ルティーナが護衛に決まるまでの話
「ルティーナ。君には勇者カノンの叔父である、ショウの護衛をしてほしい」
アリリオ殿下に呼び出され王宮に上がった私は予想外のことを言われて、何度も目をぱちくりとさせた。
「……アリリオ殿下。それは、どういうことですか」
「言葉どおりだ」
「私も魔王討伐パーティのひとりとして同行できるのだと……そう思っていたのですが」
最初に感じたのは、『どうして』という思いだった。
私も魔王討伐のパーティに加えていただけるものだと、そう慢心していたから。
私は自身がそれなりに『強い』と自負しているし、その上回復魔法も使える。
訓練にお付き合いするために、二度ほどお会いした勇者様にも嫌われていないと……思う。
神殿の皆も『きっとルティーナは魔王討伐パーティに選ばれるだろう』と口を揃えて言っていた。
なのに──私は選ばれなかったらしい。
「たしかに、君はパーティの最終候補には入っていた」
「……ならば、なぜ」
食い下がる私に、アリリオ殿下は苦笑いを向ける。
魔王討伐のパーティに選ばれることは、そうそうある出来事ではない。本当に名誉なことなのだ。
多少食い下がってしまうのも、仕方がないと思ってほしいわ。
「ショウは……勇者ではないが重要人物だ。カノンの唯一無二の身内で、人に狙われる可能性が高い特殊なスキル持ちだからな。さらに言えば、彼は無力だ。パルメダも彼の側に置くが、さらにもう一枚盾があった方が安心だろう」
パルメダ卿はアリリオ殿下の護衛に選ばれるだけあって、かなりお強い。そんな彼でも足りないと言うくらいに……ショウ殿の『スキル』は重要なの?
「そして、この話はルティーナにとっても悪い話ではない」
「……と、申しますと?」
「彼は腕のいい料理人だ。毎食、美味い食事が食べられるぞ。異世界の食事なんかも出てくるだろうな」
「……!」
アリリオ殿下はそう言うと、口角をにっと上げた。
……殿下は、私をどれだけ食いしん坊だと思っているのかしら。
ちょっぴり人より量を食べて、ちょっぴり美味しいものが好きなだけなのに。ご飯に釣られるほど食いしん坊では──。
ふ、ふぅん。異世界の食事……ね。
それは一体、どんなものなのかしら。想像すると自然に胸がドキドキして、お腹が減ってぐうと腹の虫が鳴る。
私のお腹の虫を耳にしたアリリオ殿下は、美少年のお手本のような麗しいお顔でにこりと笑った。
「ふむ、空腹か? ここにたまたま弁当がひとつある。ちなみに、ショウの手作りでカノンに融通してもらったものだ」
アリリオ殿下はそう言いながら、執務机の引き出しからひとつの包みを取り出した。
あ、あれが異世界の料理人の……お弁当。一体どんなものが入っているのかしら。
「まさか、私を釣るためにこのお弁当の用意を……?」
「さて、どうだろうな。不要ならばパルメダにやるか、僕が食べるかするが」
「中身は一体……なんなのですか?」
「カノンはちゃーはんとからあげと言っていたな」
「ちゃーはん? からあげ?」
「米を具材と一緒に炒めたものと、鶏を揚げたものだ。からあげは一度食べさせてもらったが、とても美味かったぞ」
「お米? お米ですって!? そんな貴重な品が入っているのですか!?」
アリリオ殿下の言葉に、私はついつい食いついてしまう。
お米はこの国ではほとんど生産されておらず、一度口に入れば幸運だと神に感謝を捧げるくらいに貴重な品だ。そんなものが、このお弁当に入っているだなんて……! 揚げた鶏とやらも美味しそうだわ!
「ああ。勇者召喚を聞きつけたルチャナ王国の大使が、祝いにと先日くれたんだ。カノンもショウもとても喜んでいた」
ああ、なんてことなの。これはきっと罠だ。
一度食べれば、たぶん戻れなくなってしまう。
「どうする? 食べるのか? 食べないのか?」
「た、食べます……っ」
私は屈してしまった。異世界の料理への好奇心と、我が身を苛む空腹に。
……ちゃーはんとからあげは、夢のように美味しかった。
このお弁当を作った方のお嫁さんになりたい。そんな馬鹿なことを思ってしまうくらいに。
「……ルティーナを連れて行くと食費がなぁ」
夢中でお弁当を貪る私は、アリリオ殿下のそんなつぶやきには気づかないのだった。




