姪の旅立ち、叔父の開店8
「あ……」
卵の割れ目から覗く、金色の目。縋るように俺を見つめるそれを見つめ返しながら、俺は小さく息を漏らした。
『卵生ではじめて見たものを親と思う習性がある』
同時に、先ほどの『鑑定』で得た知識が脳裏に蘇る。
卵の中の幼竜は俺のことを『親』だと認識してしまったのだろうか。そんなことになっていたら、俺はどうすればいいんだ?
思考している間にも卵の殻は割れ、内側から赤……というよりもピンク色の皮膚を纏った爬虫類の頭が現れる。二十センチほどのサイズの幼竜はその全身を現すとお尻をふりふりと振り体についた卵の殻を振り払ってから、金色の大きな瞳をこちらに向けた。
「な、なんて可愛いんだ!」
ついつい、そんな言葉が口から零れる。もともと、爬虫類は好きなんだよなぁ。
俺の膝の上にちょこんと乗った幼竜は、二足歩行のレオパードゲッコーに小さな羽根が生えている……という感じの容貌だ。そんな生き物が懸命にこちらを見ているのだから、可愛いと思ってしまっても仕方がないと思う。
「ショウ殿。孵化してしまいましたが、それはどう調理するのですか?」
ルティーナさんが、最後のサンドイッチを頬張りつつ訊ねてくる。そんなルティーナさんを、パルメダさんが恨みがましい目で見つめていた。
……二人がじゃんけんで、最後のひとつを争っているのが視界の端に見えてはいたが。ルティーナさんが勝ったんだな。
食欲に満ちた目で自分を見ているルティーナさんに気づいた幼竜は、俺にぎゅうと抱きついてくる。
本当に親だと認識しているのかもしれないな。
「……可愛いし、飼っちゃダメかな?」
「ショウ殿。それは未来に人を害することになる存在ですよ? 今のうちに処分をするべきです」
パルメダさんが眉を顰めながら責めるような口調で言う。
「私も反対です。赤竜の飼育の前例などございませんし」
ルティーナさんも遠慮がちな様子で、反対の言葉を口にした。
やっぱりそう言われてしまうか。……だけど。
『キュウ……! キュウ! キュッ!』
幼竜が必死に俺を見て鳴くのを見ると、この子を殺すなんて考えられなかった。
その姿が……姉が亡くなった時の椛音とだぶって見えたからかもしれない。
「こいつが凶暴な存在にならないよう、ちゃんと育てる。俺は椛音を一度育てたんだ。二度目の子育てくらい、なんとかなるさ」
そう言いながら抱きしめれば、幼竜は『キャウ!』と一際大きな声で鳴く。
パルメダさんとルティーナさんは顔を合わせると……。
「その幼竜が人を害した時、処分する許可をいただけるなら」
パルメダさんがそんなふうに言い、
「そうですね、それでいきましょう。成竜も美味しいですしね。赤竜のステーキ、私は大好きです」
ルティーナさんがさらにそう続ける。
……ルティーナさん、処分前提で話すのはやめてくれないかな。
二人の言葉の意味を理解できるのか、肌で感じたのか。幼竜は『シャーッ!』と可愛い威嚇をする。
「こら、威嚇しちゃダメだ」
頭を撫でつつ宥めると、幼竜は目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
「……悪さはしちゃダメだぞ? いい子にしてないと、あの二人に食べられるからな?」
『キュッ……!』
そう言いつつ少し怖い顔をすると、幼竜は少し涙目になる。
どうやら意思疎通はできるようで、俺は少しほっとした。




