異世界に召喚されました~オートミールのオムライスを添えて~2
椛音を引き取ってから、いつの間にか十三年が経過していた。
姉の葬儀のあと。俺は叔父への宣言の通りに料理人を辞めて会社員となり、椛音に不自由をさせないために必死になって働いた。
時々祖母の手も借りながらではあるが、十三年間なんとか椛音を育てることができたのだ。
世話になった祖母は……今年亡くなった。ぶっきらぼうだが優しかった彼女には、本当に感謝している。
小さかった椛音も、もう十六歳。あと数年もすればお役御免なのだなと思うと、時々感慨深い気持ちになる。椛音を引き取ってからは、彼女の成長が俺の生き甲斐のようになっていた。椛音がいなくなってからの俺の人生は……どんなものになるんだろうな。
一度は諦めた、料理人への道。それをまた、目指してみるのもいいかもしれない。
「叔父さん、叔父さん」
今日は休日である。ビール片手にリビングのソファーでゴロゴロしていた俺は、椛音に呼ばれてそちらを向く。
するとなんだか楽しそうな顔をした椛音が、腰に手を当てながらこちらを見ていた。
「なんだ、椛音?」
「テストの成績上がったから、今日は私の好きなものを作ってくれるって約束でしょ?」
椛音はそう言いながら、肩上で切り揃えたボブカットを揺らす。姪は美女だと言われていた姉に面差しがよく似て……いない。うん、まったく似ていないな。
椛音は同じ年齢の頃の姉よりも明らかに雰囲気が幼く、狸顔である。姉は狐顔だったんだがなぁと思いながら、椛音の顔をしげしげと見てしまう。すると椛音は大きな瞳をぱちくりとさせた。
「叔父さん、どしたん?」
「いや、大きくなったなぁと」
「嘘? 大人っぽくなった? お母さんに似てきた?」
椛音はそう言いながら、頬に両手を添えて嬉しそうに笑う。
「そうだな。似てる似てる」
俺は適当に返しながらソファーから立ち上がると、キッチンへ向かう。
すると飛び跳ねるようにして、椛音は後ろからついてきた。
ちなみに、俺は姉にも椛音にも似ていない。ごくふつうの、三十八歳の地味顔のおっさんである。近頃は視力が落ちて野暮ったい眼鏡をかけるようになったこともあり、地味さに拍車がかかったような気がするな。
「椛音、なにが食べたい?」
「オムライス!」
メニューを訊ねれば、椛音は勢いよくそう答えた。
こういう時の椛音のおねだりは大抵オムライスなので、冷蔵庫に材料は揃っている。
「鶏肉とベーコンどっちがいい?」
「ベーコン!」
「仕上げのソースは、ホワイトソースと明太子ソースとミートソースとケチャップ、どれがいい?」
「ケチャップで、動物の絵を描いて!」
俺の質問に、椛音は嬉しそうに答える。ケチャップでいいのは手間はかからずいいのだが、腕の奮いどころがなく寂しくもある。
冷蔵庫から材料を出す俺の後ろに、椛音は貼りついたままだ。
「椛音。しばらくできないから、ソファーにいていいんだぞ」
「やだ、見てる。叔父さんが料理を作るところを見るの、魔法みたいで楽しいんだもん」
「魔法ねぇ」
「ほんとにそう思ってるんだよ」
「褒め言葉として、受け取っておくよ」
会話をしながら玉ねぎと人参をみじん切りにし、ベーコンを刻む。さらにピーマンを刻もうとすると椛音が不服な顔をした気がしたが、気にしないことにした。
「叔父さん、ピーマン……」
「熱を通せば食べられるだろ」
椛音がなにかを言おうとしたが、かまわずに冷凍していた白米をレンチンしてから、俺は玉ねぎをフライパンで飴色になるまで炒めはじめた。
「うー」
椛音は不服そうにしながらもそれ以上の文句は言わずに、俺の背中にぴたりと貼りつく。
「椛音、料理がしにくい。危ないから離れなさい」
「やーだー。あっ、ベーコンもっと入れて。コーンもほしい」
「……コーンも入れるのか。具だくさんだな」
注文を聞きつつ、時折椛音を肘で押しのけつつで、ケチャップライスを作り終える。そして、ボウルに六個の卵を割った。
我が家のオムライスは、一人分に三個の卵を使う。コレステロール値? そんなもんは知らん。たっぷりの卵を使わねば、とろとろのオムライスにはならないのだ。
「オッムライス、オッムライス。卵がいっぱいオムライス♪」
椛音は卵をかき混ぜる俺の手元を見ながら、妙な掛け声のようなものをかけつつ踊りはじめる。
時々、この姪は天然なのではないかと思ってしまう。姉はとてもしっかりしていたんだがなぁ。
皿の上で成形したケチャップライスの上に、程よく焼いた卵を載せる。そして包丁で切れ目を入れると……。
オレンジ色のケチャップライスの上に、とろりと黄色の卵が広がった。
「う、うわぁ~!」
椛音は目をきらきらと輝かせながら、オムライスを見つめる。今にもよだれを垂らしそうな様子だったので、俺はさりげなく椛音から皿を遠ざけた。そして、オムライスにケチャップで狸の絵を描く。
「……なんで、狸?」
「アライグマがよかったか? それともレッサーパンダか?」
「なんで、そのラインナップ?」
姪は首を傾げながらも、二人分のオムライスをソファーの前にあるローテーブルに持っていく。俺も調理器具を水に浸けてから、スプーンを手にして椛音のもとへと向かった。そして、二人並んで腰を下ろす。
「いただきます!」
「……ます!」
「ます、じゃないだろ。椛音」
「いただきます!」
いつものように『いただきます』をしてから、オムライスにスプーンを入れる。
その時……。激しい揺れが俺たちを襲った。