確か宜しかったと思っておりましたが…やはり先生とは難しいお仕事なのでしょうか。
「もしかして、最近、恋愛の方でも滞りがございませんか?」
「遠距離なので、そちらは諦めています」
「大丈夫でございますよ。お仕事の人間関係の流れが良くなれば、恋愛にも流れが回ります」
「そうですか。どうすればいいのかしら?」
お顔からは、辞めたい、投げ出したいと言っていらっしゃるのが判ります。
「学校の先生でいらっしゃるのですね」
「ええ。出来れば相談なんてしない方がいいのでしょうけど…自分の精神状態を保つ自信がなくなってしまって」
「教師も一職業です。他の職業であっても、教える立場の方は沢山いらっしゃいます。特別ではございません。ただ、教育現場と言う所は学校しか知らない先生方が多いのは確かでございましょう」
教師という職業は、学校を出て学校に就職されていらっしゃいますので、学校と言う集団しか知らない先生方がほとんどなのでございます。
「指導の仕方が、前任者と違うと言う事で指摘を受けたり、若いと言う事で他の先生方から指導を色々と」
「和葉様なりの進め方を否定されたようなご指導と言う事ですね」
「ええ」
「一つの授業の中で、両方のやり方を試してみてはいかがですか?今和葉様は転換期に差し掛かっていらっしゃいますので、色んなやり方を試されるには一番いい時期にございます。その中で、和葉様なりのやり方を改めて示されてみてはいかがでしょう。まずは、人を受け入れる事が大事です」
「受け入れる…」
「ハイ。耳を傾け、受け入れて、消化なさって下さい。今の和葉様の星廻りなら難なくこなせると思いますよ」
自信を持って頂きたいものです。書道では、大きな賞を何度も受賞されていらっしゃると聞いております。
「それだけでやって行けるかしら?」
「大丈夫です。周囲の協力の暗示も出ております。又、愛する方の寛容な愛も感じられます。ご相談なさってみてはいかがですか?先にも申しましたが、恋愛にも流れが来る筈です」
一つの流れが生まれた時、全ての流れが一度に出来るものでございます。
「でもまだ恋愛は進めたくない自分もいるの」
「お仕事を楽しんでいらっしゃるのですね」
「色々あるんだけど、学生達が可愛くて。出来ればまだこっちに集中していたいの。でも、彼も失いたくない…出逢いなんて、この先期待出来ないし」
「出逢いはまだまだ沢山ございますよ。彼しかいらっしゃらないかどうかは、彼に相談してみて、受け入れて頂けるか、真剣になって下さるか、見極められてはいかがでしょう?」
「受け入れるって大事な言葉なのね。人間関係にとって」
「その通りにございます。全てを一旦受け入れ、消化し、吸収する。人の営みはそれに尽きるのでございます」
「なる程ね…」
「何事も冷静になり、熟考すれば答えは自ずと見えるものなのでございます。答えを焦ってはなりません。運気が見方しておりますし、和葉様の未来はとても輝いております」
「ありがとう。ゆっくり心の整理をしてやってみるわ」
先生にこれ以上占いは必要ないでしょう。
「あなたに神の御加護を授けます。手をお出し下さい」
お心をお決めになられた先生のお顔は自信に満ちられていらっしゃいます。
「それでは水をすくうように、決してこぼさないように、お受け取り下さいませ」
手のひらを見つめて、静かに私の言葉に耳を傾けて、念じ終わると大事に胸に両手を押し当て、素敵な笑顔で
「舞羅さんありがとう」
と、帰って行かれました。
「ねぇ、今『森羅』じゃなくて『舞羅』って言ったよね?」
「知っていらしたようですね…」
森舞羅。私の名前にございます。占い師の名前は縮めて森羅と申します。
「大丈夫かなぁ…」
「大丈夫でございましょう。素敵な先生でございますから」
本日もまだまだ沢山の方々がご相談をお持ちになられます。若輩者ではございますが、ほんの少し、あなた様のお力になれますように努めさせて頂きます。
あなたに神の御加護がありますように。