未来のことを考えよう~オボロアナグマの肉うどんを添えて~12
うどんの粉やら飛んだ脂やらで服が汚れていたので、着替えを済ませてから俺はアリリオ殿下の執務室へ向かった。
……この城は広い。厨房から部屋に戻り、部屋から執務室に行く。その道程だけでかなりの歩数があるのではないだろうか。その上、エレベーターなんて便利なものはない。これをなかなかいい運動だと感じるのは、俺が現代日本に生きてきた人間だからだろうか。
扉の前にいる護衛の騎士二人に会釈をすると、話は通っているらしく「ショウ殿がいらっしゃいました」と中に声をかけてから扉を開けてくれる。
部屋に入ると、アリリオ殿下が濃いチョコレート色の執務机についているのが見えた。その上にはたくさんの書類が積まれている。
……すごい業務量だ。王子様というのも大変なんだな。
「アリリオ殿下」
「ショウ、よく来てくれた。そこに座ってくれ」
「はい」
勧められて執務机の前にある応接用らしいテーブルセットの長椅子に俺が座ると、アリリオ殿下も席を立ち俺の正面の長椅子に腰を下ろした。彼がローテーブルの上の鈴を鳴らすと侍女たちが部屋にやって来て、流れるようにお茶の支度をはじめる。彼女たちは支度を速やかに終えると、一礼をして部屋から出て行った。
「アリリオ殿下。店の件でのお話というのは……」
「いくつか話したいことがあってな。順に話そう」
アリリオ殿下はそう言うと、しばしの間思案してから口を開いた。
「まずは、そうだな。二週間後に店の工事が終わりそうだ」
「本当ですか!」
これはとてもいい知らせだ。現代日本のような料理の環境が手に入ることは、純粋にありがたい。
アリリオ殿下が指を鳴らすと、侍従が部屋に入ってくる。そして、ローテーブルに重そうな袋を置いて去って行った。
侍女といい侍従といい合図ひとつで殿下の意図を汲むなんて、怖いくらいに教育が行き届いているな……。
「ショウ、これを」
アリリオ殿下はそう言いながら、俺の方へ袋を手で押し出す。
「これは……?」
「数ヶ月の間、仕入れに困らない程度の金貨だ」
「ええっ。そんな大金、いただけませんよ!」
俺は驚きながら、袋を殿下の方へ戻そうとする。殿下は反対側から袋を押して、そんな俺の動きを押し留めた。
「僕はショウに出資すると決めたのだ。素直に受け取れ、叔父殿」
アリリオ殿下は言いながら、小さく頰を膨らませた。
実のところ……。事業資金に関しては城の誰かに商売の資金を融資してくれるような機関を紹介してもらう気満々だったのだが、借金なしで店をはじめられるならそれに越したことはない。
……素直にこの金を受け取るべきなんだろうか。だけど、明らかに殿下の世話になりすぎだよなぁ。
「これには、カノンが訓練で狩った魔物の素材を売った金も入っているんだ。使ってやってくれ」
「椛音が?」
殿下の意外な言葉に、俺は目を瞠った。そんな俺に、アリリオ殿下はこくりと頷いてみせる。
「恩返しをしたいそうだぞ、ショウ。可愛い姪の気持ちを無下にはしないよな?」
「……!」
椛音の真心が篭った金だなんて……そんなの断れないだろう。
「……大事に使います」
「ああ、そうしてくれ」
諦めて俺が袋を受け取ると、殿下は口角を上げる。
そして、話の続きをはじめた。
「とある商人に週に何度かショウの店に立ち寄るように伝えているからな。食材は彼女から買うといい。城の食材関係を取り扱っている商人で、信用に足る人物だ」
「わぁ、王室御用達ってやつじゃないですか」
「市場の適正価格で売るよう言い含めておくから、そこは安心しておくといい」
「あ、ありがとうございます」
王宮に卸す品なのだ。そのへんで出回っているものよりも、高価なものなのだろう。
……それを市場の適正価格で売るって、その商人的には大丈夫なのかな。