姪の旅立ち、叔父の開店12
キッチンに立ち、改めて設備を眺める。
王宮のものと遜色ない設備をアリリオ殿下が用意してくれたので、戸惑うことなくすんなり調理に入れそうだ。
調理器具はルティーナさんが使いやすい形で配置してくれており、その細やかな心遣いに俺は内心舌を巻いた。
「さて……」
ボウルを手に取りそば粉、塩、水を入れてから、しっかりとへらを使って混ぜ合わせていく。
ガレットを作るのは久しぶりだ。『あっち』にいた頃は休日の昼に作ったりしていたんだが、『こっち』に来てからは作る機会がなかったからなぁ。
「どうですか? できそうですか?」
目をキラキラさせたパルメダさんが、俺の手元を覗き込んでくる。
「ふむ。……生地ですね」
そしてまだ生地を混ぜ合わせている段階だと知ると、しょんぼりとした表情になった。
「パルメダさん、さすがに気が早いですよ。混ぜ終わっても、生地を最低でも三十分は寝かせなきゃいけないですし」
苦笑して言いながら、溶いた卵を追加してさらに生地を混ぜる。
パルメダさんは「そんな……」とつぶやきながら、がくりと肩を落とした。
「三十分、寝かせる……。寝かせず焼いたらダメなんでしょうか?」
「うーん。寝かせずに焼いても作れますけど、寝かせた方が美味しくなりますよ?」
寝かせないと水分が生地に浸透しないので、上手く伸びづらかったりするんだよなぁ。それはそれで、不味くはないんだが。どうせなら一番美味しい状態のものをお出ししたい……というのは料理を作る側のエゴだろうか。
「ぐぬぬ……」
「パルメダ卿」
悲壮感が漂う表情で歯を食いしばるパルメダさんの肩を、ルティーナさんがぽんと叩く。
「神もおっしゃっています。『空腹を我慢したあとの方が、食事は美味しくなる』と」
そして、後光が見えそうなくらいに神々しい表情で格言のようなことを言った。
よくよく見たら口の端からよだれが垂れそうになっているのは、見ないフリをしておこう。
「ルティーナ殿……!」
パルメダさんはルティーナさんの言葉を聞いて、感動したという表情になり瞳を潤ませる。
彼女が言った格言は、元の世界の『空腹は最高のスパイス』というやつに似ている。
神の言葉としてそんな格言が残っているなんて……もしかしてルティーナさんが信仰する神様も食いしん坊だったりするのだろうか。そんな不信心なことを、俺は考えてしまう。いつか罰が当たらないといいな。
「では、今少し! 今少しだけ待ちますから!」
こちらを指差しつつ言うパルメダさんの背中を、ルティーナさんがくすくす笑いながら優しく押す。
そんなふたりの姿は、まるで仲睦まじい姉妹のようだった。
……本当なら姉弟と言うべきなんだろうが、パルメダさんが美少女みたいなお顔なので姉妹にしか見えないんだよなぁ。
「では、のちほど美味しいものを食べましょう!」
荷物の整理に戻る二人に、俺は軽く手を振りつつ声をかける。
そして生地の入ったボウルに布を被せてから、寝かせるために冷蔵庫に入れた。
……こういう時、気密性が高いラップがほしいなぁとしみじみ思う。
この世界のどこかに、代用品があったりするのかな。王宮になかったのだから、あったとしてもかなり探さないとならないのだろうなぁ。椛音が旅の途中で見つけてきたりしないかな。
「さて……」
冷凍、冷蔵品以外の食材は外の倉庫にあるんだっけな。
トッピングがジャムだけでは無限の胃袋を持つ二人には物足りないだろうし、ほかのトッピングも作らないとな。




