姪の旅立ち、叔父の開店2
「勇者様。そろそろ出発のお時間です」
王宮に仕える侍従が、椛音にそっと耳打ちをする。
「わかった! 叔父さん、じゃあ行って来るね! といってもできるだけ帰って来るけどね」
椛音はそう言ってから、にっと明るい笑みを浮かべた。
「……カノン、転移魔法はかなりの魔力を消費するんだぞ。そんなふうに気軽に言われてもな」
そんな椛音に、いつの間にか側に来ていたアリリオ殿下が呆れたように言う。
「アリリオ、ケチなこと言わないの」
「ケチとかじゃなくてな。魔力が枯渇している時に魔物に襲われたら困るだろう」
「いいじゃん。その時は私がアリリオを守るし! だから平気でしょ!」
「──ぐうっ!」
アリリオ殿下は真っ赤な顔で衝撃を受けたように心臓のあたりを手で押さえる。
そんなアリリオ殿下を見て、椛音は不思議そうにこてんと首を傾げた。
……恋する男の子は、大変だなぁ。
好きな女の子と一緒の旅で、アリリオ殿下の心臓はもつのだろうか。
とてもいい子だし、頑張って姪の心を射止めてほしいものだ。
「行こう、アリリオ。叔父さん、行ってきます!」
椛音は腰に佩いた剣の位置を軽く調整してから、アリリオ殿下の手を片手で引きつつもう片手をこちらに振りながら王宮の中庭に停めてあるパレード用の豪奢な馬車に乗る。この馬車で王都のメインストリートを進み、勇者パーティのお披露目をするわけだ。
……姪が帯剣しているのを見るのは、慣れないなぁ。あの剣、聖剣なんだっけ。
千年の間扱えたものがいないので王宮の宝物庫に眠らせていたものらしく、王宮を探検していた椛音がたまたま見つけて手に取ったその瞬間──。剣が光り出して椛音を主人に選んだのだとかなんとか。
うちの姪は、一体何者なんだ。
「椛音、体には気をつけてな」
馬車に乗り込んだ椛音に、両手を振る。
すると椛音はこちらに向けて、ぐっと親指を立てた。
──行ってしまうんだな。
怪我をせず、元気で帰ってきてくれよ。
怪我なんてしたら、天国の姉がきっと泣いてしまう。
馬車は軽やかに動き出し、その姿はあっという間に小さくなっていく。
「ショウ殿、よければこれを」
音も立てずにこちらにやって来たパルメダさんにハンカチを渡され、俺は首を傾げた。
「え……。パルメダさん?」
「……泣いていらっしゃるので」
パルメダさんはそう言いながら、綺麗な形の眉を下げる。
「姪御が行ってしまって、寂しいですよね」
「──あ」
指摘されてはじめて、俺は自分が泣いていたことに気づいた。
恥ずかしいな、いつから泣いていたんだろう。泣き顔を椛音に見られていないといいが。
羞恥で頬を熱くしながら、差し出されたハンカチを借りて涙を拭う。
パルメダさんのハンカチは、思っていたよりもぐしょぐしょになってしまった。どれだけ泣いてるんだ、俺は。
「パルメダさん。ハンカチありがとうございます。洗って返しますね」
「いえいえ、お気遣いなく」
パルメダさんはにこりと笑うと、さっとハンカチを回収して懐にしまってしまう。
飯のことさえ絡まなければ、本当に気が利く人なんだよなぁ……。
「さて」
椛音は魔王を倒す旅に出た。
俺も──自分の夢に向けて邁進しよう。




