異世界に召喚されました~オートミールのオムライスを添えて~1
──さて、これはどうしたものか。
突然姉が亡くなり、その遺児である姪を腕に抱えて俺は途方に暮れていた。
三歳の姪、椛音は泣き疲れて俺にしがみつくようにして眠っている。目のあたりがパンパンに腫れ、頬には涙の筋が何本も残り。いつもは笑ってばかりの愛らしい姪の顔は、悲痛さを感じさせるものになっていた。
葬儀と通夜がひとまず無事に終わり。狭い姉のアパートに集い、何年ぶりかに会う親戚たちが椛音の引き取りに関しての話をしている。しかし、話はなかなかまとまらず……というよりも。皆が椛音を引き取ることに難色を示していた。
「どうしたものかね」
「私は嫌よ。だって、父親もわからない子どもなのだし」
そんな叔母の声が耳に届き、俺は腕の中の椛音を抱く力を強めてしまう。
たしかに椛音の父親は誰なのだかわからない。だけど、それがなんだっていうんだ。
──俺と姉は二人で生きていた。
両親は俺が十四の頃に事故で亡くなり、それからは十個上の姉が母親代わりとなって俺を育ててくれたのだ。
しかし……とある夏の日。姉は突然行方不明になった。
そして、行方不明から二年が経った時。姉は、まだ赤ん坊の椛音を抱えて戻ってきたのだ。
姉は椛音が誰の子どもなのか話さなかった。行方不明になっていた間、自身がどこにいたのかも。
それから俺たちは、三人の家族になったのだ。
「──俺が、椛音を育てます」
俺の発した言葉を聞いて、親戚たちは水を打ったように静かになった。
先ほど『父親もわからない』と発言した叔母が、眉を顰めながらこちらにやってくる。
「でも翔君、今の仕事忙しいんでしょう? 子どもなんて育てられるの?」
表面上はそう言いつつも、叔母は椛音を押しつけられそうだとあからさまにほっとした顔だ。周囲の親戚たちも似たりよったりの反応で、その表情には安堵が滲んでいる。
俺は現在、料理人として働いている。ホテルのレストランに勤めているのだが、朝は始発で出勤、夜は深夜の帰宅……という状況で、叔母の言う通り子どもを育てられる環境ではない。
「椛音を育てられるような仕事に、転職します」
「しかしだなぁ。翔君はまだ二十五歳だろう。子どもなんて育てられるのか?」
「姉だって、二十四の頃から俺を育ててくれました。今度は俺が椛音を育ててみせます」
口を挟んできた叔父の目を見ながら、俺はきっぱりと言った。すると叔父は少し怯んだ様子になる。
俺の時だって、親戚たちはそっぽを向いた。だから姉が、必死に俺を育てることになったのだ。
今回も手を出す気がないのなら、黙って引っ込んでいてほしい。
「……引き取る気がないのなら、口を挟むのはやめなさい」
ふと。俺の内心を代弁するような声がかけられる。
声の方を見れば、今年七十になる祖母が立っていた。
「ばあちゃん」
つぶやく俺を見つめてから、祖母は少しだけ頬を緩める。
祖母は……俺と姉の生活の手助けをしてくれた唯一の人だった。
べったりと側にいてなにかをするわけではない。けれど時々椛音を預かってくれたり、物入りな時期には送金をしてくれたりと、なにかにつけて助けてくれたのだ。
無口で頑固で……少しばかり扱いづらい人でもあるのだが。
「椛音をたまに預かることくらいしかできないけれど。なにかあったら頼りなさい」
祖母はそれだけ言うと、くるりと背中を向けてさっさとアパートを出ていった。