異世界に召喚されました~オートミールのオムライスを添えて~7
椛音にオートミール、殿下にトマトを任せている間に、俺は玉ねぎなどのケチャップライスの材料を刻んだ。
「椛音、ありがとう。交代しよう」
材料を刻み終えたので作業を交代しようと椛音に声をかけたのだが、すでにボウルにはこんもりとすり潰されたオートミールが盛られていた。それを目にして、俺は目を丸くする。
「……ちょっとすり潰しすぎじゃないか? もうじゅうぶんだぞ」
……椛音の作業要領がいいのかな。ずいぶんと綺麗な粉になっているが、うちの姪ってこんなに馬鹿力だっけか。
「ええ〜。楽しくなってきたから、もっとすり潰したいなぁ。余っても別の料理に使えばいいでしょ? オートミールパンケーキとか、オートミールのリゾットとか。うう、パンケーキ食べたくなってきた!」
椛音はオートミールを高速ですり潰しながら、今にもよだれを垂らしそうな顔になる。
いや、その速度はおかしいだろ! もしかして、勇者の力とかなんとかなのか!?
椛音の手元をしばらく見つめたあとに……。俺は考えることを止めた。
「今日のおやつに、オートミールパンケーキを作ろうか」
「ほんと!? 張り切ってすり潰すね!」
椛音は表情をぱっと輝かせると、オートミールをすり潰す速度をさらに速めた。
「ショウ。このトマトはいつまで火を通せばいいんだ?」
服にトマトが散るのが嫌だったのだろう。いつの間にかエプロンを装備したアリリオ殿下が、声をかけてくる。
俺は殿下のもとへ行くと、横から鍋を覗き込んだ。ふむ、かなりトロトロになっているな。
「そろそろいいと思います」
「そうか! まったく……腕が疲れたぞ」
アリリオ殿下はふうと息を吐くと、バトンを渡すようにこちらにヘラを渡す。
この王子様は武闘派ではなく、もやしっ子らしい。
「ありがとうございます、殿下」
「ふん。これくらいなんでもない」
礼を言えば、殿下は頬を赤らめながらつんと顔を逸らした。
「さて、と」
アリリオ殿下に煮詰めてもらったトマトをこし器を使って丁寧に裏ごししてから、ニンニクなどを煮詰めた液体を濾しつつ入れる。軽くかき混ぜてから鍋に戻し、酢、砂糖、塩胡椒を加えて味を整えながらまたしばらく煮詰めれば……。
手作りケチャップの完成である!
味見をすると酸味と甘さの調和がよく取れている。うん、上手くできたんじゃないのか?
「は~いい匂いがする~。ミートソースパスタの匂いだ」
いつの間にか隣に来ていた椛音が、すんすんと空気を嗅ぐ。
「ミートは欠片も入ってないけどな。オートミールは?」
「ひと袋分ぜんぶすり潰した! ミートソースパスタも食べたい!」
「はいはい、パスタは今度な」
横目に見ると、ボールいくつ分かのオートミールの小山が出来ている。
この姪は、一体何キロのオートミールをすり潰したんだろうな。
城のコックを驚かせてしまうかもしれないが、勇者様のやったことということで大目に見てもらおう。
「さて、オートミールの米化をするか」
オートミールは少量の水と一緒に火にかけることで、もちもちとした食感に変化する。
それは世間では『米化』と呼ばれている。
実際のところ米とはだいぶ食感が違うのだが、米化によってオートミールは数倍食べやすくなるのだ。これは日本人がもちもちとした食感のものが好きだからだろうなぁ。
米化オートミールと鮭フレークを混ぜておにぎりを作っても美味しいんだよな。うう、食べたくなってきた。
「椛音。洗いものをしてもらっていいかな?」
「はいはーい。アリリオ、一緒に洗おう?」
「なっ! 僕を呼び捨てか!?」
「お鍋は私が洗うから、アリリオはほかのを洗ってね」
椛音は殿下をぐいぐいと引っ張り、洗い場へと連れていく。
うーん、我が姪は物怖じをしないな。
そんなことを思いながら、フライパンにオートミールと水を入れて火にかける。
「……こんなもの、わざわざ手を汚さずとも浄化魔法で済ませればよいだろう」
アリリオ殿下は呆れ顔でぱちりと指を鳴らす。すると流しに置いていた洗い物が、丁寧に磨き上げられたように綺麗になった。すごいな、汚れひとつ見当たらない。これが魔法というやつなのか。
「わぁ! なにこれ!」
椛音が、ピカピカの食器を目にして瞳を輝かせる。
「これくらい当たり前──」
「アリリオって、すごいんだね!」
満面の笑みを浮かべながら、椛音が手を握った瞬間。
アリリオ殿下の白い頬が、真っ赤に染まった。
……叔父さん、人が姪に恋をする瞬間を見ちゃったらしいよ。