姪の旅立ち、叔父の開店5
「ツァネルさん、なにか御用ですか?」
「今日が出立と聞いてな。餞別を渡しに来た」
恐る恐る訊ねてみれば、ツァネルさんはそんなことを言う。
よかった、リズベスさんとの距離は適切なものだったようだ。
年下の女性に叱られずに済んだことに、俺は本気で胸を撫で下ろす。
周囲の男性陣もツァネルさんに怒られないよう、リズベスさんからそれとなく距離を取っている。
「餞別、ですか?」
「うむ」
ツァネルさんはそう言いながら、俺に布に包まれたなにかを手渡した。
それはずしりとした重みを手に伝えてきた。
「先日魔物退治で手に入った飛竜の卵だ」
「へぇ、竜の!? すごいですね!」
すごいなぁ、竜なんているんだ! さすがファンタジーな世界……!
「飛竜は小型の種類なので、そのあたりの魔物と大差ない」
「いやいや、嬉しいです! ありがとうございます!」
お礼を言えばツァネルさんは照れたように、ふいと顔を背けた。
「……飛竜の卵はとても美味なものです」
パルメダさんが、こっそりと俺に耳打ちする。
「そうなんですね。じゃあ、遠慮なく料理に使わせてもらおうかな」
竜の卵なんてものを調理できる機会があるなんてなぁ。
この世界は未知の食材に溢れているのだということを改めて実感し、俺はわくわくした気持ちになる。
「ショウ殿。食べるお手伝いはお任せください!」
「不肖パルメダもお手伝いしましょう」
ルティーナさんとパルメダさんが表情を輝かせながら、こちらにずいと詰め寄ってくる。
この食いしん坊さんたちめ……!
「はは、じゃあ店に着いたらこの卵でなにか作りますね。なにを作ろうかなぁ。うーん、お好み焼きとかどうかな。いや、シンプルにオムレツも捨てがたいな」
「ショウ殿、お好み焼きとはなんですか!?」
ルティーナさんが、『お好み焼き』の方に食いついてくる。
「卵と小麦粉で作った生地にいろいろな具を混ぜて焼くものですよ。濃厚なソースで食べると美味しいんです」
「それはなんとも魅力的な食べ物ですね……」
パルメダさんが口の端からよだれを垂らしながら、ぐうと音を立てるお腹を手で押さえる。
ルティーナさんもお腹を鳴らしながら、「うう。聞いているだけでお腹が」と小さくつぶやいた。
ふたりとも店に着くまでお腹がもたなそうだな。しかしこれも想定内だ。
「朝に厨房を借りて作ったお弁当もあるので、馬車で食べましょう」
こんなこともあろうかと、早起きをしてお弁当を作っていたのだ。その量はかなりたっぷりだ。
……ルティーナさんからすれば、おやつ程度の量だろうが。
「「ショウ殿……! ありがとうございます!」」
ルティーナさんとパルメダさんが、それぞれ俺の手をぎゅっと握りながら笑顔を向けてきた。
うう。間近で浴びせられる美形の笑顔は眩しいな……!
「私も時々店に伺おうと思う。その時はなにか美味しいものを作ってくれ」
ツァネルさんが生真面目な顔で、嬉しいことを言ってくれる。
「はい! 美味しいデザートも用意してお待ちしていますね」
「……楽しみにしている」
ツァネルさんは口角を上げつつ俺に手を差し出す。
俺はその手をしっかりと握り返した。
こうして皆に挨拶を済ませた俺は、『俺の店』へ向けて出立したのだった。




